インデックス イメージマップ

ゴルフコンペと下心




その日は秋の日には珍しい、強い日差しと予報されていた。
都心から離れているためか、野外のせいか、暑いというほどでもない。百葉箱の温度計も20度を上回っていない。
それでももう汗が浮き出ているのは、太陽の功労かもしれなかった。
彼は黙々と皆を照らす。
神楽ちづるの白いタオルが、目に眩しかった。
「草薙、ぼーっとしてると次の組に追いつかれてしまいますわよ」
「俺よりアイツに言った方がいいんじゃねえ?
バンカーから出られない奴にさ」
京の方がグリーンに近いため、緑の芝にしゃがみこんでこの男には珍しいことに溜息をついた。
「そう言わずに。優勝者チームにはKOFシード権とハワイ旅行ですよ。
ホール・イン・ワンでも旅行を用意するつもりです」
そう、本日行われているのは神楽主催のKOF常連チーム親善ゴルフコンペであり、今年たったひとつだけ用意されたシード枠を決めるためのシリアスな非公式抽選会だった。
なので、より多くのチームと対戦したい人々は参加していない。タイトルを狙う連中を神楽が集めてゴルフ場を借り切って行っている。
今期大会については噂が妙に多い。シードのこともそのひとつで、本当に用意されるのか半信半疑のまま彼らはゴルフに真剣に取り組むのだった。
京も庵も事前にゴルフコンペの話を聞いていた。が、都心から離れたゴルフ場のために早起きを強要されて、二人のお目付役のつもりなのか神楽がキャディーとなって二人とも眠いままプレーさせられている。
京の場合、シード権などなくていいと言っても、初戦から強豪チーム同士でぶつかりあうのは運営委員として歓迎できないということだった。
「ゴルフで優勝しろっていわれても無理な話だぜ」
またしても溜息が洩れる。
そう、お世辞にも成績はかんばしいとは言えない。
現在は4ホール目。ここまでの成績は京も庵もすべて+(プラス)、パーからほど遠い。
それでも神楽から打ち方をアドバイスしてもらって段々成績は良くなっているあたり、スポーツ全般のセンスが優れているのだろう。
最初からゴルフの腕前まで期待されてるわけではないのだ。
「KOFは平均年齢が若いから、ゴルフ経験のある人の方が少ないわ。そういう意味で公平でしょう。
次の9コースと1コースはホール・イン・ワンを狙いやすいわよ。がんばりなさいな」
「それ、励ましてないだろう」
「好きにおとりなさい」
ばすん、と砂をまき散らしてようやく庵のボールが芝に乗った。
「クックックック…ハッハッハッハ…アーハッハッハ!
タマごときが俺に勝てるわけなかろう! 思い知ったか!」
「八神、まだ勝ってませんよ」
「フ、わかっている…。
神楽、グリーンで打つやつを出せ」
「パターですね。まだグリーンに乗っていませんが?」
「構わん。しょせんタマだ、打った方向へ転がらないわけがない」
「庵ー、タマタマ連呼すると気になるからやめてくれ」
「潰されたいか」
「お二人とも、女性の前では慎んで下さいね。
お望みでしたら私が潰して差し上げますから」
この提案には二人同じタイミングで勢い良く首を横に振られた。
シンクロナイズドスイミングならば技術点10が貰えたことだろう。
惜しむらくは顔が蒼褪めてひきつっていたため、芸術点では3貰えるかあやしいところだ。
彼女の技が急所に炸裂した瞬間のことを想像するのは無謀であった…
気を取り直して庵がボールを打つが、動揺が残っていたのかまっすぐ進まず、狙いからやや逸れて止まった。
グリーンにわずかに及ばない場所で静止した小さなボールを呪殺するほど睨み、庵は仕方なくそこを離れた。
京の番だ。ボールを置いて軽くスイングするだけで簡単にグリーンに乗った。パターでもう一度打つとカコンといい音がした。
続けて庵も終了。
「えーっと、成績はどうだった、神楽?」
「草薙は+6です。八神は+10」
「フッ、俺の…勝ちだ」
「コラッ! それは俺の台詞だ!」
どうやら2人ともいまだにゴルフのルールがよくわかっていないようだ。
ゴルフではパーという目標打数が設定されている。
マイナスであれば少ない打数でホールを回ったことになり、プラスで、打数が多いほど成績が悪いことになる。
ちなみに今回はほとんど初心者のため、パーを多目に設定されているのだが。
「…二人とも。シードの話は最初からなかったと思っていた方が良さそうですよ…」
サンバイザーの下から、神楽ちづるはぽつりと言った。
彼女の背中が煤けて見えていたかもしれない。


