ごめんねと囁く声は何処へ消え
そもそも、なぜ自分のためのパーティーの用意を自分でしなければならないのか。何かがおかしいと思いつつも手は休めない。ルルーシュが抜ければパーティーは真夜中になるだろうことは火を見るよりも明らかだ。
こんなことをやっている場合ではない。それはよく分かっている。騎士団の残党はゼロの指示を待っているだろうし、ルルーシュ自身今すぐにでもナナリーを探しに行きたかった。日常生活を送らなければナナリーが危ない、しかしこのままではいけない。監視の目を欺くにはどうするべきか。
皮肉だな、とルルーシュは自嘲する。ルルーシュとナナリーが逃げ込んだ学園は、彼らを逃さないための鳥篭と成り果てた。
そんな彼の心中に気づくはずもなくミレイはニヤニヤとルルーシュの元へ擦り寄る。邪魔だ。そう思って振り払おうとしたその時、彼女が発した言葉に目を伏せた。
「この手のキャラは生活力がないってのがお約束なんだけどね〜」
美形で頭脳明晰、そして平均よりは細い肢体。まあ、キャラ的には生きていければなんでもいいとばかりにピザでも食べて不養生を重ねる方が似合うかもしれない。
しかし、ルルーシュの場合は。
「会長、聞いてもいいですか?」
知っているはずだった。アッシュフォードの一人娘たるミレイは、生活力を養わざるを得なかった、彼の経緯を。
彼女は陽気でおちゃらけたキャラとして生きているが、その実他人に対する配慮を怠ることはしない人間だ。不用意にルルーシュの過去を茶化すような真似をするはずもなく。
「今日は、俺とロロの生還記念パーティーですよね?」
ではナナリーは? 学園にいたはずの彼の妹は一体何処へ?
彼女の居場所は杳として知れない。彼女の居た痕跡すら消えた。記憶がなくなるということの意味を、ルルーシュは今初めて知った。
五体満足のロロが本当の弟ならば、ルルーシュは生活力の字すら考えなかっただろう。
ルルーシュの過去はロロではなくナナリーで形作られている。彼にとってのナナリーは人生そのものだった。彼女を守れなければ生きていけないだろう自分の執着心は理解していた。しかし、誰も覚えていないのだ。
嘗て死んでいると形容された過去さえ殺されて、ルルーシュはどうやって生きていけばいいというのか。
彼の所為で過去を殺された友人達に、ルルーシュはどう償えばいいのだろうか。
「ルルーシュ。肉はもう運んでいい?」
「頼む。ああ、一番右のがシャーリー。その横が会長の」
「何が違うの?」
「焼き加減」
首をかしげる味オンチに、ルルーシュは鯛に鉄製の串を刺しながら指示をだす。抜き取って下唇に当てればきちんと温められていて、残るは盛り付けだけだ。
「会長はレア。シャーリーは赤いの駄目だろ? ちゃんと焼いておいた。後はミディアム。いいだろ、リヴァル」
「いいも何も俺よくわかんないし」
「生肉生肉ー。ありがとルルーシュっ」
「生肉って言わないでください」
温めておいた皿を取り出していると、クリームを拭いていたシャーリーと目が合う。確か以前肉の赤いところは怖くて嫌だと言っていた筈だった。
そうだろ、と声をかければきょとんとしていた彼女は破顔する。
「覚えててくれたんだ!」
ルルーシュは覚えている。シャーリーとの思い出全て、あの忌まわしい記憶さえも。
一度記憶を消したシャーリーは今一体どのような記憶を植えつけられているのだろうか。皇帝のギアスがかかったとはいえ、シャーリー自身が彼の事を思い出したわけではない。今彼女が記憶しているルルーシュはその全てが偽りだった。
嗚呼、ではルルーシュの存在全てを忘れた彼女はあの時どのような思いでいたのだろうか。他人の記憶を改竄することの意味を、ルルーシュは今初めて知ったのだ。
「――ごめん」
消してしまってごめんなさい。消されてしまうような事態を呼んでごめんなさい。
にぎやかな厨房で、囁く声は彼らには届かない。
たとえ届いたとしても意味を知る者などいないのだけれど。
(いつか、元に戻すから。絶対に)
で、どうするつもりなんでしょう、ルルーシュは……
20080421