彼のためとは言うけれど



 枢木スザク、重症。
 総督府に飛び込んだニュースに、ユーフェミアは顔を真っ青にした。スザク? まさか、そんな。スザクが。
 すぐさま病院に。走り出そうとしたその足は、周囲の手によって止められた。副総督が騎士のため如きに仕事を投げ出していいはずがない。しかも、スザクが怪我を負ったのはプライベートでのこと。名誉ブリタニア人であることも相まって、風当たりは強い。総督であるコーネリアの態度も大きく影響していた。前線で戦う聡明な総督と、お飾りの副総督。部下たちがどちらの意向を優先するかなど明白だった。
 ともすれば突飛な行動を取りがちなユーフェミアではあったが、仕事を放棄することは彼女自身の責任感が許さない。だが、私と公を使い分ける器用さを持たない彼女の指は止まり、書類は一向に進まない。スザク大丈夫かしらスザク平気かしらスザク、スザク、スザク。
 何も出来ない自分に歯がゆさを覚える。あんなにやさしいスザクが、どうして。
 そしてこういう時の彼女は妙に頭の回転が速い。いや、そもそも彼女は頭が悪いわけではない。ただ活用する時と場合を知らないだけで。
 勢いよく立ち上がり、留めようとする事務官ににっこりと告げた。

「枢木スザク准尉殺害未遂犯の取調べをしてきます!」
「……ユーフェミア副総督。わざわざ貴女の手を煩わせるほどのことでは、」
「いいえ、構いません」

 そう。仕事としての名目を確保してしまえばいい。本当ならばスザクの所へ行きたかったが、この際事情を知るだけでもいい。なんでもいいからスザクのために何かをしたかった。
 事務官の心中は押して知るべし。構う構わないの問題ではないのだが、我が道を突き進む彼女に通じるわけも無く。頭を抑えて、颯爽と走り去る彼女をため息と共に見送った。
 脱走事件よりはマシだ。行き先が分かっているのだから。






 唐突に現れた皇女に、監守は動揺を隠せなかった。お守り――ではなく、事務官は何をしていたんだっ!
 よく考えずとも、犯罪者と皇女を引き合わすなんてふざけているにも程がある。
 取調べを致しますね。いえ皇女自らやることでは。私がやりたいのです。ですからユーフェミア様、危ないのです。いいえ、私は大丈夫です。
 押し問答を繰り返すが、結局はしがない公務員VS由緒正しいお姫様。コーネリアが戻ってきたら何と言われるものかと怯えつつ、彼は仕方なく彼女を案内した。

「貴女がカレン・シュタットフェルト?」
「ユーフェミアっ!?」

 拘束衣をまとい、牢に繋がれた赤髪の女性は驚きの声をあげた(当然だ)。一体何の冗談?
 ユーフェミアの背後に目をやると、疲れたような監守と目があった。なるほど、何となく理解した。

「犯罪者に何の用? お姫様直々だなんて、随分暇なのね」
「我が騎士に危害を加えられたのですから」
「ああ、なるほど。男のためってわけね?」

 カレンの言葉に含まれるそれを、ユーフェミアは正確に受け取った。スザクを騎士に任命してから幾度となく陰で、また時には遠まわしながらも直接言われ続けていた。
 スザクは恋人ではないし、そのような感情を抱いているわけではない。ではなぜ騎士に、と問われれば、あの場での勢いというか、有能で意思の強い彼が名誉ブリタニア人というだけで不遇される現実に腹が立ったという理由だったから、胸を張って弁解することもできず。しかしそれでも気丈にカレンに向き合う。

「下卑た想像をなさらないでください。私とスザクはそんな関係ではありません」
「へーそうですかそうですか。申し訳ございませんね、オヒメサマ。ワタクシ、育ちがよくはありませんもので」
「シュタットフェルト家は聞いたことがあります。……確か名門では?」

 鼻を鳴らしてそっぽを向く彼女に、監守が短く咎めの声をあげた。お飾りだろうとなんだろうと、ユーフェミアは皇女だ。そんな口の利き方が許されるはずがない。
 今にもカレンに危害を加えそうな彼を片手で制し、彼女は容疑者を睨み据えた。
 アッシュフォード学園で、スザクの騎士就任祝いのパーティーの最中起こった悲劇。偶然居合わせた軍人ロイド・アスプルンドの手により速やかに犯人の特定、応援の要請、確保が行われた。のらりくらりと気ままに生きている彼だが、流石に部下の危機には真剣になるらしい。(僕のパーツになんてことを!)
 カレン・シュタットフェルトはスザクと同じ生徒会に所属している。素行に問題はなく成績も上位、ただし病弱で休みがち。書類上の報告に、ユーフェミアは疑問を隠せなかった。口は悪いし態度も悪い。皇族の騎士を害するなんて正気の沙汰とは思えない。それに、これのどこが病弱だ。

