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掲示板は偽らない




見ず知らずの他人と共有できる空間がある。
そのひとつが『駅の掲示板』だ。
地下鉄のさる掲示板は、八神庵にとって大変目につく場所にある。
掲示板の機能から考えれば目につかなければ困るのだろうが、特定の駅の特定の掲示板だけにいつも視線を向けているということである。
彼はバイトの足として地下鉄を利用していた。
悪天候や遅刻しそうな場合でもなければ、バイト先までたいてい歩いて行ってしまう庵の事だ、なにより金策のためにバイトしているのであり、地下鉄の利用は不定期だった。
この日までは。
平日の午前中。
お昼が近いといっても掲示板へのメッセージはまだ少ない。
その綺麗な掲示板に、庵の目線が止まった。
ありふれた緑のボードに。
あまり上手くもない字で。
『KOFに出てる草薙京をどう思う WK』
このメッセージは知人に向けたものではないようだ。
ファンが書き込んだのだろうか。草薙嫌いの人間だろうか。KOFを見たことのない人間が書いてもおかしくはない。
いずれにせよ『草薙京』という名前を知っている者だけが反応するメッセージ。
ボードの前でピタリと立ち止まりしげしげと一字一句を見分する庵は、最も強く反応した者であろう。
不特定多数の誰かが返事を書くかもしれない。自分がそのうちの一人になってもいいなと庵は小さな白いチョークを手に取った。
メッセージの隣に硬い字で走り書きして、粉を払うとちょうど到着した車輌に乗る。
『服のセンスは最悪だ Y』




翌日の庵の交通手段は同じく地下鉄であった。
連日の猛暑で、日中に長距離を歩くのはまず無謀であった。歩くと往路は大変陽当たりのいいコースとなり、下手するとバイトの前に息が上がってしまう。別に庵の身体のせいではないのだが、もっと鍛えればと常々思うのだった。
人の流れが自動改札によって振り分けられ、また混迷していく。
改札のところにある掲示板を見ると、昨日のメッセージも庵が書いたメッセージも綺麗に消されていた。
かわりに別なメッセージが。
『YはナマでKOFをみたことある? WK』
昨日と違って庵を名指ししている。掲示板が消される前に庵のメッセージを読み、消された後にメッセージを書いたと察しがついた。
見知らぬ他人が知り合った瞬間だった。
限られた文章だから相手についての想像が色々とめぐる。
格闘技の、特にKOFのファンなら毎年目立つ草薙京の名前を知らない者はいないだろう。
京について非好意的な意見を書き込んだ庵に、WKは仲間意識を持ったのではなかろうか。
しかし、格闘技への興味が薄い庵のこと。
無視すべきか迷って、一番短い言葉を選んで書いた。
『毎年見てる Y』
庵が引き出したいのはKOFの話題ではなく京のことだ。WKが京をどんな目で見ているのかを知りたい。だから庵のこの日の返事は最低限度、面白味もない。
そっけなさすぎて相手が興味を失っても別に構いはしない。
到着のアナウンスに、庵は手と服についた白い粉を不快げに払った。




翌日は地下鉄を利用せず、さらに翌々日はバイトが休みだったため、2日間掲示板を見ていなかった。
3日目に駅に来たのは、大雨で到底バイト先まで無事に辿り着けそうになかったからだ。
夕方にはやむという予報なので、帰宅は徒歩となるだろう。
なんとなく見た掲示板には、やはり庵を名指しでメッセージが残されていた。
『Yへ
返事なかったってことは休みだったのか?
オレもきのうは休みだったから前にかいたのと同じことかいとく。
オレもいつもとくとーせきで見てるぜ
あ、でんしゃきたんでバイバイ WK』
相変わらず下手な字で、恐ろしいほどフレンドリーな文章だった。
しかも。
「………」
文章中にほとんど漢字がない。
最初のそっけない書き方から、10代後半か20代のKOFファンかと思ったが、ローティーンかもしれない。中学生というのは生意気で、それでいて一人前の大人と同格と思っている厄介な生き物だということを、自分の過去を顧みることで思い出す。
WKはどうやら完全に庵を同類と思っている。
熱烈な格闘ファンで、アンチ草薙京。ファン同士の派閥の溝はなかなか深い。
これ以上京について語り合えるかは不明だったが、とりあえず適当な話題を探して書いた。
毎日掲示板を見るわけではないのだし。
『to WK
お前が好きなのは誰 Y』




