共に歩もう、これからも
携帯電話なんて使ったことはないに等しい。イレブンは携帯を持ってはいけなかったし、侵略前の日本においても幼少期には必要性がなかったから、扱い方なんてほとんど知らなかった。何かと用事はあったために暗記していた番号を押すだけでよかったが、無事に繋がらないことへの不安もあった。その場合、操作ミスの所為なのか彼に何かがあったのか、原因がどちらにあるのかスザクには判断できない。
もしかしたら、ルルーシュを驚かせてしまうかもしれない。ニュースで特区の惨劇は放映されていたようだから、彼も状況は知っているだろう。未だブリタニアを憎む彼が、そのユーフェミアからの電話を受け取るかどうか。
でも、ルルーシュだって知っているはずだ。ユーフェミアの優しさと、慈愛の心を。これは何かの間違いだと、彼も思っているはずだ。
「ルルーシュ? 僕だよ」
数秒待って繋がった電話から、怪訝な声が響いた。懐かしい。思わずそう感じてしまった。いつも通りの(そして、ちゃんと生きている!)彼の声は、スザクを落ち着かせる。
“こんな時”。そうだ、確かに電話している場合ではない。ガウェインは滞空したままだし、特区周辺の混乱は凄まじい。ランスロットを駆けて事態を収拾しなければならない立場ではあったが、それでもスザクは続けた。
「ルルーシュ、今、学校?」
また外出しているらしい彼は、一体いつも何をしているのか。しかし直ぐに戻るということは、きっと学校周辺にはいるのだろう。彼こそ、“こんな時”にナナリーの傍を離れるわけがないのだ。
スザクは軍で戦う。ルルーシュは学校で生活する。透明な壁は彼らを互いに隔て、領分を侵さぬよう守っている。
皆に伝えて欲しい。そう前置きして、語る。空を、見ないで欲しい。
「ルルーシュ…君は、殺したいと思うほど憎い人が居るかい?」
すぐさま返ってきた答えは、予想した通りのものだった。出会った時も敗戦したときも、再開したときも変わらず彼はブリタニアを憎んでいる。
少なからず彼がゼロに共感しているのは知っていた。それは間違ったことだと思っていた。正さねばと考えていた。何度か諭しはしたが、彼は納得する様子は見せていなかった。ならばルルーシュが具体的な行動を起こしてしまう前に、ブリタニアを変革すればいい。そうすれば彼は間違った道を歩まずに済む。
正しい方法で勝ち得た結果以外は何の意味をも成さない。ルールに従わなければ、それはただの人殺しだ。つまりルールに従いさえすればそれは単なる人殺しではない。嘗てスザクが許されたように、彼もまた親友を導かなければならなかった。
なのに、そのスザク自身が今、道を踏み外そうとしている。
「今、僕は憎しみに支配されている。人を殺す為に戦おうとしている……。皆が居る東京の空の上で、人殺しを、だから――」
空を見ないで。せめて空を見ないで。そして、何もなかったことにして欲しい。
そこにはゼロがいる。スザクの憎い敵がいる。私怨から彼を殺そうとしているスザクがいる。けれどルルーシュたちが日常を過ごしている間に全てを終わらせるから、許して欲しい。
空を見ないで。
僕を見ないで。
そうすれば、スザクは何も憎んでいなかった振りができる。いつだって正しかったという演技が出来る。
いつも通り。それを望んだ彼に思いがけぬ言葉が飛び込んだ。
憎めばいい。ユフィのためなら、それも許される。
鍵を握る手に力が入った。ルルーシュはもうとっくに決めていた? ただ安穏と現状を甘受するつもりはないのだと。それはどうして? 彼をそこまで突き動かすのは何。
「ナナリーの為?」
――ああ、やっぱりか。
よかった。ルルーシュの肯定に、スザクは心の奥底で安堵した。
彼ははきっとスザクを受け止めてくれる。引き返すつもりはないと語る彼が、今どの地点にいるのかは分からない。スザクを立ち入らせないと言う事はおそらく良い方向ではないのだろう。
父親に見捨てられた哀れなルルーシュ。ナナリーのため、彼自身の憎しみのために、ブリタニアをぶっ壊そうと。
それはユーフェミアを失い、復讐のためにゼロを殺そうとするスザクと酷く似ていた。
唐突に零れ落ちた大切な彼女の命と共に滑り落ちていく、スザクの中の何か大切な、彼を形作ってきたもの。これまでスザクは罪を押し隠し、本質さえも閉じ込めて生きてきた。しかしそれをも愛してくれた彼女の柔らかな抱擁が、その強固な殻にいつのまにか取って代わっていたのだ。その守護を失った今、もはや激情を抑える力は存在しない。漏れ出した“俺”を受け止めてくれる誰かが必要だった。
本当にこれから行う“間違い”を見ないで欲しかったなら、連絡などすべきではなかった。それでも電話せずにはいられなかったのは、知っていて尚知らない振りをして欲しかったから。スザクの落ちていく先に既に待っていた親友は、全てを受け止めてくれた。
「ありがとうルルーシュ」
受け入れてくれて。
許してくれて。
彼は当然のように、スザクを肯定してくれる。
「七年前からずっと」
今までも、これからも、ずっと。ルルーシュとスザクはトモダチだ。
幼少期に築いた友情は現在まで長く長く伸びている。永い間その線は交わらなかったが、再び重なって未来へと続いている。その延長線上にはきっと、誰もが幸せに暮らせる世界があるのだ。
「それじゃ、後で」
また学園で会おう。
そしてユーフェミアが望んだ生活を送ろう。だって、まだスザクは十七歳なのだ。学校には通うべきだし、学友と楽しい時間を過ごさなければならない。
だから待っていて。
大丈夫、絶対に君たちの元へ行くから。
ユフィの願いを叶えるから。
君たち兄妹の居場所を作るから。
――ゼロを、殺して。
(では、もしもルルーシュさえも無になったなら?)
こちらの道路は一方通行ですので、もちろんUターンも出来ません。
制限速度は存在しませんので、ブレーキをかけますと後続車に押しつぶされる危険性があります。
とは言え早すぎる速度で進みましても、前方の車ををひき殺すことになりかねませんのでバランスにお気をつけを。
20070827