行方知れずの勝負の先に



 思った通りの人間ともいえようか――。盤上のキングを長い指で持ち上げ、シュナイゼルは笑った。
 チェスの腕前は互角。戦略のレベルが等しいならば、残る勝敗を決するのは各々の性格だ。
 そもそも彼のキングの動かし方は反則だった。イリーガルムーブ。それを指摘することさえ忘却するほどにゼロという男は負けず嫌いなのだろう。戦略に富んだ人間かと思ったが、イレギュラーに遭遇すれば戦術に囚われる人間だ。
 嫌いなタイプではない。しかし。
 カツンとそのキングの前に立ちふさがるポーンを軽く打ち払う。プライドのために見捨てられた歩兵は為す術もなく倒れ伏す。

(キングを打ち取る機会さえ、与えられたというのにね)

 使い勝手の悪い駒ではあるが、盤上に最も多く存在するのは彼らなのだ。そして、敵の布陣の最奥にまでたどり着ければ大物になれる可能性さえ秘めている。そう、それは例えば、ナンバーズでありながらナイトへと成った彼のように。
 敵陣の捕虜となる歩兵。再び向かい合ったキングとキング。もしかしたらクイーンにだって成れたかもしれない歩兵は、敵の手からその対決を見守っている。
 ゼロの側近らしきあの赤い彼女は王のそういった部分に気づいているのだろうか。ああ、しかし。ふ、と笑ってシュナイゼルはその考えを打ち消した。歩兵と違いナイトはどこまで行ってもナイトでしかあり得ない。ブラックレベリオンを潜り抜けて尚ゼロの傍に控えるということは、つまりそういうことなのだろう。

  「殿下、そろそろ」

 錯乱状態のニーナは疾うに別室へと連れて行かれた。頭脳明晰ではあるところは評価できるが、情緒面に不安が残る。遠くない将来に彼女は世界に名を残す実験を成し遂げるだろうに、このままではそれ以外の周囲の変化に追いつけずに押し潰されてしまうだろう。
 そんな思いをおくびにも出す素振りもせずに、シュナイゼルはカノンに苦笑して見せる。

「うーん、残念だ。久々の強敵だったのに」
「殿下……お戯れもほどほどになさってくださいね。普通だったら負けてましたよ」
「ははは」

 ゼロの仮面とスザクの身柄をかけた勝負。非公式ではあれ、そのような状況下でふざけた真似をしたシュナイゼルは確かに非常識だったといえる。
 しかし、そう。戦略と、戦術の差。民衆の支持を失いつつある宦官と違い、立場としては単なるテロリストとはいえ絶大なる支持を得ているゼロの行動様式を把握することの利は大きい。……とは後付けの理由であって、本当は結構楽しんでいたのだが。
 皇帝だったら、そう指摘された時の彼は、間違いなく動揺していた。ブリタニアに反旗を翻し皇族を狙う彼の最終目的は皇帝だろう。だが皇帝を討つには足りないものが多くある。焦燥のままに後退した王は、未だあの皇帝には届かない。
 だが、とシュナイゼルは唇の端を自嘲するように持ち上げる。あの皇帝は相手の反応を見るためにわが身を差し出すような真似もしないだろう。

「カノン、もし皇帝があの局面に対峙したら、どうしたかな?」
 スリーフォールド・レピティション。着実に領土を増やしつつあるブリタニアが、引き分けなどという結果に甘んじることがあるだろうか。
 皇帝の思考の推測という下手なことを言えば皇族批判ともなりかねない質問に、変わり者の側近は少し困ったような顔をしつつもおどける様に笑った。

「さあ? 皇帝でしたら、一気に二マス進んでキングを打ち取られるのではないでしょうか?」
「それは反則だろう?」
「人のことは言えないでしょう、殿下」

 片づけを任せてシュナイゼルは立ちあがる。白けた場にこれ以上いることもないし、出席することで義理はすでに果たしただろう。後は明日の式典を無事に終了させさえすればいい。
 中華連邦。ここには絶対に何かがあるのだろう。世界各地に散らばる遺跡と謎の力。それはおそらく、ルールを無視してでもキングを二マスも三マスも進ませることが可能になるような。
 既に去った誇り高い黒の王の裡を思いながら彼は笑う。
 さて、次の勝負はどうなるだろうか。




(ゲームはまだ終わっていないよ)










シュナイゼルは、皇帝とは違うやり方をする人間。
ルルーシュは、皇帝のやり方が出来ない人間。
みたいな形が浮き彫りになったかなあ、とか。

20080625








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