『Yへ
八神庵だよ
赤いかみとかスタイルとか、カッコイイ
でもいちばんいいのは草薙京をおっかけてるとこ WK』
まさか自分の名前が出されるとは思っていなかった。
庵は掲示板の字を読んで、妙に気恥ずかしさを覚える。
面と向かって好きだと告げるファンには事欠かなかったが、文字で具体的に自分のスタイルを肯定されると、嬉しいような不思議な居心地悪さがあった。文章が幼く端的なぶん、より一層。
さらに、八神庵が好きだと書いたWKが八神庵自身とメッセージをやりとりしていることを知らないというのは、見知らぬ誰かの秘密を知っている気分を助長させる。
WKの存在が庵の意識の中で大きくなった。
書きかけてしばし悩み、庵はすぐ隣にメッセージを残す。
『おまえとは気が合いそうだ Y』
書きながら庵は短く笑った。




いつしか理由がなくても地下鉄で通勤することが常になっていた。
立ち止まって掲示板を見ることが、日課となっていた。
アクティブでない短い字面の会話を待つようになった。
WKはKOF以外の話題も書き込んでくる。
互いに顔を知らない二人だが、マンションの隣人よりも親近感があった。
回を重ねるごとに、自然と見えてくることもある。
生活パターンだ。
WKは一日二回、掲示板を見ているようだと庵は気づいた。
掲示板は毎日消されているのでおそらくWKのメッセージは朝書いているのだろう。昼前に庵がメッセージを書き、夕方か夜にWKが庵のメッセージを読む。
さらにWKはやはり学生らしく、土日にはメッセージがない。会社員かもしれないが、だとしても下手な字と品のない文章であった。
庵のバイトは休日が不規則なので、書かれていても読めないときがある。
庵が読んでいないことは、返事がないことでWKも察していると思われる。昨夜は云々から始まっていやらしい内容まで書かれていることもあった。
『忘れているようだがここは駅で、多くの人間がおまえの伝言を読むんだぞ Y』
『みんなだってこれよんでソーゾーして楽しんでるって。楽しませてやれよ WK』
こんな具合でWKには反省の色がない。
まったく、ガキだった。
ガキなところは、庵がよく知る…そしてWKが嫌っているだろう男を彷佛とさせた。
草薙京。
庵のどこかがざわつく感覚。
その名を脳裏に浮かべただけなのに。






秋の色も褪せ、冬の足音が近くまで来ていた。
朝夕コートなしには出歩けない。
通りのあちこちでクリスマスセールが見られる。
庵がこの駅に来るのもあと数回だ。
珍しく半年続いたバイトだったが、先日同僚とケンカしたことが原因で急に辞めることになったのだ。
日常に大きな変化が訪れることに対して庵は特になにも感じてはいない。
変化に乏しい日常はひどくつまらないもので、苦痛なだけだ。
庵がそう感じないのは草薙京に対してだけ。
…そういえば彼とは随分長い間闘っていない。そう思うと無性に闘いたくなり、バイトを辞めて一番にするのは京探しと決定した。
『明後日からはもう来ない Y』
地下鉄を利用しないなら、当然掲示板も見られない。
理由も記されないメッセージを、WKはどう思うだろう。
後任のバイトはすぐに決まったので、庵は翌日残りの給料を受け取るために出勤する。だから別れの挨拶の一言を読むくらいはできる。
伝言を読む限り粗雑でガキで意外とマメなWKに、結局庵は好感を持っていたことに遅まきながら気づいた。