次のコースに移ると神楽ちづるは乗り気でないながらも一応コースの説明をした。
「池が多いので芝を……ちょっと草薙、聞いてますか」
「だって、池ばっかりでどーやって飛ばせばいいんだよ?」
最初のスイングは思いきり飛ばしても滅多に失敗しないと思っていた京は、このコースに来てあからさまに嫌な顔をした。
庵も渋い顔をしている。
戦略もなく打っていたのかと思うと、臨時キャディーは溜息をつかずにいられなかった。
池の彼方を指さして。
「あちらがホールです。池を越えて飛ばし、一回で入れられればホール・イン・ワンですよ」
「…って…あそこ島じゃん!」
スタート地点からすぐに巨大な池があり、そのなかに島ができていた。グリーンから落ちれば勢い余ってすぐに池ポチャだ。
京にもそれが無茶なことだと理解できた。
池を大きく迂回すれば、もっと簡単にグリーンに乗せることはできるだろうが、今回そのルートは頭にない。
「ここからホール近くまで歩いて、距離の感覚を掴むといいですよ。
先程も言いましたがホール・イン・ワン賞には旅行をプレゼントしますし、部屋はシングルでもツインでもダブルでも用意しましてよ」
ごくん。
生唾を飲む音が、聞こえたような…?
「神楽、あっちに行くぜ」
「この茶番が早く終わるにこしたことはない」
「距離を見なくてもいいのですか?」
「必要ねえ」
スタート地点にピンをさす。
唾を掌にペッと吐き、2番ドライバーを京は握った。
一応借物なんですけど…と神楽ちづるは溜息をついた。
庵はボールが池に落ちてしまえと呪い続けた。
「うりゃっ」
綺麗なスイングフォームとはいえないが、ひとまずボールは飛んでいった。しかも上空では風が強かったのか、追い風がより遠くへとボールを運ぶ。
落下速度は速い。
どこからか取り出したオペラグラスで神楽はボールの行方をスタート地点から探した。
「みつかりませんね…」
「池に…落ちたのか?」
「音はしませんでしたし、水面も乱れていません…」
「ポールの影に隠れているということは?」
「行ってみればはっきりすることです」
二人は信じられないような顔で会話をしていた。
もちろん京は喜色満面で、早く確認に行こうと荷物を担ぎ終えていた。


「ほんとうにホール・イン・ワンするなんて」
小さな穴に落ちた白いボールを見ても神楽はまだ信じられない顔である。
京よりゴルフ経験のある者がこのホールをまわっているはずだが、ホール・イン・ワンが出ることはあまりない。他ホールよりも出る確率が高くはあるが。
「神楽、前言撤回はナシだぜ」
彼女が茫然としている原因は出費が痛いからだと思った京は、先に釘を刺しておく。なかなかセコい。
「約束は守ります。ホール・イン・ワンの際にはすべてのホールにアナウンスを流すことが通例になっていますが、やります?」
「うえー、やめとく」
眉間に皺を寄せる京に苦笑して、神楽はとりあえずポールを持ってグリーンから離れるべく小さなボートに乗る。
もちろん京も乗る。
「今回は早く終わったよなー。
次もさっさと終わらそうぜ」
「何を言ってるんです。八神がまだ打っていませんよ」
「ホール・イン・ワンしたら終りじゃないのか?」
「一体なんのために点数があるんでしょうね…」
神楽がひとりスタート地点に残る八神へと合図を送る。
ヒュパッ。
庵が飛ばしたボールは勢いがあった。力一杯打ったのと、追い風があったのと、両方が原因だ。
そして間違いなくホールを越えてしまうだろう。高度が高すぎる。
だが、バシッと音がしてボールは飛行中の物体に当たり、そのままホールへと落下する。
はらはらと舞う羽毛。
なにもなかったはずのグリーンに、落ちた雀らしき小鳥の姿があった。
重いゴルフボールが強烈に当たったため、骨折して全体が変型してしまっている。
「嘘…」
2度も、それも連続でホール・イン・ワンに遭遇してしまうとは。
臨時キャディーは自分の目を疑った。
さすがに京も驚いて、声を出すのに唾を飲んで喉を湿らせなくてはならなかった。
「……。入ったよ、な?」
「草薙にもそう見えました?」
「そういやアイツ、負けず嫌いなんだよなあ」
他に言葉が見つからないという態で京が言う。
のしのしと彼らに向かって歩いてくる赤い髪の男は、京の目には獲物を追う猟師と重なって見えた。
「…今日はゴルフに来たんじゃなかったっけ」


