美しい庭、暖かな日差し、綺麗な花壇、遠くから聞こえる笑い声。
 これは夢だよ、と黄緑の髪を持つ少女は言った。叶わなかった夢、既に消え朽ちた夢。
 彼らのよく知る少年の描く、もしもの世界だと。



もしもの世界と現実と



 何が発端だったのかは忘れた。そんなものがどうでもよくなるような光景が目前に広がっていたのだ。
 己を魔女と称する少女が不敵に笑って告げた、彼の夢の世界。それは余りに美しく。
 これは一体、と動揺する生徒会員の中で一人ミレイは額を抑えていた。これは、ここは、もしかして。
 魔女の意図する目的は分からなかったが、ミレイの予想通りならば。

「あら?」

 がさりと音を鳴らして笑い声の方向から人が現れた。
 慎ましやかなドレスをまとう亜麻色の髪の少女。薄紫の瞳がこちらを不思議そうに見ているが、その容貌はまさしく――。

「ナナリー?」
「はい。私がナナリーですけれど……」

 見知った彼女よりは血行も良く身体も健康そうに見える。そして明らかに違う点は自力で歩いていることと、目が見えているらしいこと。
 常に車椅子に座り瞳を閉じる彼女を見慣れた彼らは戸惑うが、魔女の言葉を思い出して合点した。
 これは彼の夢。ならば、溺愛する妹が健康体なのも頷ける。
 だが、この場所は一体何処なのだろうか。そしてどうして自分達の事を知らない?
 状況に戸惑い返答に困る彼らに、ナナリーは首をかしげた。

「あら、ミレイさん。先ほどお帰りになられたんじゃなかったんですか?」
「え、ええ、そうだったわね、ええと……」
「お忘れ物ですか? そちらの方々は?」
「わ、私の友達よ。紹介しに、きたの」

 然しものミレイも返答に詰まるがどうにかやり取りをこなす。その心は、やはり、という思いで埋め尽くされていた。
 彼のもしも。叶わなかった、もしかしたら有り得たかもしれない、しかし既に過去となった夢。
 ナナリーが五体満足でドレス姿であることから考えても確定だろう。アッシュフォード家の娘たるミレイのことを知っているのも分かる。
 訳が分からないといった態で不安がる彼らをナナリーに紹介する。左からシャーリー、リヴァル、カレン、ニーナ。スザクは例によって軍務だ。その表情も慣れない場所――皇居――にいることから来たものだろうと彼女は納得し、安心させるような微笑を浮かべる。

「よろしくお願いします。私、ナナリー・ヴィ・ブリタニアと申します」

 そのファミリーネームに驚きを隠せない彼らをミレイは目で制す。ミレイの友人であるならば、知らないはずがないのだ。
 見知った彼女のままの性格ならば少しくらいの失言なども見過ごしてくれるかもしれない。しかしここは皇居。おそらくルルーシュの守りがあるとはいえ、荒波にもまれたナナリーが甘い少女であるとは限らない。

「お兄様を呼んできますね。多分日本の案件について頭を悩ませているところでしょうし、気分転換になります」
「……日本?」
「ええ、今交戦中でしょう? 制圧したらお兄様が総督に、という話が出ているんです」

 思わず声を上げたカレンはその返答に微妙な表情を作った。
 ナナリーの姿からして、ここは平行世界のようなものであることは見て取れた。彼女達が日本に来る前に戻ったわけではなく、そのままブリタニアで成長した世界。ならば既に日本はエリア11となっていてもおかしくはないのだが、本来の世界の七年後も日本は日本であるらしい。――危険な状況ではあるようだったが。
 開戦自体が遅れたのか、戦争が長引いているのか。どちらかは分からなかったが、戦争に与える何らかの大きな要素が欠如しているのかもしれなかった。

「じゃあ、呼んできますね。ふふ、お兄様の婚約者様が来ましたよって」

 悪戯っぽく笑ってドレスの裾を翻した彼女の置いていった言葉にシャーリーは吹いた。リヴァルは呆然とミレイを凝視し、カレンも驚きに瞠目する。ニーナはナナリーの兄とミレイの結婚式から果ては老後まで、一瞬にして想像を駆け巡らせて顔色を青くした。

「か、会長? 婚約者って、え、何、何、ていうかブリタニア、って」
「いいから落ち着きなさい――可能性はあった、それだけよ。婚約者だった事実はないわ」
「可能性って、ええ! どういう関係なんですか会長!」
「関係なんてなかったわよ。……でも、そうね、あのまま順当に行けばそうなったんでしょうね。でもここは」