次の日のボードに記された返事は別離の嘆きなどではなかった。
『明日、14:00。
○○ホテルの103号室で。待ってる WK』
バイトがないならプライヴェートで会おうということらしい。
庵は先に「来ない」と宣言しているにもかかわらず。
しかし逆にいえば、庵には断るための理由はすでにある。
可能であれば会いたいという意味なのだろう。
思えばWKが最初に書いたメッセージは草薙京のことだった。
彼はどこか庵の好奇心を刺激する。
庵はもう一度読み返した。
返事を書くべきか迷ってチョークを手にし、なんと書けばいいか思いつかず、戻して粉を払った。




指定されたホテルは駅周辺の繁華街にあった。
ライトを消されたまぎれもないピンクネオンのブティックホテル。いかがわしいことこのうえない。
普通は男女で入る場所だ。
WKは庵のことを女だと思っているのかと思うと腹立たしく、だがWKの文章も男が書いたという確信はない。
もっとも、大抵の人間は腕力で庵に勝てるはずもなく、何人かで私刑を企てることがあっても絶対に成功させない自負がある。
ただ、ここには食事の場所がないことが最大の期待外れだった。
そういえば掲示板に、WKはKOF選手の中で八神庵が好きだと書いてきた。
本人を目の当たりにしてどんな反応を返すだろう。いささか意地の悪い期待がある。
クリーム色の壁に浮き出る黒いドアのナンバープレートを確認し、コツコツとノックした。外装よりも中身の趣味は良い店だ。
と、思ってもいない速さでドアが開き、庵が相手を確認する前に内側に引っ張りこまれた。
彼の手首を引く片腕は、膂力がかなりある。
「…!」
ふいをついたといっても庵のウェイトを扱うことができる人間は、すべて警戒すべき対象だ。
拳を握り、いつでも殴る体勢を整えた庵の視界に黒い印象が映った。
わずかな動揺の後から、もっと大きな動揺が起きる。
庵とほとんど体格差のない男は、勢いのまま彼の唇を塞ぎ、舌を滑り込ませることに成功していた。
壁に押しつけられながら、どこかでオートロックのかかる音を聞いた。
「う」
抗してどこからともなく漏れる呻き。
強く舌を絡められながら、覚え知った匂いに酔った。
深いキスは呼吸が困難になるまで続けられ、庵はもがいて頭だけ振り払った。
庵を壁に縫いとめる腕を払うだけの力は、すでに失われていた。
なのに敵意さえ孕んで、眼前の黒い瞳をねめつける。
「貴様、WKをどうした」
待ち合わせ相手の偽名、イニシアルしか知らなかったが、通じるはずだ。
案の定、京はにやにや笑って、再度顔を近づけてくる。
「ニブイ奴。俺がWKだよ。
頭文字がK.Kだから、WKね」
京がいつから庵とわかっていたかは知らないが、一杯食わされたわけだ。
腹立たしさに眉間に皺が寄る。
馬鹿にしやがって。
ただただその言葉だけが一瞬で庵の頭を埋め尽くす、強い怒りが沸き起こる。
探そうと思っていたところに向こうから現れてくれたのも丁度いい。庵は己の飢え過ぎた欲を満たすべく、闘気を孕ませ拳に炎を燃え上がらせた。
「死ね…」
天井の鏡が青い炎を反射する。
赤い髪の狭間からのぞく爛と光るケモノの目に、京も飢えていることを思い出した。
「来いよ庵。ただしベッドに」
至近距離からダメージを与えてやろうとした庵から京は離れず、その腰のラインを指先で辿って不埒な己の考えを伝える。庵が黙り続けていれば結局無言の同意ということに解釈するだろう、草薙京という男は。
「ことわる。生憎いまの俺は貴様を殺したい気分でな!」
「俺を殺したいしヤリたい、だろ?」
「屍姦趣味はない」
「お前にそーゆー趣味があったら困るな。俺も何度も死んでやるわけにはいかねーし」
冗談か本気か不気味なことを言う京に、庵は脱力して炎を払った。
当たり前だ。
何度も死なれたら自分が殺す意味がどこにある?
「いいから死ね。そして生き返るな。ゾンビと寝たくない」
「じゃあ生身の俺をたっぷり堪能しろよ」
生きたまま天国にいかせてくれよなどと、ありきたりな文句を吐く。
押される肩の行方は、ここがどんな場所かを思い出させる巨大なベッド。
知らぬ間に京は、あと2、3歩というところにまで庵を追いつめていた。
「どうしてそうなる」
「庵、なんでこの部屋に来たんだ?」
貴様が呼び出したんだろうと素っ気無く答えながら、庵は蹴りまで加えて抵抗する。
「俺はホテルのレストランでランチしましょうなんて書かなかったぜ。
誘いを承知で、しかも見た目通りの場所だとわかっていてドアをノックしたのはお前だ。
その気がないなんて言い訳、通じないね」
いきなり、京は庵の足のベルトを踏みつけた。踏むだけでなく自分の方にぐいと引っ張る。自慢ではないが彼の足癖は悪い。
「…ッ」
膝があっけなくかくりと折れた。
格闘試合でも負担に思うことがなかった紐に舌打ちするが、もう遅い。
庵の上体がバランスを崩して倒れる。ベッドへと。
庵が身を起こす間に、京はさっさと上着を脱ぎ落としていた。
Tシャツの下から鍛えあげた筋肉が晒される様子をじっとみつめる。
腹に入った筋肉の割目の感触は固く、いつも熱い。
「…………」
眉をしかめ、庵は履いていた靴を片方京に蹴りつけた。
「ッてー!」
思わぬ衝撃に京が痛みを訴える。
適当に放られたとはいえ鋲を打った靴裏が頭に当たると痛い。
投げつけるほど嫌なのかと思えば、だが当の庵はベッドに上がっている。
京の見ている前で、見えるように、ボタンをひとつはずした。
涼しい顔で。
内心はまったく異なることを考えて。
「かわいいコトしやがって」
腹立ちまぎれの最後の抵抗だった靴に、京はフェティッシュにキスを贈って、脱ぎ散らかされた服と対照的に揃えてベッドの下に置く。
なぜか漂う気恥ずかしさ。
こんなに恥ずかしい情事の始まりは久しくなくて、服を脱ぎ終わるまで無言のまま、脱ぎ終えてからはサテどうしようととまどった。



