砂糖菓子よりも甘いあなたへ、一握りの塩を



 囚われの騎士を救うために、ブリタニアの堅牢な守りを潜り抜け、私は鉄格子を破った。絶対に無理だと思っていた。扇さん、四聖剣、一緒に戦ったみんなを、救うことなんて。
 なんて皮肉。仲間のところにたどり着けたのがうれしくて、とても悲しくて、私は笑うしかなかった。
 ゼロの――ルルーシュの裏切りのせいでつかまったみんなは、彼の指揮でしか取り戻せないのか。
 間抜けな顔で「生きていたのか」とゼロを見上げるみんなに、彼は細く長い指を伸ばす。

 もう一度、日本のために戦わないか?

 出来損ないみたいな仮面の奥底で、仮面よりもきれいな彼の顔が醜悪に笑っているのだろうことが容易に想像できた。
 吐き気がする。
 “もう一度”?
 一度も、日本のために戦ったことなどないくせに?
 久しぶりだというのに驚くほど手に馴染む紅蓮弐式は、しかしどうしてもゼロを守る、この居場所に馴染まない。

「君は、言ったな」

 藤堂さんが、ゼロを見据える。

「奇跡を起こした、責任を取れと」

 出会ったときと同じ拘束衣はきっと、体だけじゃなくて心さえも縛り付けているのだろう。日本というこの場所と、ゼロというカリスマに。

「君は、私たちに奇跡を見せた。日本を取り戻すという夢と、ブリタニアを崩す希望を」

 悲しくて、悲しくて、私は目をそらす。
 ごめんなさい。私は、彼の正体を知っている。
 彼の名前も、彼の顔も、彼の心も、彼の思いも。そして、彼以外にはやはり日本を取り戻せる者がいないだろうことも。
 彼が裏切ったことを知っていて、それを告げない私もまた裏切り者だろうか。
 彼は頭がいい。ナナリーのために戦線離脱したことも、口八丁で結局ごまかしきってしまうのだろう。

「その奇跡が見たければ――」

 ゼロが、その悪趣味なマントをはためかせる。私は、彼に背を向けた。ブリタニアの軍勢が近くに迫っていたのだ。

「私について来い」

 戦いに集中しようとしたのに聞こえてしまったその声と、彼の声に応える返事に、私は耳をふさいだ。



 懐かしい騎士団のトレーラーに、久しぶりに活気があふれた。
 うれしくて、うれしくて、それが悲しくて。私はやっぱり笑うしかなくて、人気のないKMFの倉庫へ歩いた。黒の騎士団は私の居場所ではなくなってしまったかもしれないけれど、紅蓮弐式は私だけのものだ。
 ふと、人の気配を感じてそちらを見ると、彼がいた。行動を見透かされているようで、悔しい。

「なんでここにいるのよ。みんな、探してたわよ。あなたのこと、救世主だって」
「……俺は、救世主じゃないさ」
「ふん。わかってるじゃない」

 彼が仮面に手をかけた。それを取ろうとする気配に、私はあわてて制止する。
 見たくなかった。ゼロが、私たちを裏切ったことを示すそれを、見せ付けられたくはなかった。

「ありがとう、カレン。君がいなければ、団員を取り戻せはしなかった」

 ありがとう、か。
 何も知らなかった昔の私は、彼のその一言に一喜一憂していたものだった。なのに、今は。

「人数が減ったわ」
「……ああ」
「貴方の所為よ」
「……そうだな」

 あの戦いの最中に死んでしまった人たちを想う。
 騎士団の仲間たちだけではない。大勢の人が、無意味に死んだ。
 ねえみんな、貴方たちは、ゼロを許す?

「扇や、藤堂たちは、また俺……私に、ついてくると言った」

 お前はどうするか、と言外に尋ねられていることを悟る。
 私は仲間たちを助けることには応じたけれど、その後のことには何も言わなかったのだ。
 彼に、背を向ける。私はどうしたらいい?
 ねえみんな、貴方たちは、私を許してくれる?

「戻りなんてしないわ」

 ふ、と彼がため息をつくのを感じた。
 勘違いしないで、と私は告げる。

「私の居場所は最初からここなのよ。貴方が、違うだけ」

 紅蓮弐式をそっと撫でる。私を受け入れてくれる温度が、やさしく伝わる。
 KMFの中が私の居場所だ。戦いが、日本のための活動が、仲間たちと共にいられる場所が、私の居場所だ。
 馴染まないのは、ゼロの傍。黒の騎士団というその名前。

「ついて来い、と言ったわね。ゼロ?」
「ああ」
「反対よ、ゼロ」

 振り返り、私は彼をじっと見据える。もう背を向けたりはしない。私は前を見ていくのだ。目的を果たすため、生きていくために。
 私は彼を見ていて、彼も私を見ているけれど、こんなにもすれ違っている。

「戻ってくるのは、貴方。私たちが許さなければ、貴方は惨めに死ぬだけなのよ」

 けれど、ねえ。これしか方法はないの。
 日本を取り戻せる可能性がうれしくて、とても悲しい。
 つるりとした彼の仮面に、私の顔が映るのがわかる。
 嗚呼、なんて、醜悪。そこそこ綺麗だと自負しているけれど、まるであの時のルルーシュのように、醜悪な顔。

「――日本のために仮面をかぶることを許すわ、ゼロ」

 だから、日本を取り戻すまで、その仮面を剥がしてはだめよ。
 ゼロは私たちを利用する。私も、ゼロを利用する。
 最早その方程式は揺るがないだろう。壊れてしまった関係は戻らない。



(彼を信じることができない私が、悲しくて仕方がなくて)










黒の騎士団の話なのに玉城を出さないことにとっても苦労しました。
お菓子作るときに塩入れるのって本当に不思議ですよね。

20080328








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