友情の残滓
銃声は、ひとつ。
ルルーシュは目を閉じて、腕をだらりと下げた。撃たなかった。撃てなかった。
それでもやはり親友だったのだと、ひっそりと笑う。スザクに殺されるならば、そういう終末ならば、いいのかもしれない。スザクを信じてやっても。
しかし予想した痛みは幾度待てども訪れず、訝しげにまぶたを持ち上げ――ルルーシュは、驚愕した。
「なん、で」
スザクの撃った一発の弾丸、そのちっぽけな人殺しの道具は、寸分たがわずカレンの胸を貫いていたのだ。
彼女の瞳が、これ以上ないというほどに見開かれて、失われていく血液を眺めている。
なぜゼロではなく、カレンを? スザクを振り返ると、当の本人もまた愕然と自分の手元を見つめていた。
「カレンは、テロリストだ。だから、だか、ら……」
カレンもまた罪人であり、処罰の対象である。
確かにそうではあったが、どうして、と。
「スザク?」
「……ルルー、シュ」
背後で、どさり、と人の崩れ落ちる音が響いた。
だがスザクは何も聞こえないとでもいうように、首を左右に激しく振り、顔をゆがめる。
「おれ、は」
きみを、殺したくなんて、ないんだ、と。
それは、紛うことなきスザクの、スザク自身の、エゴだった。俺、は、と彼は続ける。
「ともだち、だよね」
「ああ。友達だった」
「だった、よね……」
スザクの真意がわからず、ルルーシュは眉をひそめる。
ユーフェミアを裏切り、殺戮し、すべてを奪ったゼロを殺すことを躊躇う彼が、理解できなかった。
母を殺し、妹の足と視力を失わせ、すべてを奪ったブリタニアを許せない、ルルーシュは。
「みのがして、あげる」
「……は?」
「ともだち、だったから」
カレンは、あのまま放っておけば死ぬだろう。ならば、ルルーシュをゼロと知っていて、かつ告発する可能性がある人間なんていない。
呆然とする彼の前で、スザクは拙く言い訳を連ねる。
「それに、サクラダイト、爆発するんでしょ。ナナリーも危ないんでしょ。だから、殺せない」
「……甘いな、お前は」
「ルルーシュだって、撃たなかった」
えへら、とスザクは泣き笑いの表情を浮かべる。また明日、とでも言うかのような、気心の知れた笑み。
結局、撃てないのだ。友達だから? 互いの底にある信念を知り尽くしているから?
違うと、首を振る。撃てないのは、心にこびり付いた友情の名残に、惑わされているから。目の前の真実では拭い去れないその残滓が、絡み付いて離れない。親交など過去のものだと、心が認めない。
本人もそれに気づいたのか、慌てて顔を引き締める。でも、と続ける。
「もう、友達じゃないから。今回は、友達だったから、見逃すけど、次にあったら、ゆるさない」
「次、か」
「うん。ほら、ナナリーを助けるんでしょ? 手伝わないよ、一緒になんて、もう」
上司には、ゼロを殺したと報告しておく。そう言い残して、スザクはルルーシュに背を向けた。
「ころしたら、だめなんだ。ころして解決なんて、まちがっているから」
ぼくは、と。
洞窟へと吹き寄せる風が、二人の間を断つように、吹いた。
(どうすれば、正しくいられるの?)
解決を先延ばし、的な。
カレンを華麗に放置
20080328