上着とシャツのボタンをはずし、一緒に袖を抜いて脱いでしまうほどどこかが急いているのに、裸身になって肌が冷えてもなぜかシーツの上で動けない。
庵はまた理不尽に腹をたてた。
ベッドの広さに。
アンバーな照明は素肌を見透かすに十分な明度なのに、恥部を隠す程度に暗くて、一層苛立ちを覚える。
京もベッドに上体を起こして庵を見ている。
やはりさっさと服を脱ぎ去った男の裸体に庵は、嗚呼、ベッドにもライトにも罪はないのだと、思い出された欲の記憶の激しさに苦笑した。
「なに、笑ってンだよ…?」
京は気にした様子もなく、それをきっかけに庵の肌へと手を伸ばした。
欲情して熱をもった手の平が冷えた肩を温めるように覆い、情事の始まりを告げるために唇が唇を啄む。繰り返されるキスはやがて深く、長く、熱く。
庵の唇が離れて京の首筋をゆっくり上下した。
正確に頸動脈の上に犬歯を当て、歯先で小さく咬みながら舌で舐める。
京は身をすくめ、くすぐったいけど気持ちいいと訴えた。
舐めて濡れ光る箇所に強く吸い付く。
「痛ッ」
京が思わず零しても、庵はできたキスマークにまた舌を寄せる。
乱暴な遊びを覚えた子供のように楽しそうに。
庵にはしばらく好きなようにさせることにし、京も好き勝手し始めた。
手の平全体で庵の胸を包む。
鍛え上げた胸筋がみっしりとつまった厚い胸。
女性と違って手からこぼれるほど柔らかな乳房の感触がないのが寂しい。
頂点にある乳首も口に含むには小さく、すべての男が潜在的なマザコンという説を信じたくなるほどにはしっくりこない。
なのに京は庵の胸を触り、揉み、摘む。小さな乳首を爪先で弄ぶ。この男がいいのだと、骨の奥にまで響くようなキスをする。
「……ぅ」
ちろりと呻いて、庵は京の髪に指を埋めた。もう、キスマークどころではない様子。
まだまだだと京が同じ箇所を責めたてると、庵は早々と白旗を上げるかわりに形を持ち始めたものを京の腰に押しつける。
続いて京が唇を舐める、音。
「ゆっくりの方がいいかと思ったんだけど?」
「貴様は一体なにしにここに来たんだ…?」
先刻庵にした質問をそのまま返されて、京は面喰らった。
ここまできてそれを言うのはこの男の手管なのだろうか。おもしろい男だと改めて思う。
その男の文句に最大限に煽られた京は、舌舐めずりする情欲に導かれてまだ残されていた理性のセーフティを外してしまった。
すぐに猥褻な意図をもつ指先に身体を暴かれて、庵は背筋から駆け上がる痺れに心地よい酔いを覚えた。
このくらいがいい。
本音と本音がざりざりこすれあうくらいのほうが、楽しくて、気持ちがいい。
欲が欲を欲するのも、庵にとっては京と拳を交わすのと同等にたまらなく快感。
異なる快感。



