永久に続け、幸せの日々



 戯れ遊ぶ乙女達。綺麗の整えられた皇居の花壇の縁に、綺麗な衣服が汚れるのにも構わず彼女達は腰掛けていた。机も椅子も、ケーキも用意されてはいたが、それでは座る距離が遠すぎると不平を言ったのだ。
 こーネリアはここが好きだった。色彩豊かな花々の美しさや、計算しつくされた離宮の設計は、主であったマリアンヌのセンスを物語っている。これだけのものを維持するのは大変だろうに、過去を偲ぶ便にしているのだろう。記憶に違わない姿を常にここは保っていた。
 やはり落ち着くと、コーネリアは固まった肩を解すように軽く回す。アリエス宮は、騒がしさとは無縁の世界だ。

「お疲れ様です、お姉さま」
「はは、私よりもユフィの方が疲れてるようだ。普段、公の場には出ないからな」
「だって、皆様難しい話ばかりで……」
「途中で抜け出してもよかったんだぞ?」
「お姉さまの誕生日会ですもの。そんなわけには行きません」

 ナナリーを右隣に、ユーフェミアを左隣に。溺愛する妹達を両側に据え、祝いの言葉にコーネリアは苦笑した。既に三十路間近。正直なところ年を取るのが苦痛に思え始めているのだが、それでも妹に祝福されることは嬉しい。礼の代わりに、両手で二人の頭をくしゃりとかき混ぜた。髪の毛があちらこちらに飛び跳ねる。
 抗議の声を笑い飛ばして、今度は優しく髪を漉いてやる。その男勝りの言葉遣いに反した手つきの心地よさに、ユーフェミアとナナリーは大人しく身を任せた。ユーフェミアに至っては、コーネリアにうとうとと寄りかかっていた。本当に疲れたのかもしれない。コーネリア自身もまたそうだった。豪勢なパーティーはどこか堅苦しく、終わった瞬間に逃げ込むようにアリエス宮にやってきたのだ。
 皇族の居る場所には、もれなく下心や悪意が付いてまわる。皇位継承権の高い彼女に取り入ろうとする者、前線に自ら飛び込む彼女を揶揄する者、そして何よりも結婚適齢期を迎えた彼女を狙う人間の多さにうんざりする。地位欲しさに寄ってくる男などいらない。守ってくれる男というのならば頼れる騎士がいたし、共に居ることで得られる幸せなら妹がくれた。

「お疲れなのでしたら、また後日でもよろしかったのに……」
「私がお前に会いたかったんだよ。優しいなあナナリーは」

 身分を異常なまでに拘る皇族のパーティーに、ナナリーが出席することは叶わない。その上彼女は十年程前にあったテロに巻き込まれ、目と足が付随だ。どんな中傷を浴びせられるかは分からない。母を亡くした彼女は圧倒的な弱者で、余計な波風を立てることを嫌う。出来る限りコーネリアも支援してはいるのだが、母親の違いという壁は大きかった。
 思わずぎゅっとナナリーを抱きしめると、突き刺さるような視線を感じた。ナナリーを守ってきた最大の功労者であり、溺愛の第一人者であるルルーシュ。

「……ナナリーが潰れます」
「おお、可愛いな、ルルーシュ。似合っている」
「…………」

 かみ合わない会話に、血管が何本か音を立てて切れる。誕生日とは言えおめでたいとは言え身分が高いとは言え、これ以上の横暴を許してなるものか。スカートの裾を乱暴に蹴りつけるようにしながら、彼は歩み寄った。慣れないヒールに躓きそうになる。――スカート、ヒール。しかし彼は、男だ。

「なんで俺がこんな格好をしなければならないんですか! 服を返してください!」
「こら大声を出すな。ユフィが起き……」

 コーネリアが咎めたが間に合わず、もそりとユーフェミアが身じろぎをした。女装させる原因となったコーネリアとナナリーしか目に入っていなかった彼は、しまったと口を押さえる。部屋から出てたまるかとばかりに引きこもりつつ様子を伺っていたのだが、ユーフェミアは死角になっていたのだった。
 とろんとした彼女が、徐々に覚醒していく。予想外の事態に慌てるルルーシュは、次の瞬間放たれた言葉に撃沈した。

「まあ! 綺麗だわ、ルルーシュ!」

 嬉しくない。嬉しくない。横でナナリーが残念そうにしていた。私も見たかったです、お兄様の姿。

「ナナリーの目が見れるようになったら、また女装させるさ」
「本当ですか!」
「しない。もう絶対しない。今すぐにでも脱ぎたいんです!」
「駄目、ですか? お兄様……」
「あああ、いや、その、な? ナナリー、俺は男であって、こんな格好はだな」
「ル、ルルーシュ、今すぐって、ここで脱ぐの?」
「そうじゃないユフィ! そうじゃなくて、着替えたいという意味で」
「レディ達の前で脱ぎたい、か。ルルーシュ、お前はいつからそんな……」
「茶化さないでください姉上! 何考えているんですか!」

