かちゃかちゃとキーボードを打つ音。
 キセルを吹かす、息の音。



事実の選択



 一仕事を終えて、騎士団員たちが眠りに就いた時刻。既に解散となり、各自休息を取るはずのその時間に、ディートハルトは黙々とパソコンに向かっていた。
 ゼロ、ゼロ、ゼロ。編集される動画は、おそらくそのままテレビを通じてイレブン中に放映されるのだろう。
 あぁ、気持ち悪ぅ。ラクシャータはその様子を見て音なく笑った。部屋に残っているのは二人だけで、息のような笑いだったにも関わらず沈黙にとても響く。
 彼女はどうやら、何かに熱中して周りが見えなくなるタイプと縁があるらしい。
 ナイトメア、ナイトメア、ナイトメア。思い出してしまったプリン伯爵の顔に、うげえと顔を歪めた。あぁ、本当に気持ち悪ぅ。福祉方面から入ったラクシャータと、武器ばかり装備したがるロイド。反りが合うはずもなく、彼と共にいたあの年月は彼女の黒歴史だ。
 だから、こいつはどんなものだろうかと眺めていたのだ。また反りに合わないようだったら、出来る限り接触しないようにしよう。ラクシャータは紅蓮弐式の母親だ。多少の我侭は通るだろうし、通らなくても通す。キョウトから送られてきたばかりの彼女は、特に騎士団での責任感やら仲良くやっていく意志などは皆無だった。

「なんだ、さっきから」
「んー? 何でもないわよぉ? 気にしないで続けなさいなぁ」
「……じろじろ見られては気が散る」
「うふ。私の色香にぃ?」
「私はゼロ以外には興味はない」

 本当に、ゼロ以外にはそっけない男。ホモかしら(ゼロが女の可能性もなくはないが、無いに等しいだろう)。ゼロの映像を見ながら自慰とかやっていそうだ。訊いて肯定されても気持ち悪いし、からかい甲斐はなさそうなのでそちら方面からのちょっかいはやめることにする。
 画面には彼が崇拝するゼロの特有のポーズ。左手を地面と平行に上げ命令を下すその姿は、どちらかといえば滑稽だ。正義? 悪? そんなに世界が単純な構造を持っていたら、きっともっと楽だった。そんな無邪気な理想を持ちながら、彼の作戦は緻密で非情。別にデータさえ取る場所があればそれでよかったが、ゼロの下につけたのはよかったかもしれない。見ていて面白い。

「ほーんと、ゼロばっかねぇ」
「生粋のブリタニア人である私が入団を許されたのは、偏にジャーナリストであったからだ。その期待に応えるのが私の義務だ」

 ほとんどイレブンで構成された騎士団に、侵略者であるブリタニア人を入れるメリットなどほとんどない。インド系のラクシャータが入れたのも、技術力を買われてであるのだし。
 だが、だからといってラクシャータは義務だのなんだのを果たす気は全くない。好き勝手やる気満々だ。別に彼女は、研究さえ出来ればどこに所属していようと構わないのだから。
 編集されていくその動画は、きっと黒の騎士団に都合よく、ゼロに都合よく、更にディートハルト自身にも都合よく作られるのだろう。でも、それっていいのかしら。ラクシャータは思う。一応テレビとは(名目上だけでも)事実を放映するためのものだと思うのだけれど、これはディートハルトの思想が入り混じりすぎてはいないだろうか。
 そこまで興味関心があったわけではなかったが、なんとなく訊いてみる。

「正確であるといって賞賛するのは、よく乾燥した木材を工事に用いたとか、うまく交ぜたコンクリートを用いたとかいって建築家を賞賛するようなものだ、そうだ」
「ふぅん?」

 まあ、そんな賞賛は賞賛ではないだろう。建築家が見て欲しいのは独自性のはずだ。そんな当然出来て然るべき部分など褒められたとして、喜ぶわけもない。
 技術開発者の彼女にも同じことが言える。紅蓮弐式の材質なんかを褒められたって何も嬉しくない。輻射波動を見ろ、輻射波動を。他にも色々あるけれど、一番の見所はそこだ。
 どことなく反応の薄いラクシャータに、ディートハルトは付け加えた。

「知らないか、E.H.カーだ。歴史家は自分の解釈に従って自分の事実を作り上げ、自分の事実に従って自分の解釈を作り上げる、と」

 どこかで名前を聞いたことはあった。国際政治学とか、歴史学とか、その辺りの人間だったはずだ。
 つまりこの気持ち悪い男が何を言いたいのか。考える気になりさえすれば聡明な彼女はすぐに分かった。
 ディートハルトのゼロの解釈。そしてディートハルトにとってもゼロの事実。
 そもそも何かを伝える時、伝える人間と受け取る人間がいる限りは必ず何かしらの思想が介入せざるを得ない。寧ろ何の意志も存在しない、正確極まりない作品は評価されるに値しない。なぜなら、それは正確であるというだけだから。
 事実の羅列と配列は、似ているようで実は違う。無作為に並べるなど誰にでも出来る。編集は、やはり必要なのだ。

「でも、あんたはジャーナリストで、歴史家じゃぁないでしょぉ?」

 やっぱりジャーナリストには正確さが必要なのではないだろうか。
 その彼女の一言に、初めてディートハルトは画面から顔をあげた。
 寒気を感じるほどの笑みを顔に刻ませて、ラクシャータに告げる。

「ゼロは、歴史を創る」

 ああ、なるほど。
 それがディートハルトにとってのゼロ。ディートハルトの解釈。ゼロはその他大勢の人間ではなく、後世に残る史実足りえると。
 彼はゼロを本気で崇拝しているらしい。
 あぁ、気持ち悪ぅ。ラクシャータは、愉悦に唇を歪ませた。



(ここまでさせるゼロって、どんな男なのかしらぁ)







「歴史とは何か」(E.H.カー)より引用抜粋。これ面白い。と書きたかっただけのような。
まあマスコミとかも洗脳に見えるよね、普通に。納豆納豆納豆納豆。
ロイドとラクの間に何があったのか知りたい。気持ち悪ーの彼女が好きすぎる。

20070607






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