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永遠の太陽、不滅の月4




イオリはもう一度、世界を創った。
キョウの遺したジャガーは神の仲間ではない。したがって神の世界では生きていけないので、人間達が生きるような世界を必要とする。
自分達を祀る存在がなくてはやがては神も消滅してしまう逆説的な仕組みになっていて、それゆえに新しい世界と人間は是非ともなくてはならないのだ。
他の神に役目を譲る気はイオリにはなかった。
イオリを祀る神殿で、ジャガーの毛皮を撫でながら、彼はキョウの髪の感触を想像する。
獰猛な獣は時として姿を消し、そのたびに口に血をつけて帰ってくる。
キョウ同様に、罪を裁きにいっているのだろうか。
だが、イオリにはよくなついていて噛みつくそぶりは見せないし、神官らには不快そうにしながらもおとなしく従う。おかしな獣であった。
寝台の下で、冷たい石に心地よさそうに目を瞑るジャガーの腹をイオリがさすると、長い尾がゆうらり揺れる。
儀式の時間を知らせる者が来るまでに、獣は眠ってしまっていた。
イオリはこの神殿だけでなく、各地の神殿にも足を運ぶ。ジャガーは寝息をたてているので、連れずにひとりで発つことにした。
今回は珍しく徒歩で旅し、小さくキョウを祀っている神殿に寄り道するつもりである。
人々が造ってくれた身体を覆う羽飾りの衣装を、わずかの風が追いこしていく。
その神殿は、以前の世界にあったキョウの神殿跡を土台に、イオリが建てたものであった。キョウの別名イツトリにふさわしく黒曜石のナイフを祭壇の中央に配置し、彼の武器である槍と投槍器、さらに伏せた鏡の盾も置いた。
そして、イオリは神殿を訪れるたびに、ひとり儀式を行う。
キョウは生と死を司り、常に生贄を求める神だ。
彼の復活には生贄が欠かせない。
だが、なぜかイオリは歳月を重ねるごとに生贄に対する嫌悪感が増し、キョウに対してもそれを捧げたことはない。
キョウの神殿にくるごとに、生贄を捧げるべきか迷う。
「キョウも、こんな思いをしたのだろうか…?」
自閉したイオリに生気を与え続けたキョウも、半身を無理にもぎとられたような空虚感に苛まれたのか。
やりきれなさに、唇や指を噛み、あるいは壁に身体をうちつけて。
この世界の神になってから、そういえばイオリは眉間に皺をつくることはあっても、笑ったことがないなと思った。
北向きの狭い神殿に入って、みずから生贄の祭壇に寝転び、黒曜石のナイフを取った。
ナイフをゆっくりと自分の胸に刺し、心臓へとあてる。
刃が、生命の躍動を切り裂かんばかりに押し当てられた。
だが、ナイフに血が捧げられることはなく、イオリの心臓を撫でただけで抜かれ、また元の位置に戻される。
その黒いナイフにかすかに唇を寄せたところで、イオリの神殿に置いてきたはずのジャガーが足音もなく近寄ってきていることに気づいた。
どうやってここへきた、などという不粋な疑問は挟まない。
祭壇に横たわるイオリの顔をのぞきこんだジャガーは、頭から呑もうとしてか大きく口を開けた。赤い舌と喉奥が、イオリの視界に広がる。
「………」
誘われるようにジャガーの頭部を抱きこみ、柔らかい喉によく似合う黒いナイフの刃をあて、引いた。爪を隠した獰猛な獣は、イオリのなすがままに。
赤い血は流れない。
キョウの遣わした獣だ、そんな予感はイオリにもあった。
およそ一頭のジャガーのものとは思えない、精錬された大量の生気がナイフ越しに感じられた。
が、生気は損なわれることなく、喉を裂かれてなお猛獣もイオリの手を舐めた。
唐突にジャガーの気配が変化する。
「だいぶ、待たせちまったようだな、イオリ」
「キョウ?」
斑紋が、黒い毛皮に埋もれる———黒いジャガー。
戦士の神キョウの好む獣。
後ろ足がびっこをひいている。
薄い燐光を放つ瞳が、磨いた黒曜石の鏡へとまた変わり、イオリの見慣れた美しく雄々しい姿になる。長年会えなかった兄は、記憶しているよりも優しい笑みをみせていた。
神殿に風がふきこむ。
感情の昂ったイオリが、無意識に呼んだのだ。
