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視姦罪




男を見る。
乏しい光量のなかで、鍛え上げた身体を賞味せんとする1対の瞳。
髪の先から爪先までとはよく言うが、草薙京は遠慮などという代物は宇宙の黒い穴に捨て去ってしまったに違いない男だ、若さと活力をたたえる深淵の瞳が、じろじろ、ぐるぐる、ぢりぢりと視姦していく。
よく発達した厚く固いくるぶしの骨。
カカトを支配する強健なアキレス腱。
割れた腹。皮膚の下から存在を主張する腰の骨。
節の目立つ大きな手の甲と弦を爪弾く指の肉付きは薄く、細長く映る。
対照的なほど厚い胸板の肉感。
首下の、肩へと続く盛り上がった筋肉の瘤。
赤い髪。
髪の下に隠れがちな切れ長の目は、刃物のような切れ味で、常に京をねめつけている……



「いつまでやれば気が済むんだ」
いつぶりかで庵が声を発した。
相変わらず獰猛な声だった。だが疲れを隠しきれず擦れていた。
事実、彼が声を出したのはおよそ1時間ぶりだった。
無言でいることも、見られることも、八神庵には苦痛ではなかったし、普段から慣れていた。
春冷えの午後。
草薙京を勝負にひきずりだそうと八神庵は彼の塒(ねぐら)に押し掛けた。
珍しいことではない。●クルトの配達人と似たようなものだ。健康にいいかはともかく。
この日、京はどういう風の吹き回しか、庵を観察させろと言い出した。
「俺は見てるだけ。空気だと思ってろよ。
おまえは普通にしてればいい」
「貴様が空気なら俺はとうに窒息してるわッ」
「通じねーヤツ…
じゃあ透明人間だ。それで納得しろよ、な?」
「ふざけるな。大体俺は貴様を倒しにきたのであって…」
「お前が俺につきあってくれなきゃ、俺もお前にはつきあえねーな」
バイクのキーをちゃらりと鳴らす控えめな脅迫。
強引に納得させられた庵と、本当に目で追いかけるだけの京の我慢比べが始まった。


なにせここは草薙京の部屋だ。
「普通に」といっても、庵にとってのそれは京の1DKにはない。そもそも敵の領域内でくつろぐ方が間違っていると喉奥で唸る。
部屋へ目を走らせた庵は空いている場所に寝転がった。彼のサイズでもやすやすと寝そべることができる熊の毛皮はもちろん偽物だが、本物より柔らかい感触で、肉食獣のものではなく京の匂いが染み付いていた。
鼻をつっこみ匂いを嗅ぐ。
犬かなにかを想起させる獣性の仕草に、京が反応する。
眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み、庵をひたと見据える。
京は行動に出た。
うつぶせになり、匍匐前進で這い寄り、視線を近づける。
距離は腕のリーチ分。手を伸ばせば髪も頬も触れ撫でくすぐり、目も喉も突き抉り絞め殺せる。なんて良い距離だ。
遊びは終わりかと言いかけ、やめた。
京は、触れてこなかった。
俎板に乗った材料を吟味する料理人のように、味を見るように、黒い瞳が全身を隅々まで嘗め上げる。
カーテンは一応閉まっているが上の窓まで覆われていない。
光源はその窓から差しこむ、わずかなものだ。
薄闇を切り裂く強い眼光はこのためか。
服の下で静かに拍動する赤い肉さえ見透かそうとし、そうと察した庵の喉仏が苦しい息とともに上下したことに気づいた。
低い声を紡ぐ庵の喉仏は発達しており、奇麗に筋張った首周りの筋肉とともに男性的な魅力を強調する。
顎のラインはやや尖り気味、乾いた唇を苛立たしげに噛む。
いつしか、会話どころか物音ひとつたてることにさえ慎重になっていたのだ。
毛皮の上に転がる庵も息を潜め、京から目を反らすことなく、静かに緊張を漲らせている。飛びかかる寸前の猛禽が、優雅に風を受けて隙をうかがっているのに似て。
京の目が、庵のそれを伺った。
庵は言葉を用いず、瞳に託し、あとは凝視し続けた。
長い沈黙。文字通りの睨み合い。
双方とも互いの目の奥にある感情をみつけながらも不動のまま。
絶対嫌がらせに違いない、こうなったら意地でも自分から動くまいと、庵は精神修養のつもりになっていた。
それでも目蓋1枚閉じることができない。全身は、京の視線の成分を要求し、理性にクーデターを企んでいる。
彼を見る京も同類の苦しみを抱えていた。
改めて目で堪能し、何時何処でどんな傷をつけたかを思い出した。
ならば次は手で足で唇で触れ、声を音を聞かせろと脳の奥まった部分が横暴に言い、焦らされる感覚にこめかみが痛む。
いつまで睨み合いは続くのか。
やめてしまいたいのに目が離せない。
視覚がもたらす悦に逆らおうとした時。
「いつまでやれば気が済むんだ」
いつぶりかで庵が声を発した。


少し擦れた獰猛な声は、京の欲に次々と火を着けた。
いや、放火だ。火種に油を注いで強風で煽ったのだ。
音立てて唾液を嚥下し、彼に這い寄る。
「まだ全部を見てない」
示した先は、男がひっかけている白砂色のシャツ。
たくさんのボタンがありながら1個しか掛けられていない薄弱さを京の指が嘲笑う。ボタンは彼の手管にあっさりと屈した。
横たわった彼の隣へ京ももぐりこみ、シャツを剥ぎ取って仰向けにした。
それには従うものの庵は表情を選択しきれず、結局苛立って眉を潜める。
「貴様、見るだけとか言ってなかったか」
「言ったけど、目だけで楽しむのは不公平だって俺の舌が言いやがるんだ。
だから今度は舌だけにしようか」
人の良さそうな笑み。京のそれは本心からなのか企みなのか判別しがたい。だが今回は両方と見るべきだ。
「見るだけ」でおよそ1時間、庵の心中は穏やかではなく、様々な思考、多様な感情が交錯していった。
これが「舌」になったらどうなるのか…さらにまた1時間耐えなくてはならないのだとしたら拷問ではないのか。
「ふざけるな」
「じゃあいっそ身体全体で」
「…透明人間がか」
「え、庵、透明人とがよかったのかー」
明らかに京にからかわれ、一言。
「死ね」
足を絡ませて逃走不可能にした上で、京の鳩尾が突かれた。炎がなかったこと、寝転がったままだったことで威力は大きくはないが、急所への一撃で京は脂汗を滲ませた。
「う、げ…」
「いつまでもふざけているつもりなら貴様に用はない」
無情にも京を蹴りどけて立ち上がる。
痛みを押し殺し、京も立ち上がる。
「じゃあ、本気の俺を見せてやるぜ。
…来いよ」
煮立てた鉄のような目。彼の瞳のなかに棲む彼も、同じ色を持っていた。
京が扉を開け、庵が続く。
春冷えの午後。
偽物の毛皮の上には、一枚のシャツが取り残された。



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
草薙京アングルで! 八神庵ビジョンもちょっと血反吐はけるんじゃないかと予想。

モドル






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