誰もいない。
 彼がそこにいるのだと、ここにいるのは彼であると。
 見知った人は、誰も。




零れ落ちて零になり




「おい、CC。おい?」

 何かに脅えているかのような少女。確かについ先ほどまでCCであったはずの彼女は、その傍若無人さから一変させた態度でルルーシュを見つめていた。料理? そんなことをする女じゃないだろう。死体の処理? なんだそれは。
 言わずもがな、ご主人さまとは仕える立場の者が言う言葉だ。そして彼女の生まれはおそらく奴隷、か。
 ではまさか記憶が? 魔女としての彼女の能力がどうなったかは知れないが、ギアスと関わりを持つ以前までに退行してしまったとでも言うのだろうか。

「何も、覚えて、ないのか?」
「え? あの? で、でも出来る限りお役にたちますから」

 かみ合わない会話。怯えている対象は――ルルーシュ。そのことに気づき彼は愕然とした。
 どうして? 彼女だけは、と。そう思っていたというのに。(彼女が死を願い続けていたのだということも知らず!)

「あ、あの。ご主人さま?」
「ご主人さまは止めろ。俺は――」

 俺は?
 ルルーシュ・ランペルージであり、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであり、而してゼロだった。ではルルーシュ自身を定義する名前は一体何だ。それら全てにして、しかし正しくもなく。彼が彼であると知っていた彼女は最早どこにも居らず、そして彼は自身の名乗る名を持たず。
 どちらにせよ今後学園に戻る必要もなく、黒の騎士団を拠点として活動するならば事情を把握できないだろうCCに説明するのは難しいだろう。教育はほとんど受けていないようであるし。
 ここに最早ルルーシュという名の人間はいない。
 そこにあるのはただ無を意味する記号を持つ男。

「ゼロ様、ですね。よろしくお願いします」
「様はいらない。お前の、名は?」
「様は……え、いらないって、そんな。ではどうお呼びすれば」
「ゼロ、で呼び捨てて構わない。それで、お前の名は」

 戸惑った風の彼女がおどおどと答える。余りに挙動不審なため訝しんで問うと、今まで名など気にされなかったと彼女は言った。
 想像通りではあったがその名は知ったものだった。大切にしまいこんでいたのだろう本当の彼女。それはCCという存在を否定するためのものだったのだろうか。嘗てあの洞窟で名を呼ばれた時の彼女は憧憬に胸を震わせ、束の間CCという厭ましい人生(そう、人生だ、彼女がなんと言おうとも)を定義する名を捨てていて。
 嗚呼、ここにCCという記号の名の女はいない。
 そこにあるのはただ一人の×××という素顔を持つ人間。

「……孤独、か。俺は、独りになるのか」

 王の力は。気の遠くなるくらいの過去に王の力を手にした彼女は、その通り孤独となり果てたのだろう。
 辛かったのだろう。苦しかったのだろう。信頼していた人に裏切られ、一人永遠の刻を彷徨い。ギアスによって狂わされた全てが無に帰した彼女は、同時にルルーシュという記憶までをもゼロにして。
 捕らわれたカレン。いなくなったシャーリー。ロロやスザク、ヴィレッタは彼の事情を知ってはいるが、彼らに心は許せない。
 ゼロという仮面の下に一人の人間がいるということを誰も知らない。彼の想いも何もかも、全てをゼロにしてルルーシュは世界に立ち向かわなければならない。
 彼女はルルーシュの理解者だった。そう信じていた彼女がいなくなったら、どうすればいい。(理解されていたのはルルーシュだけで、結局彼女の理解など一つもしていなかったのだ!)
 何が共犯者だ。共犯でもなんでもない。CCはルルーシュを騙し、ルルーシュはCCを殺す。共に犯罪者ではあれども共に犯行を起こす関係ではなく。

「だ、大丈夫ですよ。私がいますから」

 彼女の媚びた笑顔に彼の胸が痛む。逃げようなんて考えてませんから。そう表情が告げている。逃げようと思っているから、わざわざそう言うのだ。
 世界は嘘ばかりだ。ユーフェミアを狂わせてしまった後、彼女は一体何を言った? 何を思っていた? 傍にいると抱きしめながら、自分の死期が近づいたことに歓喜したのだろうか。

「なあ、×××」
「は、はい。なんでしょう」
「お前、死にたいか?」
「死に……えっ?」
「生きたいか?」
「……え、ええ。勿論です」

 戸惑いつつではあるものの明瞭な返答に彼はほっと息をついた。そうだ、それでも、彼女は生きている。
 死ぬことが願いだと言った彼女を様々な言葉で否定した。それはCCのためではなくルルーシュ自身のためだった。失いたくなかった、これ以上、何も。失いたくないと思うほどに彼女を大切に思っていた。
 永遠を知らない彼は彼女の苦しみなど想像もできない。終焉を熱望するCCのことなど考えたくもない。

「契約しよう、×××。俺の願いを叶えろ。代わりにお前の願いを叶えるから」
「願い……?」
「ああ」

 ――そろそろロロが来るだろう。遠くから聞こえた足音に、彼は×××の手を引こうとして、やめた。触れられることに慣れていないのか伸ばした手を見る瞳に拒絶の色が見えた。こういうのはゆっくりでいいのだろう、多分。
 彼女の本当の望みはルルーシュだけが知っている。ギアスの力を暴走させてしまうほどに愛されることを望んだ彼女。それほどまでに愛されることを知らなかった彼女。
 おっかなびっくりといった態の×××に苦笑して、ルルーシュは毅然と背筋を伸ばす。
 愛していこう。今はまだ優しくない世界で、ずっと。



(だから、生きろ。死ぬな。俺の――)










ルル「お前は記憶喪失なんだ!」
CC「では私とあなたはどういった関係だったのですか」
ルル「えっ……」
みたいな展開でも萌える。

20080721








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