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Heat Your Heart



日も沈みかけた土手で。
ふたつのシルエットが、いつものように対立していた。
口ではケチをつけながらも、彼はいつも拒まない。
だから庵は、彼なりのひねくれた優しさに、つけこんでいる。
背中を預けるような親友でいたいわけではないし。
睦言を囁きあわなければ不安になるような恋人を望むでもない。
この感情をたとえるなら、波打ち際で立ち上がり陸を飲みこむ津波とでもいうのか。



「京…殺す」
「返り討ちにしてやるよ」
学ランファイターが、日輪紋を背負って、拳を握った。
彼自身が太陽であるかのような錯覚さえおぼえる、巨大な存在感。
ぎらついた黒い瞳に凝視されて、庵の背筋にかすかな震えが走る。
頚椎から腰椎に抜けて、下腹を刺激され、ソコがアツイという感覚に、こくりと唾を嚥下する。
心拍数と血圧が適正になるまで待ち、先に庵が仕掛けた。
京の間合いの外から青紫の炎を一旋、これが避けられるのは計算済み。
後ろへは跳ばず、そのまま間合いを詰めて直接攻撃に訴えてくるのも。
庵が一瞬で予想した通り、京は身体を右に振って炎をかわした上で、懐に飛び込んでくる。
接近戦になれば、炎を喚ぶタイミングがはかりにくくなるから、これは京にとってもデメリットのある戦術だが、考えずとも身体が闘い方を知っているのが、草薙京という男。常に身体が動くまま、空気に押し出されるままに、躊躇なく滑らかに大胆に…
「おらァ!」
軽く二発、胸部と頭部を狙って放たれたが、庵はあっけなくガードしてしまう。
そのまま、ガードの両腕を組み固め、京の頭部を横薙ぎに!
音を聞くまでもなく、学ランとボタンを掠める感触で、空振りを知る。
京は野性的な勘でもって、うまく上体を後ろに反らしていた。
見た目よりも身体が柔らかいから、やる気になればブリッジから逆立ちに移行するのだって簡単な二人の事、もちろん体勢を立て直すのも素早い。
次の瞬間には、もう京は上体の筋肉をたわませ、踵を地面からわずかに浮き上がらせ、攻撃の体勢にあった。
そのまま大技に入ろうとした。右拳が庵を捕らえる寸前、庵が長身を沈める。
「うあっ!?」
空振った拳を庵にからめとられ、行き場を失った京の技が宙空で弾ける隙に、背後から固められてしまう京。
ぎちい、という擬音も聞こえそうなほど、強く羽交い締める。
京の鼓動に重なるように自分の胸を押し当てると、さらに音が高くなったような。
互いの熱をわかちあうに十分な距離に、庵は笑いを刻む。
「くく。どうした、京…。こんなざまで、誰を返り打ちにするというんだ?」
「バーカ。いままでのはウォーミングアップだ。
おまえこそ、闘いの途中でゆっくりおしゃべりしてたこと、後悔しろよ!」
京の左足が、勢いをつけて、背後にある庵の左臑を蹴り飛ばす。
京の予備動作に、蹴りがくる、と思ったまではいいが、軸足から体重を移動して素早く動けるようになるまで、僅かな時間差がある。これはいかに格闘を極めても逃れられない宿命で、だからこそその一連の動作にかかる時間を詰めることが、ファイターの課題だ。
おまけに臑は急所のひとつで、スニーカーの踵がはいった瞬間、バランスが崩れた。
がく、と庵の身体が揺れる前に、さらに長い足が内側からすくいあげられてしまい、足一本で京にしがみつくような体勢になる。
このまま腹に致命傷をくらうよりは…と、バランスを失ってでも離れようとしたが、今度は京が庵の両腕を脇下にくわえこみ、しかもそのまま、後ろへと体重をかけてきた。
どさ…。
ドミノ倒しのように二人とも背中から地面へと落ちる。
青草の、フィトンチッドの香り。庵の放った炎が中途半端に焼いた、焦げた異臭。
自分の体重が背中を圧迫し、次に京の体重が胸と腹を押しつぶす。
ここがアスファルトでなくてよかった、などとサンドイッチされた庵は安堵しながらも、彼をクッションがわりにした男に腹が立つ。
「さっさとどけ!」
「ほら、俺の勝ちだろ?」
京は全身に体重をかけて庵を押さえつけながら、器用に身体を裏返して、顔と顔を密着させた。
戦闘中にもまして押しつけられてくる、京の熱。京の息。汗と体臭の混じった匂い。京の…