 公的なパーティーには出席できなくとも、私的にお祝いはしたい。そう提案したナナリーをルルーシュが蔑ろにするはずもなく、このアリエス宮にコーネリアとユーフェミアを招いた。二つ返事で受け入れられるところまでは想定内だった。問題は今日の朝のこと。
 経緯は単純。朝、何故かにこやかに笑うシュナイゼルが唐突に訪れた。本日中に来訪するという伝言と共に服がプレゼントされたのだ。何故わざわざシュナイゼルがパシリに使われているのか、そもそも何故誕生日を迎える本人がプレゼントを、と疑問に思う間もなく、無理やり彼は着替えさせられた。ルルーシュも既に十七。羞恥心もあるし、何より服の素材が妙にひらひらしているのに嫌な予感がして抵抗はしたのだが、軟弱な彼は簡単に押さえつけられた。なんでそんなに楽しそうなんだシュナイゼル! 矜持を色々な意味で踏みにじられ落ち込んでいる隙に、使用人たちがルルーシュの服全てをかっぱらって行った。横暴にも程がある。
 似合うよと大絶賛して帰っていった彼は一体なんだったのか。多分、面白そうだからとかそんな理由だったのだろうが、ルルーシュには堪らない。ブリタニアの貴族制に憤りいつか弱者の虐げられない世界を作ってやると誓いつつ、身分差が取り払われても彼には適わなさそうな予感に苛まれながら悶々としていたのだ。
 紺を基調にしたドレスは、派手ではないが気品を漂わせる作りとなっている。マリアンヌが好んでいたデザインに似ているかもしれない。亡き母を思い出して少し落ち込み、男である自分の姿で母を思い出したことに激しく落ち込んだ。

「今日は誕生日だからな。祝われたいと思うのは悪いことか?」
「でしたら、シュナイゼル兄上やクロヴィス兄上にも」

 あいつらが女装? コーネリアは眉を顰めた。絶対似合わない。気持ち悪い。いらない。
 だからどうして女装が前提なのだと叫びたかったが、ルルーシュは額を押さえて諦めの息を吐いた。どうせ何を言ったところで、彼女が聞き入れてくれるはずもないのだ。妹に対する彼女の情愛はいっそ異常だ。
 というわけだから、と訳の分からない前置きで手招きされ、ルルーシュは警戒した。なんですか、一体。

「いいから、来い」
「次は何ですか?」
「何もしないさ、別に。ただちょっとここへ来いって言ってるだけだ」

 左右に妹を侍らせた彼女はまだ足りないとでも言うのか。そもそもルルーシュは男だ。  状況をいまいち把握していないらしいナナリーが首を傾げ、その応酬にユーフェミアが笑いを零した。意外とルルーシュは根性がないから、きっと直ぐに根を上げる。彼女の想像通り、何度目かのやり取りの果てに渋々と彼はコーネリアの真正面に立って、

「えあっ!?」

 三人一緒に抱きしめられた。慣れているのかユーフェミアとナナリーはくすくすと笑うだけ。目を白黒させながら彼は抜け出そうとするが、鍛えられた腕力の下にはびくともしない。というか胸、胸が当たるっ!
 そんな様子に構うこともせず、コーネリアは目を閉じてはーっと息をした。ぎゅう、と力を更に込める。

「幸せだ」
「あね、うえっ?」
「幸せだ。ユフィは可愛いし、ナナリーは癒されるし、ルルーシュも顔だけはいいし」
「一言余計です!」
「幸せだ」

 ……あー。
 ため息を一つ吐いて、ルルーシュは苦笑した。
 全く、仕方ない。ちょっとぐらい我慢してやってもいいか。
 平気そうに振舞っているが、普段から自ら戦いに駆り出て戦っているのだ。たまには休息が欲しいだろう。幸せだと呟き続ける彼女は、まるで自分に言い聞かせているようにも見える。
 とりあえず当たる胸から逃れるべく、ルルーシュは身じろぎをした。



(ってちょ、こら、ふざけるなコーネリア! スカートを捲るな! 下着チェックとか馬鹿か!)







リクエスト内容は「コーネリア様による妹花園計画。妹は勿論ユフィナナルル(女装)」でした。
すみません。思わずツボに嵌った表現をボールドに><このリクエストを見た瞬間に思いました。真っ先に書こうと。
暗殺事件はあったけれど、日本には送られなかったパロでした。皆仲良しだといい。

20070607








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