庵の耳元に京が小さく呟く。
部屋には二人しかいないのだから声を潜める必要はない。
耳にキスしながら愛を囁くと女はすぐにオチるというのが京の持論なのだという。
そのくせ、実践したのが庵に対してというのが庵の笑いを誘うのだ。
しかも大抵は愛の囁きなどではなく、不埒な行為の誘いだ。
今も言われた通りに庵は手足をついて四つん這いになっている。
「足開いて」
手探りでローションをたぐった京が開かせた庵の脚の間に座る。
自分からは京が見えず、京からは庵の股間がよく見えるこの姿勢に、シーツを強く引いて屈辱に耐える。ぎりりと歯を噛んでディレンマをやり過ごそうとやっきになる。
「リラックス」
初めてでもあるまいにと呆れて京が声をかける。
「いいから早くしろ」
「でもこれじゃ痛いって」
「この格好をしていたくないんだ!」
体位が不満なら最初からそう言えばいいものを。口の端で京が笑んだ。
「指、入れるからな…」
ローションでしとどに濡れた指が、犯す箇所に触れる。
ご託よりその先をと、庵は全身で促した。
京の指が入口をわずかずつ出入りする。
逆の手で袋をやさしく撫でる。
途中から角度を変えて、より奥へと指を入れ、男を受け入れるにはぬるみが足りない内壁をいたわるようになでる。
「ッア……」
反射的に締めつけて、どこかにものたりなさを覚える。内側から響くむず痒い感覚に庵の腰が震えた。
狭いそこに指を増やされ乱暴になっていくに従い庵の身体が崩れ、強い刺激を求めて、自分へ指をかける。余裕ない自慰行為すら背後の男に見せつけて。
喉仏が鳴る音。
やけに大きく聞こえた京の反応に、庵が狂喜する。
一旦京は庵から離れ、その横に寝転がった。
「自分で腰落として、好きに動いてみろよ」
「フ…、泣き喚いても知らないぞ」
庵が渇きを癒そうと何度も唇を舐める。
顔を近づけ、舌で京の唇を舐める。
京が舌を追って頭を上げ、腹から腰から尻から、ねだる指先一本を滑らせて庵の身体を誘導する。
一本の指先に導かれて庵が京を見下ろす。
勃ちあがった互いのものが触れ合う熱くぬめった感触。
すでに充血して一層赤黒い京の分身を庵が指でこすると、手の中で一層硬さを増して。
こらえながらも余裕の笑みを京は見せた。
「ワルガキだな。俺が漏らしちゃったら困るのはお前だろ、スケベ」
「ほぉ。ハタチで枯れるような男が俺と寝たいとは、鼻で笑わせる」
唇をつりあげエロティックに白い犬歯を口の端からのぞかせて。
庵が体重をかけて腰を落とした。
締め上げられて、京が呻く。
ずるずると庵に侵入する硬い肉棒に、庵が喘ぐ。
腰を揺らしながら楔を奥へと沈めていく庵に、京が早く動けと小さく突き上げた。
「…ウ……」
動き始めると、行為に没頭する。庵は自分の快楽を追いながら京に快楽を与え続けた。
やがて京の両手が肌を這いはじめる。
汗に濡れた肌の弱い部分に触れると一段と庵の腰の動きが増し、強く締めつける。
「ハア…」
抑えた快い喘ぎを溜息にまぜる。
このままでは庵の宣言通り京の方が泣かされそうだ。
京はゆっくりと身を起こし、体位を変えた。
すでに胴に震えを走らせている庵も、欲を満たすほうが先決とばかりおとなしく従う。
開かされた足の角度に目眩を覚えながらも、もはや庵にはどうでもいいことだった。
「京、ぅ、……む」
庵の思考にまとまりがなくなりだしている。
京も時々大きく呼吸することでいつまで最低限の理性を保てるのか。
秒読み段階だ。
動きが再開され、あるときは内臓の深い場所を、あるときは最も感じる部分を自在に突かれて、庵はあさましいしぐさで腰を揺らし喉奥から割れた喘鳴と艶かしい声を同時に吐き出した。
大きく乱れたシーツを、こぼれた粘液が濡らす。
繰り返される欲望の応酬。
庵は激しい行為の結末を一刻も早く迎えようとしながら、引き延ばしたがって、思い通りにいかない理不尽さに喚いた。





