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ストリートファイト





新緑に彩られるこの季節。
あたたかい陽気も続いて、往来には人、人、人が絶えない。まして休日の昼間ともなると、あちこちに人だかりができて進みにくいことこのうえない。
この道を選んだのは、はっきりいって失敗だったな…
先を歩くのは京だから、道の選択権も彼にあったはずだが、この場所を休日に通ることは滅多になかったため(通ってもバイクだった)、この混雑を失念していたのだ。
背後には当然、八神庵。
雑踏にあっても180級の長身である二人は互いを見失うおそれなどなかったが、京が「はぐれるなよ」などと言ったせいか、ぴったり背中についてきている。その肩幅で、すいすいと人波をくぐり抜ける身ごなしは、魚のように自然だ。
例によって庵が京の前に現れたのが、昼飯時。
だったらメシを賭けよう、と言ったのは京。
京の予定では、さらに5分ほど歩いたストバス用の空地で勝って、この界隈にある定食屋で庵に奢ってもらうことになっている。彼が負ければ、庵におそらくステーキでも御馳走しなくてはならないだろうが、それは京のスケジュールにはない。そもそも財布に余裕がない。
「ったく、メシ時になるとどーして人間わいてくるかなあ」
「誰もが同じことを考えるからだろう、馬鹿め」
ひとりごとのつもりで言った言葉に、やはりひとりごとらしい音量で返されて、京は憮然としながらも聞き流した。
厭味のひとつも言いたかったのだが、前方の流れが急に止まってしまったのだ。
しかも、囃し立てるような騒がしさ。大部分が男の声だ。
「いけー!」
「よっしゃあ!」
「うっわぁ。まいった〜」
「ヘーイ、ナイスファイト!」
「3戦連勝、負けなしのタツヤ! 飛び入りも歓迎だ!
上限1000だぜ〜 1000〜」
「…ストリートファイト、ね」
胴元の掛声に、京が興味なさそうに呟く。
庵は意外そうに声をかけた。
「ああいったものは好きではないのか、京」
「勝っても負けても金貰うってのがな。
男が闘うからには、賭けるのは命が相場だろ。
おまえみたいにな、庵」
「………」
賭博試合が禁止されているからこその小額賭博なのだろうが、やはり命の代価としては不相応であり、逆に見せ物としての面を強調しているように思えた。
少なくとも京は、庵流の闘いへの姿勢を、高く評価してくれている。
胸の奥がくすぐったい。
興味ない風体を装いながらも、耳の端を朱に染めながら、京の手を引く。
「…さっさと行くぞ、京」
「行く…って、これじゃ動けな…庵!?」
そのまま人ごみをかきわけ、輪を抜けてチャレンジャーを募る胴元と、ファイターの前へ出ていった。
「タツヤに挑戦かい? こりゃあ女の子にウケそうだね〜」
「邪魔だ」
「なんだと、テメエ…!」とファイター。
「おおっと、自信満々だね、チャレンジャー」
この人ごみで足留めされ、庵の声はさらに険悪さを増す。
「うるさい。どけ」
「そんなに俺とやりてえのか? なら、お望み通りストリート・ファイトで白黒つけてやる」
どうやら頭に血がのぼりやすいタチらしいタツヤは、挑戦的に言い放った。
「そこまで暇じゃない」
「5分もかからねーさ」
「貴様らがおとなしくそこをどけば、余計な怪我をせずにすむぞ」
「ああ、どいてやるぜ。ただし、俺に勝ったらな!」
「決まった!
ささ、負けなしのタツヤと飛び入りチャレンジャーに賭けてください〜
レートは3:1でタツヤ・アゲンスト、上限は1000!」
ストリート・ファイトに限らず、大道芸というのは足を止めて見たら金を払うのがマナーというものだ。
だから京もしぶしぶ財布を取り出し、でも迷わず1000円を庵に賭けた。
払ったからには是非とも見ようと、できるだけ前へと進み出る。
手早く集金を終えた胴元が、試合開始を宣言した。
「凶器はなし。それ以外はルール無用! はじめ!」
おおっ、と雄叫びをあげてタツヤが殴りかかってきた。
ボクシングの基本部分はできていたが、ケンカやゲーム動作で学習したような動作で、見た目はなかなか派手だ。
もちろん、そんな隙のある攻撃など、庵は軽いフットワークだけで躱してしまう。
客側から、ぱらぱらと拍手がこぼれた。
少女達の高い声が、チャレンジャーがんばって、と叫ぶ。
