ちょっとだけ、不安。だから。
 そう尤もらしく顔をゆがめたりしてみせた。私は卑怯な女だろうか?
 パイロット席から身を乗り出す。
 訝しげに眉をひそめた彼の顔。
 真っ白な水しぶきが周囲に踊る。
 二人だけの世界。
 顔が、
 近づいて、
 唇が、
 触れて。



言い訳する唇閉ざし



 親愛のキス? まさか。
 手袋の上からそっと自分の下唇に手を当て、そのままルルーシュは何も言わなかった。鈍い彼にも何か感じるものがあったのかもしれない。
 それでいい。CCは思った。我らは契約者。そこに感情など付け入る隙はない。
 単なるお守りだよ。
 聞こえるか聞こえないか程度の声音で呟いた。届いたのかは分からない。どちらにとってのお守りとも、言わない。必要がない。
 しかし、この男は本当に何でも受け入れる。シャーリーの時も雰囲気に流されて、何も言えなくなっていた。
 仕方がなかったのだ(――そうでなければナリタでは)。
 仕方がなかったのだ(――そうでなければナナリーは)。
 間抜けな男。甘い男。同世代間では一頭地を抜く俊秀とは言え、まだまだCCから見れば子供だ。
 霧が晴れる前に、ルルーシュを降ろさなければならない。操縦桿を手にしながら、背後の気配を探る。
 でもね、ルルーシュ。知っていたよ。お前が間抜けで甘い男で、本当に優しい男だってこと。私だけは知っているよ。
 謝罪なんていらない。言い訳なんていらない。そんなものなくたって、全部全部知っている。
 だから。
 本来なら明るい恋人同士がやるべきキスなのに、なんて後ろ暗いのだろう。
 きっと黒の騎士団は混乱している。訓練された軍隊ではない彼らが、正規の軍人に長期戦で勝てるはずがない。
 ルルーシュの対応も愚かとしか言いようがなかった。日本より優先するものがあると言い、何処へとも分からぬ場所へ消え、通信さえも途絶え?
 トップがそんなでは士気が下がるに決まっている。今は大切なとき。そんなのは自明なことだ。王が動かなければ部下はついてこないと、そう断言した彼が一体何をやっているのか。
 けれど、それでも。分かっていて尚CCは彼を連れ出した。日本などよりナナリーの方が大切なのだ。それはルルーシュの価値観だけではなく、CCのものでもあった。ルルーシュを生かすためにはナナリーには無事でいてもらわなければならない。
 何よりも優先されるべきはルルーシュの命。
 そのためなら、この命など。
 ずっと一緒にいる契約はどうなった? 彼の孤独を救えるのはCCだけなのに? ささやく声を振り払い、言うべき言葉を閉ざす。
 全ては唇の中に消え去った。きっとキスが得意な人は嘘が上手いに違いない。重ならない心を、唇で誤魔化して。どんなに重ねても交わることなんてないのに。

「死ぬなよ」
「誰に言っている」

 YESとは言わない。そして、NOとも。
 ただ挑戦的な声音で告げると、彼は鼻で笑って背を向けた。

「……そうだったな」

 魔女が死ぬことなど起こりえない。
 人として生きた自分は、既に死んでいる。人として生きた時間があったのかも怪しい。
 だから、死なない。CCは死なない。最初から生きてもいない、魔女など。
 魔女が孤独というから魔王になると決意した男は、されど孤独に魔王として生きる。
 ルルーシュは傷つくだろうか。少し期待してしまう自分がいた。彼はとても甘い上に負けず嫌いだから、きっと悔しがるだろう。下唇を噛んで、CCを罵るだろう。馬鹿、あの女。そしてきっと、少しだけ、後悔するのだ。
   ピザ代はもう支払わなくていいんだぞ? 服代だってもう終わりだ。わがまま女に付き合わされることがなくなって良かったな?

「好みじゃないんだが、な――」

 心中相手は、どうせなら……。
 暖かい彼の体温がまだ唇に残っている。海底はきっと寒いけれど、この温度があればきっと大丈夫。
 オレンジ色の機体を捕まえ、そのまま海面へと押し込む。
 さようなら。小さく呟いた声は海の雫へと吸い込まれ――。



(ありがとう)







誰よりも自分のことを分かっていそうなCCが心中って言うんだから死んじゃうんじゃないかなーとかorz
まあCC研究の後を継いだオレンジが傍にいるからきっと大丈夫。なんかほら、あの変な管とか使って!!








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