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SUPER DARLING




八神庵の人気は、男にも女にも高い。
ライヴごとに贈り物を貰い、誕生日には持ち帰るのに苦労することも珍しくない。
群がる人々に、だが彼はいつも関心を持つことがない。
八神庵の頭に棲まうのは、良くも悪くも草薙京だけなのである。
幾度目かの果し状。
指定した河原。
夕陽に染まる葦。
ぴしりと折目がプレスされたドレスシャツで立つ姿は、紅の髪が景色に融けこんでいる以外、場所に相応しいとはいえないだろう。
京と果たし合いするとき、庵はいつも食事をとらない。一種の禊だが、ボディに一撃をくらった時、不様に吐くことがないようにという意味もある。念を入れて丸一日いっさい口にしない事もある。
待つほかにすることがない庵は、沈みつつある歪んだ太陽を見ていた。
あの太陽のように京が地に沈むことを願い続けている。それを成すのは庵の腕でなくてはいけない。他者が京に勝っても嬉しくはないし、強いジレンマに悩まされる。
庵が目を閉じると、背後にもうひとつの太陽を感じた。
砂利を踏む音。庵のよく知る歩幅。
「黄昏れてるなー、おい」
いつもの学ラン姿だが、カバン類は手にしていない。
「バイクはどうした。学校帰りなのだろう」
「こんな砂利道走らせられるか。
おまえこそ車はどうしたんだよ」
庵の親指が示す先に、侵入防止線前に置かれた車がある。
「俺の車を気にするなど、おかしいんじゃないか」
「送ってもらうんだから気にするさ」
京は誰に送ってもらうと言っているのか、最初庵にはわからなかった。
車を所有するのは庵なのだから、彼に京を送らせるつもりなのだ。
「なぜ俺が貴様と決闘するのに送迎してやらねばならん」
「おまえが河原を指定したから、バイクに乗ってこられなかったんだ。そのくらい当然だろ」
図々しい京の言い種に、庵は掌に炎を喚んだ。
「そうだな。貴様がここで死ねば、バイクで帰る必要もないわけだからな!」
京の出方を窺うように、正面から強打をくりだす。
京は拳を拳で仲裁し、話し合いには近すぎる距離で言った。
「またメシ抜いてきたのか?
そんなへろへろパンチじゃノックダウンできねえぜ!」
開いた腋を狙って京のケリが飛ぶ。
迂闊に腕でガードすれば次は反対側から拳が入るため、庵は身を沈め、京の軸足を狙った。
足払いを避ける余裕が京にはない。身体の力を抜いて受け身をとり、そのまま後方へと転がってすぐに起きあがる。
一連の動作に視力が追いつかないこともしばしばで、経験とカンで補うため、似通った技を使う二人の闘いにはいつも致命打に欠ける。
庵は焦れて、大きく青炎を纏って技を仕掛けた。
走る炎を、草薙の赤々とした炎が迎える。
両者とも積極的な攻撃は得意だ。新たな炎が生まれるたびに河原の一角は明るく照らされ、河砂を焼く。たちまち息は上がっていった。
京の息を読んで、庵が大きくモーションをとる。
危険な技が来ると察した京が、破壊度の高い技を無意識に構えた。
赤と青の炎が、一際大きくぶつかりあう。
青い炎のかけらとなって飛散し、今度は赤い炎の牙が庵を襲った。




身体が揺らされる感覚に庵が目を開けると、すぐに天井があった。
覚えのある匂い。彼の車につけられたかすかな芳香剤と、すすけた香り。
「京…?」
ツーシートの運転席側にいるのは見慣れたシルエット。
太陽の時刻は終わり、流れる景色と空は紫色になっていた。
「目、さめた?」
振り返らないままゆっくりハンドルを切る京。四輪の運転に慣れていないといっても、まったく運転できないわけでもないようだ。
リクライニングを起こそうとした庵だが
「もうすぐ着くから寝てろよ」
という京の言葉に、また身体を横たえた。
失神するほどの強打を受けたためか、起きようとしたとき目眩に襲われたのだった。
「俺は負けたのだったな…」
苦く乾いた言葉。
宿敵と認めた京の前で意識を失った自分に、庵は腹を立てていた。
隣の男にだけは醜態を晒したくないと、意地とプライドと自我の化合物が体内でうねりを増す。
京の前に立つのを己以外に認めない自負が庵を責めたてた。
「殺せ」
激情にうかされた静かな声で、京を殺すと宣言しているようでもある。
住宅街の路肩に車をつけた京が、エンジンを止めた。
草薙家は目前だった。
車内で初めて二人の目が合う。京の黒瞳は普段より、あるいは先刻闘っていたときよりも真剣な光をたたえていた。
「死にたいのか、庵。
だったら俺はおまえを生かすぜ」
「ふざけるな。それとも、俺が生きたいとでも言えば貴様は死ぬのか」
「死ぬ気で闘うのは馬鹿げてるっていうんだよ。
でもお前が生きるつもりで俺に挑んでくるなら、俺も命を賭けてもイイ」
庵の寄りかかる倒れたリクライニングに、身体を捻って京が近づく。
不穏な空気に、シートを起こそうと伸ばした庵の手を、素早く京が遮った。そうするとますます二人の距離は狭まって、京の顔を見上げたまま目線を逸らせない。
やけに長い静寂を破ったのは、京。
「決めろよ。いま、ここで」
「……………」
「お前は俺を、チープなだけのライバルとしか思ってない?」
「……………」
今度は返事が返された。
無言のまま、庵の目が『違う』と強く語っている。
だが、京の問いにはなにひとつ明確に答えない。
そのかわり、庵はシートに身を起こした。
支えを求めて手を彷徨わせると見せて、京の頭に軽く添えると。
唇が唇をふさいでいた。この場に言葉は不要だというように。
濡れた舌が唇を舐め去っていく感覚に、京は我に帰る。
ずっと目を開けていたというのに、京が見た庵の目は閉ざされていて、表情を知ることができないまま彼は顔を背けてしまった。一瞬の出来事を反芻しかけた京の隙をついて、庵はロックを解いて車から降りていた。
「車は返さなくていい」
一切京を見ようとせず背中を向けて歩き出す。
庵の様子に京は彼らしくもない慌てぶりで車を降りて追いかけようとした。
「庵、待てよ!」
追わなくては、追いつけなければ二度と会うことがないのでは。不安に満たされた心臓が大きく撥ねる。
高価な車を置き去りにするほど庵が腹を立てていたとは夢にも思わなかった京の誤算だった。
河原の砂がわずかに戦闘の名残りを伝える腕を捕まえる。
が、京の腕は強く振り払われた。
「庵……ッ」
ピタリと庵の歩みが止まる。
京を振り返らないまま。
「次の決闘は日曜だ」
「え? それじゃ……」
言葉の真意を確かめようと、庵の後ろ姿を食い入るように凝視した。
薄闇では色を判別するのは困難だが、髪からちらりと見える庵の耳朶は、赤味を増しているようだった。
一転して京の気分は明るくなる。
「10時に向かえに行く。
場所は俺が決めて…いいんだろ?」
庵の頷ずく様がぎこちない。
耳朶は一層赤くなっていた。
いま彼の顔を見られたならと京が思ううちに庵は歩みを再開していた。
もう止める必要はない。
良くも悪くも彼の頭には、草薙京のことしかないのだから。
日曜日にはどんな庵を見られるのだろうか。
ボンネットを指先がやさしく撫でた。



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
姉崎はなんだか京に庵を口説かせたい傾向にあるらしいと気づきました。
花束がないから車一台プレゼント。

モドル






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