彼はとても綺麗。とてもとても綺麗。
二人が一人
離れていた年月は、彼らの年齢を鑑みるに長すぎたのだと思う。一年でどれだけ身長は伸びるだろうか。二年でどれだけのことを学べるだろうか。三年でどれだけ色々な事を経験できるだろうか。ましてや、七年。世界情勢の変化、複雑すぎる立場。人以上に周囲に振り回される運命に生まれた彼らは、変化せざるを得なかった。
しかし、それでも変わらないものは確かに存在した。ルルーシュは相変わらずナナリーにだけは甘いし、ナナリーはとても優しい。二人はとても眩しくて、スザクは思わず泣きたくなってしまった(だって、僕は、父さんを)。
ルルーシュは優しく手を伸ばす。一緒にいよう、これからは。失った七年を埋め合わせるように。まるで、埋め合わせることができるとでも言うように。ナナリーは優しく微笑む。大好きです、スザクさん。変わらない友情が(更には、もしかしたら、恋情が、)そこに存在するかのように。まるで、何も変わっていないかのように。二人はとても眩しくて、スザクは思わず笑ってしまった(だって、君は、父さんに)。
父を捨てたスザク。そのことはルルーシュしか知らない。露見した原因となった男はもう来ないのだと彼は断言したし、桐原を始めとした者たちにも勿論既知のことではあったが、彼らはもうスザクには何の関係もない人間だった。
父に捨てられたルルーシュ。そのことはスザクしか知らない。ミレイも知ってはいたが、しかし当時の彼を知る者はスザクだけだ。スザクの場合と同じく、他の当時のルルーシュを知る者はルルーシュとは何の関係もない人間だった。
邂逅した彼の、アッシュフォード学園での態度は目を瞠るものがあった。そこそこ人当たりがよく、割と真面目で適度にいい加減。何から何まで敵と見做し警戒を怠らなかったルルーシュの、潔癖なまでの生真面目さはどこにも窺い見れない。
ルルーシュが優しく手を伸ばす。ナナリーが優しく微笑む。
当たり前のように受け取りながら、スザクはそれが酷く不安定な地盤の上に成り立っていることを知っていた。
変わってしまったかのように見えた彼は、実は何も変わっていない。ルルーシュは微笑みながら周囲に気を配り、談話しながら人を観察する。張り巡らされた彼の警戒網を、何の制約もなしに潜れることの特異さにスザクは気付いていた。
父を捨てたスザク。父に捨てられたルルーシュ。方向性は正反対でありながら、彼らの性質は似通っていた。本来の自分を覆い隠し、偽って周囲と接する。殻はとても柔らかいけれどとても厚くて、中まで見通す権利を得ているのは互いの存在だけだった。
「ねえ、ルルーシュ」
「なんだ?」
「ルルーシュ」
「なんだ、スザク」
「ルルーシュ」
「……おい」
「あはは。呼んだだけ」
見ればすぐそこにいる。呼べばすぐ返事をしてくれる。ただそれだけのことが、スザクには嬉しくてたまらない。
父を捨てたスザク。父に捨てられたルルーシュ。いくら彼らの性質が似通っていたとしても、その方向性は正反対だ。スザクの両手は汚れている。父を殺し、名誉ブリタニア人となり、軍人としてテロリストを掃討した。もし地獄というものがあるのなら、スザクはそこへ逝くのだろう。地獄がないとしても、ルルーシュとは違う場所に逝くに違いない。
だって、ルルーシュはとても綺麗。
とてもとても綺麗。
だから、スザクはルルーシュが大好きだった。
◆
ゼロは汚い。
とてもとても汚い。
だから、スザクはゼロが大嫌いだった。
正義を語り悪を討つと言いながら、その実彼の行為は正義を騙り、悪を為していた。彼は大勢の人間を犠牲にした。無辜の人々の叫びを彼は一顧だにしない。シャーリー。彼女の父親は、その犠牲者の一人だ。
沢山の人を捨てるスザク。沢山の人を捨てるゼロ。方向性は似通っていながら、彼らの性質は正反対だった。スザクは自分の罪を未だ反省しているが故に自我を殺す。ゼロは自分の罪を知りながら尚人を殺す。だからこそスザクはゼロが許せなかった。罪は反省して然るべきだ。
「ねえ、ゼロ」
「なんだ?」
「ゼロ」
「なんだ、枢木スザク」
「ゼロ」
「……」
「あはは、呼んだだけ」
見ればすぐそこにいた。呼べばすぐ返事をした。ただそれだけのことが、スザクには憎くてたまらない。
沢山の人を捨てるスザク。沢山の人を捨てるゼロ。彼らの性質は正反対だったが、方向性は似通っていた。結局のところ二人の罪は破壊に随し、未だその行為は止まらない。行動を起こせば何故かぶつかる。共闘することもあったが、大抵は戦った。その時に間違っているのはゼロの方だった。スザクはそう信じていた。
そう。――信じていた。
ルルーシュは綺麗で、ゼロは汚いのだと。
「ねえ、ルルーシュ」
「なんだ?」
「それとも、ゼロ?」
「なんだ?」
「君は、誰?」
ルルーシュは綺麗でなければならなかった。ゼロは汚くなければならなかった。
それがスザクを支える全てであった。
だから、スザクは彼を許せなかった。
(僕の期待を裏切ったのは、どっち?)