それはいつかのような暴風ではなく、水鳥の羽ばたきにあおられるように。
思い出して、キョウは苦笑する。
「風は勘弁してくれよ。まだ本調子じゃなくてさ」
イオリが生贄を嫌う分、血に飢えたジャガーが何者かを殺していた。
ジャガーは何をしていたのかと、改めて問う。
「あれは俺の下僕なのはわかるだろ。
この世界にも少数だが俺を祀る者はいるから、生贄をジャガーに殺させてた」
「…きいたこともないな。この世界のことなら俺の耳に入っていてもいいはずなのに」
「ジャガーの住処に近い岩場とかで生贄だけ置いてくるからさ」
それならきいたことがある、とイオリは頷いた。
儀式の際に生贄を必要とする神は他にもいたが、キョウへ生贄を贈るときはジャガーの住処近辺がその場所となるという。キョウとジャガーとを結びつけてのことだろうと考えていたが、キョウの復活のためにそうさせていたとは初耳だ。
彼らの澄んだ生気をそっくり受けて、いまイオリの眼前にキョウは立っている。
では自分がいままで悩んできたのは無駄だったのかと思うと、急に腹立たしくなり、背を向けて神殿の出口へ向かおうとした。
「待てよ!」
キョウが素早く腕を掴み、ゆるく引き止めた。
力がこめられているわけでもないのに振り切ることができず、イオリはキョウを見ずに請うた。
「離せ」
「離さない」
「離せ」
「きかねえよ」
いったい幾年会えなかったと思っているのだと、指の股をくすぐる。
「それなのにここでまた別れるなんてのは嫌だね。
なんで逃げるんだ? おまえは違うっていうのか。」
心の内などお見通しだというようにキョウは冷静な声で言う。
それもそのはず、風は優しくキョウへ吹き続けているのだから。
兄には隠し事ができないことを知っても、まだイオリは沈黙を保つ。
「いまは…俺はここにいるし、イオリもいる。
それ以外のことが気になるっていうんなら、いつかのように夜を呼ぼうか」
言われて、もう何百年と昔のことをつい昨日のように思い出し、イオリは我知らずキョウをみつめた。
視線の先には、いつ手にしたのか黒曜石のナイフ。
先刻イオリがしたのと同じ場所に、たしかに口づけて彼を見返す黒い瞳。
魔法をかけられたように、すべてを見透かすような強い光を持つ瞳から、目を離すことは不可能になった。
「でもやっぱり綺麗に輝いてるおまえを見てるのもいいな」
「綺麗なのは…おまえのほうだ。俺は、醜い」
「俺に同じことを2度言わせるなよ。あのときなんて言ったか、忘れたのか?」
ナイフの切っ先が軌道を描き、イオリの目線がそれを追う。
示されたのは、生贄の寝台。
軽く背を押す手に従順に、イオリは寝台の傍らに立った。
イオリの好きな笑みと、不似合いに真剣な光を瞳に携え、キョウは導くようにイオリを押し倒していく。
「願いを叶えると、約束したっけな」
死んだはずのジャガーは消えていた。
不思議なことではない、ジャガーでもあった者は、こうしてイオリにのしかかって前足をかけているではないか。
「俺のナイフに誓って。
俺とイオリとで世界の太陽となる」
キョウの輝きが増した。もうイオリと同等の力を取り戻したかのような、溢れる波動で力強く地位を宣言する。
迷いをうち捨てて、イオリも応えた。
「太陽に誓って…」
風がそよぎ行く。
羽飾りの服だけは丁寧に扱われ、あとは力任せに引き開けられる。
イオリは恐々と自分の肌に手をのばし、肩を胸を腹を、自分で撫でていく。次第に大胆に、確実な動作になっていった。
合間を縫って、キョウも脇腹や腕の腹をくすぐり、黒曜石のピアスを嚼んだ耳を舐めていく。
イオリの息が上がるのは早く、キョウも同様だった。
「俺達は…兄弟でありながらなんて遠いところにいるんだろう…」
「馬鹿をいうな。キョウほど近しい存在を、俺はもたない」
「これからも?」
「今以上に近い存在になりたい…はやく」
「俺も」
指が過去を思い出させようと、イオリの腿の狭間へとあてられた。
指が奥へと侵入する気配に自然と警戒する身体と裏腹に、腰がうねる。破瓜の痛みより、キョウの指がイオリの内側に存る感覚を追って、腿が大きく開きだす。