その後は庵が追い上げを見せたものの、わずか1打差という僅差で京が勝利した。
あるかないかの差のくせに、京は大差で勝ったかのような目で庵を見た。
そんな京の態度に庵はますます腹が立つ。よくはらわたが煮えくり返るというが、胃に溶岩でも呑んだような風情であった。
庵にとっては、前半のホームランまがいの連続OBが響いたことになる。もちろん本人はそこに原因があるとは思っていない。
「首を洗って待っていろ!」
「背中流してくれるんならシャワー室じゃなくて大浴場で待っててやるぜ〜♪」
賑やかなロビーへ、他選手との結果を照らし合わせていた神楽が軽い足取りで戻ってきた。
そんなことしなくても彼女には結果はわかっていたのだが、ホール・イン・ワン賞のこともあるので成績を無視するわけにはいかないのだった。
茶々が入らないよう、決定事項を早口で宣言する。
「改めて言うことでもないでしょうが、シードは一応別のチームとなりました。
ホール・イン・ワン賞としてお二人には3泊ハワイ旅行。以上です」
「やったあ〜!」
京は、とりあえず南国にバカンスに行けるのだと喜色を見せる。
修行したり格闘大会に出たり補習に出たりと忙しい彼は、そういえばバカンスと無縁だった。
庵も身体を休めることとは無縁な人生を歩んできたわけだが、京ほど単純には喜べなかった。だから屈折しているとかヒネてるとか言われるのだ。
「ハワイと言ったが、ハワイ諸島のどこだ。
まさかホテルがないような所ではないだろうな…」
警戒の目で神楽の態度に不審なところがないか探る。
彼女はにっこりとそれを受け止めた。
「安心して下さい。オアフ島、ビーチのすぐ近くです」
「ハワイってハワイ島じゃねーの?」
「貴様は黙ってろ、高校×年生!」
八神庵の最後の良心か、具体的な数字は伏せ字にして下さった。
島ごとに特徴が異なっているハワイ諸島の観光名所といえばオアフ、カウアイだ。特にオアフは日本語が通じる観光地ということで日本人に人気がある。
ハワイ島には活火山があるため観光地自体が少なく、流れる溶岩のため危険区域がある。車がないと生活できない人口密度だ。
しかし、と神楽は注釈をつけた。
「予算の関係で、ツインに泊まって貰います」
庵が、おそるおそる問い返す。
京も意味が通じないという風情で問う。
「…ペア旅行でツイン部屋、ということか?」
「ひとりでベッドふたつ使えって意味?」
頭の上にクエスチョンマークをはりつけた二人に、神楽は大きく溜息をついてみせた。
「馬鹿を言わないで。予算がないと言ったでしょう。
不況の折に海外旅行をプレゼントするだけでも太っ腹すぎるくらいよ。
旅行先も手配ホテルも同じなのですから、草薙、八神。仲良く旅行してらっしゃい」
「!?!」
「!!!」
つまり。
ホール・イン・ワンなどいくらなんでも連発することは滅多にないので、初心者多数のこの大会、2人分の賞を用意していなかったということだ。
通常なら商品だったり賞金だったりするのでそれでもごまかしはきいたかもしれないが、旅行はどうすればいいものか。結局、予算オーバーさせないためにも、ペア旅行を2人で一緒に行ってもらうという一石二鳥な解決案が採択された。
21世紀に相応しい合理性…といえなくもない。
綺麗にプリントされた個人成績表を各自に渡した神楽は、帰りに事務所でサインしていくように告げると去っていった。
「庵」
「なんだ」
「ジュース飲む?」
「バドワイザー」
「コーヒーとお茶とポカリと炭酸」
庵は眉間に縦皺をつくり片眉をつりあげた。無言で拒否する。
一日の騒動が終わると、時間は突如緩やかに流れ出したようであった。
自販機のスイッチを押し、自分だけスポーツ飲料に口をつけて、京は庵の座る椅子の隣に腰かけた。かすかに漂う、乾きかけた汗の臭い。
西にさしかけた日はまだ高く、ロビーの窓からは木々のシルエットが見えた。
「ダブルに2人で泊まると、あからさますぎるかな」
「観光地に男二人で泊まる部屋ではないな」
「じゃあツインか」
「同じ部屋で3日もベッドを分けて平気なわけあるか」
真剣に、堂々と言い切った庵に、京の方が戸惑って彼の真意を探ろうと目線を合わせる。
あいにく庵は偽りと無縁な男であった。さらに有言実行の男であることを現在進行形で証明している。
だから赤い髪に隠れるように存在する妥協を知らない目を、京もよく知っていた。
「嬉しいこと言うじゃん。女を連れ込むつもりはないんだ」
「貴様がいれば女に用はない」
京の飲みかけたジュースを奪い、一気に干す。
思わず京は吹き出した。
「あっはっははは!
やっぱ、おまえってサイコーなヤツ!」
「貴様は最悪だ」
人が少ないからとロビーで大声で笑う馬鹿がいるかと、庵は京を放って立ち上がった。
神楽に指示された通り手続きをするために、事務所のドアをくぐる。
京は、彼が部屋の希望を告げる場面を見たい一心で、急いでその後に続いた。
その最高の男に腰を使いたくて、心も身体も疼いてしかたなかった。



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
最初はすべてギャグの予定でしたが、途中から路線変更。
私はゴルフをよく知らないので適当に書いてしまいました。ゴルフなのに一部「哭きの竜」が混じって…?
ハワイ編は…書いてもおそらくギャグなので書いてません。

モドル






PCpዾyǗlgĂ܂}WŔ܂z 萔O~ył񂫁z Yahoo yV NTT-X Store

z[y[W ̃NWbgJ[h COiq ӂ邳Ɣ[ COsیI COze