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君に春を




白い梅の莟に、春の到来を知る。
いままだ固く越冬のために芽鱗に包まれた花芽は、ふっくらとした柔らかい花弁を先端に覗かせていた。
花を飾ることを知らぬ冷たいコンクリの部屋に、一枝置いてやりたくなる。
春だぞ、と。



他人の家の枝を折るのはさすがに不味かろうと自宅の庭を探す。
しかし、莟をつけた枝はひとつもない。
きちんと手を入れているかはともかく、庭木には父親が詳しいはずなので尋ねる。
「なあ、ウチの梅ってまだ咲かねーのか」
「なにを言う。家には梅など一本もないぞ」
「え? あったじゃん。白っぽいの」
京は記憶を探り、白く丸っこい花があると言い張る。
「それはスモモじゃなあ。まだ咲かんぞ」
「桃!?って…ピンクじゃねーの?」
「スモモだと言うとる。こいつは白っぽいのじゃ」
少なくとも梅でないことは判明した。京の肩が力なくうなだれる。
気の毒に思ったのか、父が梅でなくてはいけないのかと問うた。
「だってやっぱ春一番は梅だろ」
「ふうむ…」
髭を撫でながらニヤニヤ笑う父親にも京は気づかない。
ドラ息子のために人肌脱ぐのも悪くないと、父親は笑みを深くした。
「白梅か紅白梅でも良ければ知り合いに頼んでやろう」
もちろん最初から紅白の梅があるわけではなく、白梅に紅梅の枝を接木してやるのだが、京はそんなことさえ知らない。
「え…、マジに?
梅だったらなんでもいいから早く貰ってくれよ!」
「やれやれ。風流を解せぬ奴よ」
ここは息子が梅干しより梅の花に興味を持ったことを、親として喜ぶべきだろうか。
春には妻と梅見に行こうと、京の父親はふいに思うのだった。



固い花芽に、梅特有の香りはまだ仄かに香るばかり。
父の知り合いとやらは二人が考えていたより大量の枝を送ってきた。
接木に凝っているのか紅白梅が多かったが、そんなことは京にはどうでもいい。
白い莟だけがついていると思われる小さな枝だけを引き抜き、家を飛び出した。
一刻も早く、少しでも早く。
春を。
それだけのためにひた走り辿り着いた、男の住むマンション。
気が急いているのか階段を駆けのぼり、あがってしまった息もそのままに扉を開けようとする。
が、据え付けられたドアの錠は、京を拒んだ。
乱暴に叩いても、部屋の中からは反応がない。
「留守かよ…」
花枝を持つ掌から幾分か力が抜ける。
京が突然訪問しても男は大抵この部屋に居座っていたから、この日もそうだとばかり無意識に考えていたが、男には男の日常があり、そこに京の姿はないのだといまさらながら思い出す。
思い通りにいかないディレンマに眉根を寄せて踵を返す。
階段を降りようとした時、見知った気配が軽いフットワークで上がってくるのに気づいた。
「よお」
まだ1階分下にいる赤い頭をのぞきこむ。
予想通り彼は顔を上げ、やはり予想通りに無言で上がってきた。
階段を昇りきって男が姿を現す。メッシュ素材の上下とパーカーはじっとりと汗を含んでいる。
「ジョギトレか」
「…………」
かなりの距離を走ったと見え、寒い季節だというのに邪魔そうにかきあげた赤い髪まで濡れている。白い息は弾み、走行中の恍惚が続いているのか、目線は京を睨みながらも乾いた唇を何度も舐めて誘う。
強引に息を整え、庵は自分の部屋にむかいながら後からついてくるだろう京に問うた。
「…なにしに来た」
我に返り、あらためて左手に握っていた小さな枝を差し出す。
ドアの前まで来て入れてくれない庵に、少々焦れながら。
「やる」
「梅?」
怪訝そうに受け取ってしげしげと見る。
焦茶色の枝にぽつりぽつりとついた白い莟。
「八神にも梅があったが…そういえばこの時期に花が咲くのだったか」
「たくさんあったのか?」
「実を採るためにな。
今度は実を持ってこい。夏には梅酒を馳走してやる」
梅の莟で京が春を連想したように、庵は夏を思い出したらしい。口の端がやわらかく笑んだ。
庵が梅酒を作るというのが意外なようなそうでもないような…だが京は庵に誘われた酒席を断るつもりは毛頭ない。
きっといつもと違う酒の席になるだろう。
そんな淡い期待が京の胸に宿る。
「なあ。梅の実っていつごろなるんだ?」
「梅雨時だ。まったく、貴様の頭は年中春だな」
溜息をついた庵が鍵をはずし部屋に入る。
すぐに京も続き、素早く内側から鍵をしめた。
庵の部屋には、こうして春が訪れる。



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
季節の花…冬には椿、春には梅。なんとなく好き。

モドル






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