「どうしてスザクを刺したのです?」
「……どうして、だって?」

 は、とカレンは鼻で笑った。そんなの自明のことだろう?
 しかし思い当たる節のないユーフェミアは眉を寄せた。例えば、ブリタニアの血を尊ぶ人間は彼を疎んじている。名誉が騎士になんて、なんということ。そうしてスザクが狙われたのかと思っていた。だが、この様子ではむしろ少女はユーフェミアを蔑んでいるらしい。一体どういうことだろうか。あの優しいスザクが、個人的に恨まれるとも思えない。

「あいつは裏切ったんだ。日本人のくせに日本人としての誇りを捨てて、騎士にまで落ちぶれて。だから私は」
「なぜそのように思うのです! スザクは平和を作り出したいと願っているのに!」

 噛み合わない会話。互いの信念は食い違い、そしてユーフェミアはそのことに気づかない。それが更にカレンを苛立たせ、口調は激しさを増す。

「平和? 日本を侵略してずたぼろにしたお前たちが、平和だって?」
「わ、たしはっ。誰もが幸せに生きれる世界もあると信じて」
「なら日本を解放しろ! ここから出て行けよ! お前たちがいる限り日本に平和なんて訪れない!」

 ブリタニアによる統治は、当然にブリタニア人を優遇する。すべての日本人が名誉ブリタニア人となれば、もしかしたら彼らにも平穏な生活は訪れるかもしれない。しかし、そこに日本人はなく、また日本も存在しない。ブリタニアが国是としてナンバーズを不遇し差別する限り、日本に幸せなどありえない。
 夢見がちなお姫様に、カレンは笑う。

「信じるだけじゃ何も変わらない。だから私は行動するんだ」
「それで、スザクを? 貴女は個人的な親交もあったのでしょう!」
「―― それでも、それでも私は、私の信じるもののためなら、友達だって殺せる」

 大衆の目のある中での犯行。まだスザクは騎士になって日が浅く、大した計画を立てたものではなくそれは突発的なものだったと思われる。しかし使われたナイフはポーチの中に巧みに隠し持ち歩けるものとなっており、一朝一夕で用意できる代物ではない。
 カレンはいつだって周囲を警戒し、すぐに反撃できるようにしていた。綺麗な顔立ちには不釣合いな程の決意を、この少女は常にしてきていたのだろう。
 仲良く過ごして来た日々を、彼女自身の生活を失ってでもやり遂げなくてはならなかった、スザクの殺害。
 名誉ブリタニア人の騎士就任は、希望になり得ると思っていた。人種の壁など、人の意思で容易に打ち砕かれる。確かにあの場の勢いで決めてしまったことだったが、今では彼と一緒なら誰とでも手を取り合える世界が作れるような気さえしていた。
 なのに、なぜスザクが狙われねばならないのか。
 口惜しさに唇を噛むユーフェミアに、カレンは何かに気づいたかのように目を細めた。
 彼女が先ほどから口に出すのは、スザクは、スザクが、スザクを。騎士の悲劇を嘆き、カレンを責め立てる事しかしていない。
 そして、平和を信じる、と。まるで全ての不幸は彼女には関係ないところで起きているかのような口ぶりに笑いさえこみ上げる。

「もしかしてさ、他人事だとでも思ってる?」

 スザクへの非難。矢面に立っているのは彼女ではないけれど、原因は。
 ブリタニアの国是。これはユーフェミアの決めたことではない。けれど、彼女が皇族である限り。
 立場に無自覚なお姫様は、その一言に目を見開いた。



(それでも、私は、幸せな未来が築けると)







ユフィは騎士になったことでスザクが命狙われるようになったって、知ってるのかなあって、ふと不安に。
知らなさそうだなあ……orz ユフィは好きなんですが、ちょっと突っかかる部分が多いorz 好きなんですが!!
スザクがカレンに負けるとかないですよね><あと事務官とかのその他大勢の役割とかは気にしないでください><よく分からん!
調査は急すぎてハーフってことまで及んでないってことにしてください。あれ、今回いつも以上に補足説明多い…情けないorz
別にいいけど(よくないけど)、スザク殺してカレン逮捕されると調査とか何やらでルルーシュが危険な気がする。
あ、これで皇族バレいけるな。誰か書いて(おま






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