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RESONANCE SENCE ORGANISM




草薙京の命を執拗に狙う男がいた。
ご存じ八神庵である。
八神流の名を知らしめるためにもKOFでの決着を望んでいるが、それは二の次三の次。
草薙京とバトルさえできれば自分の命も惜しくはない、滅茶苦茶な男である。
頭を輪切りにしたら草薙京のことでギッシリという奴である。
常識の尺度で測ってはいけないのだ。
その男、八神庵が壁にはりついていた。
電柱の角に身体を隠して様子をうかがう。容姿と服とで通りすがりの人の視線を集めてしまう彼だが、最近は見て見ぬふりで過ぎ去る人の方が多いことには気づいていない。
彼の集中力の高さがうかがい知れる。
庵は草薙京を待っていた。
草薙京に強襲をかける隙を見極めるために彼を尾行し続け、生活パターンから気に入りのコンビニ、滞納中のレンタルビデオまで調べ上げ、庵は立派なストーカーと化していた。
京のトレーニングは不定期で内容も日によって違う。
気まぐれに、欲するまま、身体が動くままにやっている。
考えていないようでいて効率良くバランス良く鍛え、衰えを知らないのだから、20歳で草薙流当主は伊達ではないとわかる。
不規則なトレーニングのなかにいくつか法則が存在することを庵は気づきだしていた。
庵と闘った日にはストレッチ以外にやらない。
庵と寝た日には、まったく鍛えない。
長期間庵と会わない時は山で修行中。
欲求不満で鍛えてるのかあの男は、と自分を顧みずに庵は嘲笑の笑みをうかべた。
ここ3日間ほど京と会わずにいる。
そろそろ室内や学校以外でも身体を動かそうとする頃合だ。
だから、庵は京を待つ。
待ち伏せている時間は、京とどんな闘いをするかで頭がいっぱいになる。
奇襲らしく、最初から大技で一気に落とせるだろうか。
しかし勝負が早くつきすぎても面白くない。正々堂々と名乗りをあげ、蹴りを合図に徐々にスピードを乗せていこうか…。
そして地に伏せた時に京はどんな顔をし、なんと言ってくるだろう。
京の表情、京の声、京の言葉。目を閉じればすべてがリアルに予想できる。
大きな心臓の鼓動。
『勝負はこれからだぜ』
熱い掌が、庵の胸を這う。



腋下からスルリとさしこんできた腕は本物だった。
庵の厚い胸板を、服の上から撫でさわりもみしだくセクシャルハラスメント。
別の腕が庵の顎を掴み、肩ごしに唇をかすめとる。
背後の京が楽しそうに言う。
「なにしてんの」
「貴様こそ、なにやってるんだ!」
セクハラ行為だとか、ここが往来だとか、いまは昼間だとか、それよりも庵にとってはさっきまで楽しく考えていた初手が台無しになったことのほうが重要だった。
仕切り直しとばかりに京の腕を強く振り切って距離を置く。
艶のある黒髪の下で京は眉をしかめた。
「なんだよ、会いにきたんだろ」
チッと短い舌打ち。
「わかっていたならさっさと出てこい」
今度は唇も曲げる。
「おまえこそ毎日来ておいて、なんで部屋にこないんだよ」
喉の奥の笑い声。
「貴様の方こそもっと早く出てこい」
さらりとした黒髪を乱雑にかきまぜる。
「武蔵と小次郎の決闘って前例に倣ってみたんだけど」
「倣ったものの我慢しきれず、か?」
ニイ、とどちらともなく唇がつり上がった。
「来い、庵。歩道じゃ窮屈すぎるぜ」
拳を掲げてみせた京が、庵が着いてくることを見越してさっさと歩き出す。
王者の足取り。
陽を受けるその背をまばゆくみつめ、庵も歩を進めた。
殺すべき男を殺せずにいる。
だが、殺す気で京の前に立たねば、殺せない最大の理由もなくなる。
ひどい矛盾。
庵は京に気づかれぬよう己を嘲笑った。
太陽の日射しがぼんやりと彼らを包む住宅街の午後。