行為の後、けろりと京は言ったものだ。
「そういえばゴム持ってきてたのに、つけるの忘れてたな」
「………京」
言うのが遅い。
もっとも、あの状態では庵の方からいらないと言っていたかもしれない。
なぜなら庵も持ち歩いているのに、全然思い出しもしなかったではないか。
不問にするしかない。
先刻のハードな時間を思い出すとゴムの不粋さの方に苛立つのだから現金なものだ。
「せいぜい俺以外とする時は忘れないようにすることだ」
「あんなハードなの、お前以外とするかよ」
と意味深に言ってから京が、ピンクネオンの前を通り過ぎる。
繁華街には本来の灯りが入り、人々の群れも増してきていた。
どこからか流れる流行曲、ヘルスの強引な呼び込み、いつでも賑やかなパチンコ、よくわからない電子音。それらの音が集まってこの場所特有の雰囲気を作る。
反吐が出るほどいかがわしい空間からは欲望の匂いが満ちていた。
そして彼らもさっきまでその一室に存在していた。
おそらくこの界隈の誰よりもハードな行為をしていた。
肉欲の残り香がいまだ身から離れない。
京も庵も目立つ容姿をしている。タイプの違う美形が二人連れで歩いていることであちこちから客引きが声をかけるのも当然だ。
二人とももうこの場所に用はないのでもちろん足も止めずに駅へ。
言わずともそこに向かっている。
切符を買い、改札を過ぎ、見慣れた掲示板へと。
手にとったのはちびた白いチョーク。
『明日も来てくれるだろ? WK』
『同じ部屋をキープしておけよ Y』



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
Hシーンのための話ですね。
待ち合わせ場所をあれこれ考えてみたものの、かなり辻褄が…苦しいですね。






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