初めまして親友



 襟首を、くい、と持ち上げる。屋根裏部屋で話そう。しかしルルーシュはそれに気づいたのか気づかなかった振りをしたのか、特に反応を見せず。
 最初からそう簡単に尻尾を見せるとは思っていない。アッシュフォード学園に復学したスザクの目的はルルーシュが記憶を取り戻したか否かを確認することだった。
 あのゼロの手口は、スザクから見ても本物にしか見えない。ゼロが復活する可能性を皇帝以下機情局の人間とスザクだけは知っていた。そして復活するならば本物以外にはありえないだろうということも、だ。CCがいる限り黒の騎士団が偽者を持ち上げることなどしないだろう。彼女がルルーシュの築き上げた場所を簡単に他人に譲るとは思えなかったし、もしも偽者だったとしてもそれはルルーシュ奪還のための作戦だろうことは想像できた。
 しかし機情局のルルーシュに変化なしとの報告で。その真偽を確かめるためにスザクが直々に来たのだ。彼の頭脳をもってすれば機情局を出し抜くことなど出来るように思えた。

「ちょっといいかな、ルルーシュ・ランペルージ」

 興味なさげに目を逸らすルルーシュの方へとスザクは歩み寄る。暗黙の了解なんて出来る関係ではなくなったと、そういうことなのだ。
 一年前にこのサインをしたのはルルーシュだった。七年も前のことをよく覚えているものだと感心して、それから自分自身も同じだったことに気づいてこそばゆい気持ちになったものだ。
 誰も知らない、ナナリーさえも知らない、彼らだけの秘密。屋根裏部屋で話そう。二人だけで、二人だけの話を。

「なにか用か?」
「うん。あのさ、屋上に案内してくれないかな。ちょっと電話がしたくって」
「……なんで俺に?」
「暇そうだったから」

 にっこりと微笑んでやれば、ルルーシュが微妙に引きつるのが分かった。嘗て自分を売った人間と共にいるのが嫌なのか、それともスザクの物言いに不快になったのか。人の心を推し量るのが苦手な彼には判別がつかない。

「俺は忙しい。弟も待ってるしな」
「ふぅん、弟」
「……何だ」
「大切?」
「ああ。大切な弟だ」

 訝しげに眉をひそめる彼は摩り替わった妹の存在を覚えていないのだろうか。もし全てを思い出したなら、彼はロロを許さない。それは七年前の彼らを良く知るスザクが一番理解していた。
 ――ここでナナリーのことを仄めかしたらどうなるだろうか。
 妹のこととなると人格さえ変わる節のある彼だ、平静を装うことなどできないだろう。しかしルルーシュもそのことは自覚しているはず。彼自身も覚悟しているだろうそのキーワードはここぞという時に残しておくべきだった。

「駄目かな。今日の歓迎会のお礼もしたいんだけど」
「主催者は会長だが?」
「君は副会長だろ? さすがに女性と二人きりで屋上に行く勇気はないし」

 そう言ってやれば彼に断る理由はなく。ダンスを終えた学園には既に夜の帳が落ち、女性を誘うには聊か非常識な時間帯となっていた。
 結局ルルーシュの方が折れることとなり、二人で階段を登る。隣は嫌だが後ろを歩くのも嫌。しかし案内される側が前を歩くわけにもいかず、微妙に間を開けた横にスザクは立ち位置を定めた。

「すごいねこの学園。歓迎のためにこんな騒ぎしてくれるなんて思わなかった」
「凄いんじゃない、酷いんだ。これからも会長に巻き込まれるだろうから、覚悟しておけよ」
「へえ、例えば?」
「生徒会のアルバムにある。マラソンダンスだとか失恋コンテストだとか」

 白々しい会話。スザクの意識がそうさせるのだろうか。少なくとも彼に談笑するつもりはなく、ただ探るように言葉を重ねる。

「猫関係のお祭りはなかったの?」
「ん? なんでだ?」
「猫が好きなんだ」

 覚えはないなと首をかしげるルルーシュに、スザクは目を細める。
 アーサーの歓迎会と称して開催された猫祭りの記憶は彼にはないだろう。スザクとカレンも参加していたのだから、写真も残っているはずがない。ここで口を滑らせてくれれば楽なのだが。

「まあ、そのうちにそんなパーティーも開かれるかもしれないな」
「あはは、楽しみにしておくよ。……本当、この学園に入ってよかったな」

 そうして会話を続けているうちに階段を登りきり、屋上に出た。肌寒い風がスザクの笑い声を冷やしていく。

「昔はね」

 瞬く星にスザクは目を向ける。租界の人工的な明るさに負けた日本の空。

「星空を見上げていれば、僕たちは時が過ぎるのも忘れることが出来た」
「……電話、するんだろう。俺はもう――」
「でも、そんなことはなかった。気づかなかっただけで実際には残酷なくらい時を隔てていて、でもね」
「…………あのな、」
「見えなくなっただけで、星空自体は変わっていないんだよね」