ねだるかわりに、イオリはキョウの背中に腕をまわした。感触が、キョウも素肌になっていることを教えてくれた。
早々に引き上げた指の代わりに、脈動する堅いモノがあてられる。
イオリが乾いた唇を無意識に舐めると、キョウも誘われて同じ場所を何度も舐めまわした。
吐き出した互いの息が、火傷しそうに熱い。
キョウは自分をイオリにねじこみ、一気に貫いて、吐息した。
イオリは頭が空白になりかけていたところで、キョウの片足が義足であることを思い出す。
「キョウ…」
「ん?」
「起き上がりたい」
寝台に片肘をつく。
意外そうな顔をするキョウの顔は滅多に見られるものではなく、イオリは思わず唇の端をあげて笑った。
横転して、今度はイオリがキョウを見下ろすことになる。
キョウはその体勢が気に入ったようだった。
「うん、これもいいな。身体中、好きなときに触れる」
そう言うと、背中を撫で回してから、キョウを受け入れている部分からわずか数ミリ地点まで滑り落ちる。
背筋に走る感覚に身悶えたイオリは、内部の存在を締めつけて、かすれた喘ぎを漏らした。
キョウもきつさに眉をひそめながら、その感覚に喘ぐ。
イオリがゆっくりと動き出した。
体内のキョウを刺激する動作は次第に速くなり、より奥へと導くと、目眩するような感覚がイオリを駆け抜けていく。
二人が同時に存在できなかった空白を埋めようと、手始めに感覚から満ちてゆくのだ。
「あ、キョ、ウ…ッ!」
もうその名前しか零れない。目に映るのは黒髪と黒い瞳と、笑み。
濡れた声を上げながら身体を揺らすイオリを、キョウも下から突き上げる。
そうして段々と溶けこんでゆく。
相反する存在が同調していられるのは、ほんのひととき。満ち足りることができる時間を少しでも貪ろうと、キョウは奥へ突き入ることで、イオリは締めつけることで延ばしながら。
「ウアッ、ア!」
一際大きな声をあげて屑折れ、その後は翻弄される感覚に身を委ねて起き上がれない。
新しい世界で、二人で太陽になろう。
時々でいいから、ひとつになろう。
意識が薄れていきながらも、二人はそのことを願い、誓った。
キョウというもうひとつの太陽が輝き出した世界は、脆く崩れた。もとより二つの太陽に耐えるだけの強度がなく、山は押しつぶされ、十重二十重に断層が走り、川は逆流していく。
人々のうち、無事だった者はキョウとイオリによって新しい世界で新しい生活を築くことになった。





何度目の創世だろう。
新しい世界は、キョウとイオリ、二人の手で創造された。
キョウが昼の太陽、イオリが夜の月となり、交互に世界を照らすことができる。
夜風を支配するキョウが月となるべきだったのだが、このとき二人の力は釣り合いがとれておらず、キョウから感じられる生気の躍動感は太陽として相応しかったのだ。
昼と夜とが忙しくめぐるこの世界では、どうしても二人が会える時間が少ない。
そこで新月の日が設けられた。
闇ばかりとなる時、この世のものでない生き物が現れるという。あるいは耳をすますと喘ぎ声が。
最初は大地に近かい位置にあった月が、緩慢に太陽へ近づいていくのも、過去の世界を知る者によって噂されたものである。
いずれにせよ、この世界に太陽と月が空にあるのは確かな事実だ。
新しい世界で、二人で太陽になろう。
その願い通りなのか誰にもわからないし、二人が幸福であるかもまたわからない。
しかし世界は、いままでのいずれのものより長く繁栄しているといえる…かもしれない。
なぜならこれは神話、神の物語なのだから。


WRITTEN BY 姉崎桂馬
無駄に長い小説を読んで下さりありがとうございました。神話という考え方をご存じない方にはわけわからなかったと思います。
アステカ神話は参考にした本によってかなり物語が違うらしく、私はほとんどをうたたねチャーリー様のデータベースに頼りました(^^;)
キャラクターの性格も言動も本来のものとはかけ離れすぎてしまってると自覚してます…とほほ。






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