さようならと叫ぶ声すら届かない
よかったじゃないか。
過去の親友であり、過去の敵であった彼の成れの果てを、スザクは冷めた目で見据えていた。
気を失って倒れた彼が目を覚ました時、そこには何も存在していないのだろう。
ブリタニアへの憎しみも。
ナナリーへの愛も。
ゼロとしての活動も。
(よかったじゃないか)
スザクは思う。よかったじゃないか、もう君は苦しまなくてもいいんだ。
母親を亡くした悲しみも。
ナナリーを庇護する義務も。
無辜の人々を巻き込んだ罪悪感も。
ユーフェミアを殺した、その罪も。
――全てから逃れるのだ。だって、彼は忘れてしまう。
(よかったじゃないか、君)
いっそ羨ましいくらいだと思う。だってスザクはずっと苦しんでいた。忘れたかった全てから、そう、死に急ぐほどに追い詰められて。
忘れたいのは俺だ。スザクはそう叫びたかった。
父親を殺したことも。
ユーフェミアを失った絶望も。
友人に裏切られていた悔しさも。
友人を売った、その罪も。
――スザクは逃れられない。だって、スザクは忘れられない。
(ずるいよね、君は)
何もかもを忘れ、これから彼は普通に生きていくのだ。スザクはユーフェミアを亡くしたことを悲しんでいるというのに、殺した張本人は何の罪を問われることもなく日常に戻るのだ。
なんと妬ましいことだろう。
なんという喜劇だろう。
ではこの怒りはどうすればいいのだろうか。これからはもうスザクが彼をどれだけ憎もうと、絶対に届かないのだ。
(本当に、ずるい)
今までの彼を形作っていたものがなくなる。その中には勿論スザク自身も含まれている。それさえも、彼は忘れるのだ。
苛められてた彼を助けた。
一緒に猫を追いかけた。
共に、笑いあった。
悪いことばかりでは決してなかったのだけれど。確かに楽しかった記憶はあったのだけれど。これからスザクはそれらを否定していかなければならないのに。彼は、スザクとの思い出を根元から失うのだ。
なんと虚しいことだろう?
なんという悲劇だろう?
ではこの葛藤はどうすればいいのだろうか。これからはもうスザクが彼をどれだけ懐かしもうと、絶対に届かないのだ。
(…………ねえ、ルルーシュ)
君はどう変わるだろうね。これまでの彼自身を失った彼は、一体どのように笑い、どのように悲しむのだろう。
彼にとってスザクとの出会いはどのようなものだったのだろうか。一緒に過ごした日々は、彼を形成する一部と為り得ていたのだろうか。スザクを失った彼は変わるのだろうか。
それとも。
――それでも。
(これでよかったんだよね)
ルール、ルール、って騒ぐ彼的には、ルルーシュが法に裁かれてないってのに何か思うことはないのかな。
皇帝の命令だからいいのかそうか……いやだめだろ……いいのかな……。
20080415