工事中の看板をすりぬけて辿り着いた場所は、区画再整備中だった。
区画計画に従ってビルを建てたり住宅地にしたりしたものの、うまくいかなかったり空きスペースが多くなってしまったため、設計計画から変えているところだ。
今日は工事がなく、閑散としている。
道路にも車や人間はいない。
瓦礫と空家の町に、二人きり。
京が振り返り、ここでどうだとジェスチャーで問う。
答えは構えで返す。いつも、前屈み気味の。
高空から二人を照らす太陽。
足音を控えて遠巻きにする風。
重く息を潜める大気。
距離をとって京も構える。対峙する距離は、自然とKOFでの開始ラインに等しくとっている。
ゴーサインは無音のまま、互いの目が合った瞬間に走り出す。
出方を探りつつ、地道にいこうか派手なモーションがいいか、京は自分の気分を問う。
最初は正拳裏拳が入り乱れるがダメージらしいものがない。
懐に飛び込んだ京が炎を叩き入れた。強い生命の波動の赤が、残像を残しつつ庵の腹部を痛打する。
「グゥッ」
庵は体重を移動したものの、強烈な拳と熱の衝撃に呻く。
そして打撃を与えるため庵の至近距離に来ていた京に、青い炎を叩き返す。
だが、その手は京も何度も食らっている。
先刻庵にダメージを与えた拳を再度打ち出し、足も突き出した。軽くても庵より先にダメージを与えられれば、彼の攻撃が逸れるか威力が減るだろうと見越してだ。
結果、すべての攻撃が双方の体力を削った。
素早く足を引き戻して体勢を立て直した京が、そして京の攻撃を予測した庵が、さらに激化した応酬を繰り広げた。
ラッシュ・アンド・ラッシュ。
拳を拳で跳ね返し、退かずに打ち込む攻めのスタイル。
目で追わずとも、京も庵も計算したように正確に狙った場所を打つ。身体が勝手に障害物を避ける。長年の修練で培われた経験と生来のセンスが、彼らを味方する。
アスファルトに薄く積もった砂埃が散らされてゆく。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……
相手の呼吸のタイミングさえ知覚できる。
毛の流れの一筋さえも。
時が来た。
五感が鋭く研ぎすまされ、なにもかもを感じ取れる瞬間が。
他の人間と闘っても、ここまで強く到達できたためしがない、強烈な恍惚感。
時間の流れは鈍く、肉体は限界を知らず、張りつめた緊張の糸が命綱代わり。
間合いも取らずに京が炎を繰り出す。
庵もまた。
火炎越しに歪む互いの顔が、笑って見えた。
至近でぶつかりあう異質な炎同士が、強い衝撃と火花とともに砕け散った。
擦過音を立て、グレイのアスファルトが靴底を削る。
体重の数倍もの瞬間的な衝撃力を、かろうじて耐える。
風が生まれ、黒と赤の髪がかき乱される。
小さなカオスが静まるより早く、速く、駆け出している。
間合いを取って更に技を仕掛けようとする京に、庵が追い縋り、させじと描く青炎の軌道。陽炎を透かして交錯する視線。
同調する心臓脈。
「オリャア!」
「ハァッ!」
草薙の炎と八神の炎が再び混じりあう。
轟と目もくらむ爆焔が上がるが、衝撃は先程に比べ強くはない。熱が大気を焼き、グレイだったアスファルトが白く劣化してしまったが。
休む暇もなく呼吸を上げ、京が庵の下半身を崩そうと蹴りで巧妙に切りこむ。
リーチが長く重心が上にある庵は、脚でガードするとバランスを崩しやすいため、これを苦手としている。
下半身の弱点を補おうと体高を低くして腕で振り払うのが彼独自の流儀。
身体を沈めた時を見計らい、京が飛び込んで腹を突き上げた。
確かな手応え。
鍛え上げた腹部が強烈なパンチに屈する。
舌を噛むまいと合わされた歯が擦れて異音を発する。
しかし、京の手を掴んだ庵が、執念で青炎を呼び出した。
「じょ、冗談だろ」
いくらなんでもこの距離で炎を食らって、無事で済むわけがない。
炎を宿す拳が京を襲う直前、京は片腕で半端にガードした。
一撃目をかわしたものの第二波を避けられなかった京は、青い炎に焼かれつつ転がった。服に引火したのである。
アスファルトを一転したときには火は消えていたが、庵の長い足を見上げることになった。
闘いの興奮に、ギラリと光る研がれたナイフの目。
下から仰いだ、怒りさえ匂わす双眼に京はしばし魅入る。
起こそうとした京の腹部に、庵の爪先が押しつけられる。
上がった息を整えながら、怒ったように眉をしかめながら庵が京を見下ろす。
依然、恍惚とした鋭い感覚は続いており、終わりを迎えることに不満なのだ。京もまた。
庵が求める真実の「終焉」を、京は言わせない。
「そんなにもの欲しそうな顔するなよ。
もうすぐKOFで限界までやり合えるんだし、それまで我慢しようぜ」
「いいだろう。今日は退いてやる」
庵の脚が退けられると、京が跳ね起きた。
「もちろんこっちもな」
肩を引き寄せ、唇が唇をふさぐ。
本日最初のそれとは異なり、音たてて舌が濃厚に絡まり、口内を舐めまわす。
やっと舌をひっこめつつも軽く唇でつつきながら京が提案した。
「やっぱ、禁欲は明日からにしねえ?」
「クク…ハハハ…ッ」
囁く声が、瓦礫と空家の町に、やたら大きく響いた。
二人の時はまだ、続いている。


事が終わり、たっぷり睡眠をとり、…深夜に筋トレから組手まで競いながら無茶なメニューをした二人だった。



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
最初考えていた話と違うものが出来上がってしまった第×弾。
後半、庵さんの台詞がほとんどないことに今さら気づいてしまいました。

モドル






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