いらついたタツヤが吠えて、庵の胸郭に連打をはなったが、すべて腕一本でガードされ、しかもびくともしない。
庵が片手を大きく構える。
そして、腕にからみつかせた青い焔で、地面ごと男の足を焼いた。
「火っ!? う、うわあああああ!」
男は驚いて、一気に客の輪まで飛び退いた。
傍に寄っていた観客からも悲鳴があがる。周囲は小さなパニックになって、人の輪がばらけだした。
本能的に火を怖れてしまったものの、なんとか踏み止まって胴元が場に決着をつけた。
「う…ウィナー、タツヤ!」
「だああー…っ」
京の顎がぱかっと落ちる。
もちろん張本人は涼しい顔で、けれど声だけ不満そうに胴元に問い返した。
己の敗北宣言が、気に触ったのか。
ちょっと目がマジだった。
「奴が逃げ出したのに、どうして奴が勝ちなんだ」
「凶器はなしって最初にいったろ。勝負は素手以外認めねえ。それが虚仮威しだろうと手品だろうと、この場を仕切ってる俺が認めねえ」
「そういうものか」
「そういうもんだ。世の中なんてな」
納得したのかしないのか、ともあれ彼を待つ京のところへまっすぐに向かう。
普段の甘いマスクも何処吹く風、草薙京は憎々しげに庵を睨んだ。
「庵ィ、こんなとこで炎を使うなよ〜」
「こんなところで足止めくらっていては、いつまでも昼飯にありつけん」
「ばーろッ! 俺のガス代返せ!」
「貴様、まさか俺に昼飯を奢らせるつもりではあるまいな…」
「負けたほうが奢る約束だろ、俺がおまえに負けるわけねーじゃん!」
「俺が財布を持ってるように見えたか?」
「へ?」
言われてみれば庵のポケットには、キーチェーンをまとわりつかせているほかは、身体のラインを崩すような不粋な物体はなさそうだ。
それはつまり、どちらも自分の昼飯代さえ食べられない状況だった。
京の顔は、気の抜けた炭酸でも飲んでしまったかのようである。
「…冗談。俺の方がガス欠になっちまうぜ…」
「俺に案がある」
そういった庵は、次のチャレンジャーを募る胴元に声をかけた。
条件を変更しろ。
5人勝ち抜いたら10万貰う。
そのかわり、闘うのは自分ではなく、連れの男。
ここのように相場の低いストリートで、10万というのは高い。通常は1勝ごとに支払われ、負けたほうにもちょっとしたファイトマネーがでる(これはあくまで胴元の心づけ程度)。
しかし5人全員に勝利しなくては支払われないので、危険率が高いぶん、成功率は低くなるわけだ。
そして賭を続けるほど、胴元の儲けは大きい。
この場では賭け金のうち10%が胴元、20%がファイター、合計30%がピンハネされている。もしファイターに支払わずにすむなら、その金額はとても魅力的だ。
肝心の彼は身長と顔こそ平均値以上あるものの、他は目立つ特徴もない。まんべんなくついた筋肉は、どんな格闘技を駆使するかを判断させず、オールマイティなスリムさはストリートではデメリットに感じられた。
自分のサクラ達と比べても、見劣りする(胴元にとっては)。
じっくり京を見分してから、頷く。
「ここからはスペシャルルールだ!
5人抜いた奴には、なんと賞金10万!
まずはこの兄ちゃんと、そっちのタツヤだ。
タツヤはもう4連勝してるから、あと1勝だ。さあ、賭けて賭けて〜」
「なるほどねえ…ま、肩慣らしにはちょうどいいかな」
面倒だけど。
とは口にださず、策士の口車に乗っておくことにした。
それとは裏腹に、京の闘気ゲージは急上昇中。
場は沸騰し、とても天下の往来とは思えないような混雑になりだした。
庵はもちろん、尻ポケットにつっこんでおいた5000札を取り出し、胴元に渡した。
「財布は、たしかに持ってこなかったな…」


すっかり懐のあたたまった二人は、機嫌よく高級レストランで食事し、残額をどのように分配するかで意見がわかれ、結局空地で一戦やらかした。
そして、この場所でストリート・ファイトが行われる日は、二度と来なかったそうだ。
南無三。


...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
古織様の『MASCOT GAME』様に贈らせてもらいました。
おもしろいのは元ネタのおかげです。掲載をためらいますが、…読んで楽しんでくれる方がいるなら恥をしのんで。

モドル






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