 幻。そうミレイは目を伏せる。
 うろたえる彼らの耳に聞き覚えのある声が届いた。ぶっきらぼうなのに、妹に対しては驚くほど柔らかくなる、彼の。
 緊張に身を硬くする彼らにミレイは言った。私に任せて。ミレイとて自信を持てるほど状況を理解しては居ないのだが、少なくとも彼らよりはマシだろう。
 そうして現れた彼は、黒を基調とする皇族の服を身にまとい、さらりと黒髪を掻きあげて。

「どうしたんだミレイ。友達だって?」

 ミレイを呼び捨てる彼に違和感を覚えたのは一瞬で、すぐにこれがあるべき姿だったのではないかと納得してしまいそうな響きを感じた。
 学園に居るときと何の変わりもない彼だが、少し表情は柔らかいかもしれない。疲れたように瞬きをするのは公務が忙しいからか。恋い慕う彼の嘗てない威厳のある姿にシャーリーが顔を赤くした。

「ええ、そこで会ったものだから。邪魔だったかしら?」
「お前に振り回されるのは慣れてるよ」
「あはは、ごめんなさい、ルルー……殿下」

 ピクリとルルーシュの眉が動いた。柔らかかった表情が厳しく引き締められ、眼には探るような光が宿る。
 何か失敗をしただろうか。ナナリーとは違い、彼に失言を見過ごしてくれるような甘さがあるとは思えない。
 ルルーシュと言い掛けたのが悪かったか。しかし言い慣れない殿下などという言葉がすんなり出てくるわけがないし、ルルーシュ殿下と言ったのだと誤魔化せるはずだ。
 焦るミレイたちの追い討つよう、彼は表面上は優しくナナリーに声をかける。

「お客さんにお茶が欲しいな。ナナリー、メイドに伝えてくれるか?」
「分かりました、お兄様」

 そしてルルーシュ一人と対峙する形となった彼らは嫌な汗を流しながら必死に弁解しようとするが、その前にルルーシュが言い放った。

「お前は誰だ?」
「や、やだ。何仰ってるんですか、ルルーシュ殿下?」

 今の彼にとっては初見であろうミレイの友人たちに言ったのではない。婚約者であり後見人でもある彼女自身をルルーシュは睨みつける。
 先ほどは呼び捨てではなく、ルルーシュ殿下だと言ったのだと。そう強調するように受け答えるが、却って彼の眉間の皺を深くする結果となった。

「いや、お前はどう見てもミレイだ。だが、お前は今俺をなんと呼んだ?」
「何を仰っているのか分かりませんわ。ルルーシュ殿下、と、私は。」
「……ミレイならば言い直したりしない。公の場でない限り、ルルーシュと、そう呼ぶが?」
「いえ、今日は友人も共にいますから。ほら、建前って重要でしょう?」
「お前がそんなことを気にするか?」

 公の場で呼び捨てるような真似は流石にしない。例外として、ふざけてルルーシュを殿下と呼ぶことはある。しかしそのような場合、一度言いかけた呼び名を誤魔化してまで呼びなおすことはしない。
 一瞬でバレたことにルルーシュの頭の回転の速さを憎んだが、一体彼はミレイをどのような人間だと思っているのだろうか。彼自身の想像が基盤となっているものであるこの世界のミレイは、つまり彼の認識に従っている。流石のミレイも婚約者という立場にあるとはいえ、皇族に失礼な真似はしない――と思う。多分。

「そもそもここに友人を連れてくるということ自体がおかしい。離宮とはいえ皇族の住処だぞ? 付き添う人間はいなかったのか、そもそもどうして警備が誰もお前達を見咎めない」

 そういえばそうだ。唐突に現れただろう彼らは不審者であり、普通ならば捕らえられるとまでは行かずとも何らかの警戒はなされて然るべきだ。ミレイだけだったならばともかく、ぞろぞろと彼女の友人がいることは異様だとも言えた。婚約者の友人だからといって出入りすることを容易く許されるような場所でもない。

「それは……」

 あまりにご都合的な展開。現れたナナリーが彼らを警戒しなかったのは一体何故か。優しさや甘さだけではここでは生き残れない。況してや彼らの母親は庶民なのだ。
 ミレイはその理由を考え、思わず呟いた。

