モラトリアムの欠片零れて
よかった。
ルルーシュとスザクが補習を受けたとの話を聞いて、カレンは心底安堵した。よかった、病弱設定にして。
病弱だから出席日数をごまかせるというのもおかしな話ではあったが、現に彼女は呼び出されてはいない。病気だから仕方ないよね。多分、そんな感じだろう。
別に勉強は嫌いではない。レジスタンスメンバーとしての活動を怪しまれないために、必死で優等生を演じていたのもある。頭がよくなければテロもKMFの操縦も十二分には扱えないというのもある。しかし何よりも、お兄ちゃんがカレンが学校へ通うのを希望していたということがカレンを動かした。
学校に通える私は幸せ。だから、ちゃんと義務を全うしなきゃ。あいつさえ殺せれば、もう来ることなどなくなるのだし。
件の男二人は、その点彼女を苛立たせた。お姫様の騎士スザクと、ただのサボりのルルーシュ。来ないぐらいならやめればいいのに。姿を見るだけで苛々する(それに、あいつは殺さなきゃならない、し)。学園祭での特区発宣言により、彼は更に登校しなくなった。色々忙しいのだろう。イレブンの希望として、事あるごとにテレビに映っている。
「……なんで、あいつが」
希望だなんて。ブリタニアに傅いて、言いなりになって、誇りを捨てて。餌みたいに与えられた特区に飛びついて。
それの何が希望。何が平等。何が自由。本当に日本を想っているのはあいつなんかじゃなく。
「どしたの、カレン?」
「え? ええ、なんでもないわ」
吊り上った瞳を急いで伏せ、弱々しげにカレンは微笑んだ。やっぱり病弱設定にすべきじゃなかったか。
それで納得したらしいリヴァルは、あーあ、と椅子の背にだらしなく寄りかかった。ルルーシュとスザクの不参加で暇なのだろう。最初こそハーレムだのなんだのと冗談混じりに笑ってはいたが、こうも毎日男が一人だけだと退屈で仕方ない。別に女性とも分け隔てなく会話できる彼ではあったが、やはり同姓との方が感性も近く、楽しい。
「スザクは仕方ないとしてさー。なんなんだよ、ルルーシュの奴は」
「変なこと、やってなきゃいいけれど」
ミレイの心配げな声音に、リヴァルは即座に反応した。え、なに、会長ってば真面目に心配してる? 一瞬だけ目を見開いて、しかしすぐに何事もなかったかのように彼女は姉のような様子でにやりと笑った。そりゃあ、我らが有能な副会長様ですから。机の上には書類が山積みになっていた。最近はシャーリーの調子も悪く、ニーナは仕事をしている振りをしていつの間にか個人的な研究に精を出している。よって、仕事は遅々として進まない。
「ま、どうせ賭けかなんかだろうけど、さー」
想い人の不審な態度が気にかかるらしい。今度は容易には納得しない様子で、ミレイの反応を観察しつつ彼は投げやりに呟いた。どうせなら一枚噛ませてくれればいいのに。以前であったら賭けなんて! と食いついてきたシャーリーも、沈黙を保ったまま。
なんとなく居心地が悪くてカレンは身を小さく捩った。あまり来ない彼女でさえ分かる変化。一つ一つは小さいことだけれど、こうも積み重なると気持ちが悪い。無関心ではいられないほどに、カレンは彼らと短いけれど充実した学校生活を楽しんでいたのだ。
「ルルちゃん、進級する気あるのかしら」
「てか、学校来る気ないんじゃないすか?」
そこそこ真面目で、そこそこ怠け者。器用に平均値を突っ走っていた彼が、目立つほどに学校に来ないなどこれまでなかったことだった。確かにサボりの常習犯ではあったが、それでも計算してギリギリの出席数は確保していたはずだった。
それさえも出来ないほどの“何か”に熱中しているのか。進級の危機にさえ陥ってでも?
何気なかったはずの彼の一言に、再びミレイが顔色を変える。僅かな変化ではあったが、その僅かさが引っかかる。一体どうしたのだろう。ミレイにとっての、ルルーシュとは一体。
「……ナナリーちゃんがいる限り、ルルーシュ君は学校に来ると思いますけれど」
妙な空気に耐えられず、カレンは思わず口を挟んだ。今日はあいつを殺すためにでも、ルルーシュを語るために登校したのでもない。ただ、残り少ない学校生活を満喫しに来ただけだ。
そんなことが許される情勢では本来なかったが、騎士団のメンバー、特に旧レジスタンスメンバーが気を使ってくれたのだ。まだ年若いエースパイロットは、同世代の中での経験も積むべきだ、と。
もしスザクが現れたらそれが何処であれ即座に対応するつもりだったし、覚悟もあった。でも、普通の青春というものに、少なからず未練もあったのだ。隠れ蓑としか思っていなかったそれに執着が生まれたのは、偏に生徒会への参加が原因だろう。馬鹿騒ぎはなんだかんだ言って結構楽しめた。
カレンの発言に、ミレイは安心したように(……安心?)笑った。そうよねえ、ナナちゃんがいるものねえ。ナナリーがいるのに不登校気味という、この不可解な点は敢えて思い出さないことにする。
「でも、本当に揃わないですね、皆。学園祭は途中で中止となってしまいましたし……」
「ホント、いい迷惑だったわ!」
あのユーフェミアによる宣言で、一瞬にしてアッシュフォード学園は世界的に有名な場所になってしまった。しかし企画者たる生徒会にとっては迷惑以外の何者でもない。興味がないわけでもないが、それでも時と場所を選んでくれと思う。大切な大切な思い出作り。それはついに婚約者の決まってしまったミレイにとって、何よりも優先すべき事項だった。
考えていたら腹が立ってきた。会場は大混乱だし、結局ピザは完成しなかったし、ルルーシュはなんだか不機嫌だったし。
あ、それなら。自分の思いつきににんまりとし、ミレイは勢いよく立ち上がった。くよくよ悩むのは性に合わない。モラトリアムは盛大に楽しめ!
「よし! もう一度学園祭やるわよ!」
驚きの声も無視して、早速教師に通達すべく部屋を駆け出したミレイの姿を見送って、カレンはポケットに手を入れた。
隠しナイフ。これで、もう一度。
(大丈夫。出来なかったことはもう一度やればいい。だから、大丈夫)