自分の顔が熱くなるのを自覚しながらも、庵にいえたのはあの言葉だけだった。
「京…殺す」
「この状況から形勢逆転しようって? いくらおまえでも無理じゃない?」
抵抗を諦めさせるように、ますます強く押してくる京。
動くと自分のジップと京のジップが擦れ合う音がして、それが奇妙に生々しい。
そういえば、さっき京が身体を反転させたとき、一方が庵の利き手を、一方が左の太股を、蹴りを押さえるために両足で右足を封じ込まれている。ということは…。
やっと気づいて、左手で京の喉に手をかけた。
密着しすぎて、リーチのある庵にはつらいが、そうも言っていられない。
それに片手の握力で喉をつぶすのは不可能でも、京が苦しんで離れてくれさえすればいい。
「…ぐ…っ」
「京…殺す…」
庵の頭の隣に京の頭があるので、宿敵の苦悶の表情は見えなかった。
が、荒くなる息が耳朶をかすめていき、身震いしてしまう。
こぼれる熱い息。すくむ肩。柔らかさを失いつつある、ソコ。
気づかれた!
この距離で、常ならぬ庵の状態に京が気づかないはずがない。
炎を仕掛けてでも離れておくんだった…と後悔する。
「…い…お…り…?」
耳に吹き込まれるように名前を呼ばれて、京にかけていた手の力が失われた。
開放された京が、けほ、と咳で調子を整えてから、また耳元にささやく。
「感じやすいのか、庵」
「京…っ、殺、す…」
「さっきからその台詞しか言ってないじゃん」
「絶対、殺すからな…!」
「お好きにどーぞ」
とうとう京が呆れて言った言葉に、庵の内部で歯車がうまくかんだように、すんなり行動が促された。
隣にあった京の頭をひっつかみ。
自分のほうへ向けると、唇を合わせ。
何が起こってるのか京に理解させる暇を与えず、舌を差し入れて。
深く味わうディープキス。
ようやく離して、最初に話しかける言葉はやっぱり同じで、でも温度がずっと高かった。
「京…殺す」
呆然と受け入れ、されるがままだった京は、組み敷いた相手が自分の反応を待っていることに気づく。
「庵、おまえって…ほんとに有言実行だよな。
でも俺も、返り討ちにするって、言ったぜ…?」
庵の右手を封じていた手が、赤い髪を梳き、そのまま頭を抱え込み、唇が寄せられた。
京の舌は抵抗なく受け入れられ、庵の口内で猥褻な音をたてはじめる。
「…ぅん……んん…」
時々漏れる甘い声は、京がはじめて知る庵のもの。
庵の両手が京の背にまわされ、ゆっくり撫で回していく。日輪の刺繍を確かめるように触る。
もっと欲しくなっていく。止めようとも思わなくなる。
太股をおさえていた京の手も庵の内股を辿りだし、それもいいか、と庵が力を抜いた矢先に。
「あー。きすしてるー」
遠くから子供の声がして、反射的に飛び起きた。
舌を噛んでしまったのは、二人ともかなり慌てていたせい。
「ってぇ…。おい、クソガキー! こんな時間まで遊んでンじゃねー!」
まだ幼稚園児らしい子供は、京に怒鳴られると走って離れ、ばーか、と言い残して去っていった。
「あんのマセガキがぁ〜!
……邪魔入っちまったし、続きはまた今度…かな」
男同士のキスに顔をしかめるでもなく、子供に見られたことを反省するでもなく、堂々と「次」の約束などしているのが、いかにもこの男らしい。
立ち上がって埃を払い、服の乱れを直す庵の手を取って、指先に軽く口付けた。
欲情を匂わす掠れ声で、その男に答える。
「次こそ殺す」
「殺して。もっと殺して、庵。
俺もおまえを…」
「貴様の気持ちなんか関係ない…殺すとは、そういうことだ」
「それって、すっげー口説き文句」
くすくす笑って、じゃあそういうことにしておくか、と京が言った。
闇が降りて、互いの顔が見えないまま別れ、土手をあがる。
唇に、口付けられた指をあてると、京がそうしているように思えて、また甘美な熱が集まり出す。
殺す。愛し殺す。
拳を交えるほど高まる、津波の感情。


...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
古織様の『MASCOT GAME』様に贈らせてもらいました。
初めての京庵小説。いまもこのイメージなのです。

モドル






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