「ルルーシュが、望んでいないから?」
「……は?」

 ここは彼の世界。現実には起こりえない彼の希望が全て詰まっている。
 綺麗な離宮。ナナリーの体。皇族としての生き方。
 しかし“もしも”の世界は、現実がそこにあって初めて生まれだされる想像なのだ。現実から迷い込んだ彼らをルルーシュは“誰だ”と切って捨て、知らないと言い張る。そちらに目など向けないと意思表示をするがしかし、無理やり退場させられないほどには受け入れられている。
 ――友人(ミレイの、そして彼自身の)が捕らえられることは彼の本意ではない。
 それが架空の世界に矛盾を生み出したとしても、だ。
 ピシリとヒビの入るような音が聞こえた。ぴしり、ぴしり。その矛盾から、夢に亀裂が走っていく。
 花が枯れる。
 建物が崩壊する。
 銃声が、悲鳴が、聞こえる。
 お母様、お母様、死なないで。
 そして広がる血溜りが、
 足元を侵食していく。
 これは、彼の夢だ。起こってしまった彼の過去が、真綿のような夢を遠ざけていく。

「ルルーシュ、貴方は幸せ? この世界で、皇族である貴方は、幸せ?」

 呆然と顔をゆがめる彼に、ミレイは叫ぶ。
 気づけば彼の姿は綺麗な皇族服ではなく制服と変わり、威厳が孤独と成り代わっていた。

「幸せだとは言わない。だが」

 満足、できただろう。
 そう断言しながら、壊れた夢の破片を抱え、ルルーシュは寂しそうに笑う。
 もしかしたら有り得たかもしれない、この世界は。つまり有り得なかった世界なのだから。







 我に返った彼らを出迎えたのは、ルルーシュ一人だった。魔女さんは? そう問うと、苦虫を噛み潰したような顔をして彼は答える。逃げられた。
 彼の姿はやはり見知った制服で威厳も何もなかったけれど、崩壊の時感じられたような孤独感もなかった。あれは一体なんだったのだろうか。

「今のは、なに?」
「俺は見ていないんだが、まああいつは俺の夢だとか言っていたか」
「ええと、その……なんていうか。ルルーシュ、皇族になりたかったの?」

 希望的観測からリヴァルは恐る恐る尋ねる。
 この立身栄達になどなんの興味も示さない悪友が意味もなく皇族である夢を見るとは思えない。だからあれは本来の彼だったのだと思うのが自然だし、ミレイ自身彼女が婚約者になるのが順当であったと説明したが、それでも信じたくはなかった。
 ルルーシュは友人だ。同じ地の上に立つ、同等の、ただの友人であってほしい。そうでなければどうしたらいいか分からないではないか。
 しかしそんなリヴァル達の望みに反してルルーシュは自嘲染みた笑みを浮かべる。

「皇族でなければよかったとは、何度も思ったな」

 幾度も己の出生を呪い、しかし幾度も嘗ての皇居での暮らしを夢見た。最初から皇族でなどなければ味わわなかった苦しみだろう。
 その葛藤はリヴァル達には分からないが、姓を変え隠れ住む彼らは様々な辛い体験をしてきたのだろうことは見て取れた。それは例えば、ナナリーの足と目を奪い去るような何か。

「ねえ、ルルーシュ」
「なんだ?」
「貴方は幸せ? この世界で、ただの学生である貴方は、幸せ?」

 沈黙の流れる中、同じ問いをミレイは重ねる。
 ただの学生とは称したが、実際は違う。ブリタニアから逃げ隠れ、怯えながら日々を過ごしている。継承争いの只中にいる夢の世界ならば少なくとも身を隠すような必要性はなかっただろう。
 鳥篭の学園。ナナリーの体。目立つことの出来ない生き方。
 あのまま皇族として生きていれば得ていただろう全てを失い、彼は今ここに居た。

「そうだな……。満ち足りているとは言わない。不安も、ある。けれど」

 ――幸せだよ。
 彼は照れを隠すように笑って、言った。

「友達が、いるからな」



(ナナリーもいるし)(……ルルーシュはナナリーがいればそれだけで十分なんじゃ?)










リクエスト内容は
「ルルナナがブリタニアで健やかに育っていたら、というIF世界にA.F.生徒会の皆さん(ルルナナ除く)がトリップする皇族バレ」
なんか、リクエスト内容に沿ってるような、沿ってないような。
いつものことでした。すみません><
生徒会メンバーの大半が空気です。いつものことでs(ry

20080423








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