 綺麗とはとてもではないが言いがたい星空は、最早あの時の輝きを取り戻すことはないだろう。田舎の枢木神社で育ったスザクにはその違いが尚更に感じられた。
 名誉ブリタニア人として戦いに身を投じることに精一杯だった間、空を眺めている余裕はなかった。本物の星空が消えたことに気づいたのはユーフェミアとの出会い。彼女によって心の余裕が出来て初めてスザクは空に目を向けたのだ。
 光を失った空は、まるで日本を象徴しているようで。それでも地上さえ輝いていればスザクは満足だった。
 そしてそれを壊したのが、彼。

「ゲットーに行けば星空は見れるんじゃないか? 電気が通っていない場所も多いだろう」
「星空が変わっていないと同じで、僕たちも変わってなんかないって、信じてた」

 今にもこの場から去っていきそうな彼を言葉で繋ぎとめるために、ルルーシュを無視して彼は続けた。この場に連れ出した理由である電話がしたいなど、勿論口実だった。
 不愉快そうに歪められた表情には気づかない振りをする。だってもう、心では繋ぎとめられないし、そんなもので留めるつもりもない。
 諦めて会話に付き合うことにしたらしい彼にスザクは笑みを作る。本物の笑顔なんて、もうどこにもなかった。

「ってことは、違ったのか」
「うん。認識がね、間違っていた――最初から、友達なんかじゃなかったんだよ」

 スザクの言葉にピクリと肩を揺らすルルーシュは、その記憶が消える最後までスザクを友人と呼んだ。皇帝に売りつける友人に絶望して悲鳴を上げて! 嗚呼、最初に裏切られたのはスザクのほうだったというのに!
 手を握り締めるスザクに対してルルーシュは呆れたため息を溢す。突然意味不明なことを語られて辟易している。そんなポーズだ。

「それを俺に話してどうする?」
「別に?」 「なんだそれは」
「ただ、そうだね、君がその人に似てたからかも」

 似ているどころか本人自身。しかし、記憶をなくした彼は本当に本人と言えるのだろうか?
 ブリタニアへの憎しみもなく、ナナリーへの愛もなく。ただ日々を漫然といきる彼はルルーシュという名に相応しくない。
 そして彼は困ったように笑い、緩やかに首を振る。

「笑えない冗談だな。今の話からするに、余り良い人間ではなかったんだろう?」
「そうだね。思えば出会ったときからすれ違ってたんだ。僕の居場所を奪って我が物顔で居座る最低な人間だって思って、僕は殴りかかった」
「……それは随分乱暴なことだな」

 我が物顔で居座ったのではなく、追い込まれただけだったのだということは後々にではあったが理解した。だがそこがスザクの居場所であったことに彼は怒りを禁じえなかったのだ。
 彼はスザクの居場所を奪う、それがスザクにとっての全てだった。そしてスザクは彼を許さない。
 興味なさげに瞬きをするルルーシュを横目で見やり、スザクは唇をつりあげる。
 ――奪っているように見えて、そこはルルーシュの居場所には成り代わってなどいなかった。
 追い立てられて、逃げて、隠れて。居場所を作り上げるために手にしたゼロという存在すら死んで。
 この学園だって偽りなのだ。飼う者が日本からブリタニアに変わっただけで、結局ルルーシュは何も奪うことが出来ず、何も手に入れることが出来ない。
 嘗てだって彼の妹が庇わなければ、おそらく二人は親友と呼び合う関係になどならなかったのだ。なんてちっぽけな人間。
 一人では何も出来ないルルーシュの傍に、最早ナナリーはいない。
 親友になるつもりも、ない。

「全く……ナイト・オブ・ラウンズは暇なのか。そもそも学校に通う余裕があるのか? しかもこんな東の端の国に」
「学校に通ってください、って言ってくれた人がいたからね」
「なんだそれは。律儀に叶える必要があるのか?」
「あはは、遺言だったんだよ? ……友達だと思ってた人に、殺された、彼女の」

 意志を無理やり捻じ曲げられた彼女であったけれど、死の間際のそれは本物だったと思う。一年も時を隔ててしまったが、やっとスザクは応えることが出来るのだ。
   ――ユーフェミアの真意は“普通の少年として学園生活を楽しんで欲しい”というところにあっただろう。しかし、言葉を額面通りにしか受け取れないスザクはその願いに気づかない。寧ろ彼女の遺志に反することをしているというのに。
 哀しみと憎しみに目を捉われて何も見えないスザクは、暗い星空の中でルルーシュへ手を差し伸べる。その表情はよく見えないが、微かに強張っているのが分かった。

「初めまして、ルルーシュ・ランペルージ」

 今度は殴り掛かったりはしない。
 また友達ごっこを始めるつもりはないのだから。



(友達って、なんだろうね)










5話が、こわい

20080430








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