「あったー!」
ようやく見つけた! 以前、クラヴィス様がルヴァ様と探したけど見つからなかったって、残念そうに話されていた古い書物。喜ばれる顔が見たくて暇を見つけては、図書館に通ったかいがあったよな。
クラヴィス様に堂々と会いに行く口実にもなるし、俺は、嬉しさを噛みしめながら闇の館へ走った。
闇の守護聖クラヴィス様を初めて見た時、無機質な陶器の人形みたいだって思った。
命が通ってないみたいで、この方の闇に飲み込まれそうで怖かった。
近寄りがたい雰囲気も苦手で、ずっと避けてたんだ。でも、同じ守護聖だし好き嫌いを克服しなきゃって、思い切って挨拶をしてみたら、微笑んで下さったんだ。
淡くて優しい微笑。
俺は、この時初めて気づいたんだ。クラヴィス様が綺麗な方だって事に…
こんなに綺麗な方なのに、どうして気づかなかったのか不思議なくらいだった。雰囲気も柔らかくって、見てるだけでドキドキしてしまった。
この事をオスカー様に話したら「坊やには、まだ早い」って笑われたんだよな。
後で知った。この頃から二人が恋人になったって…
オスカー様がクラヴィス様を人形から命の通った人間に、変えられたんだ。
知った時、涙が出て止まらなかった。俺、クラヴィス様を好きになってた。
失恋して、気づくなんて俺って馬鹿だよな。
オスカー様相手に敵うはずないってわかってるけど…クラヴィス様が好きな気持ちは、止められない。
「こんにちは! クラヴィス様!」
「ランディか。どうした?」
「以前お探しになっていた書物が、見つかったんです! それで、お届けに来ました!」
自室の寝椅子でくつろいでいたクラヴィス様がゆっくりと半身を起こす。
「わざわざ、すまぬ」
「いえ、お気になさらないで下さい!偶然見つかっただけですから!」
本当の事を言うのが気恥ずかしくて、思わず出た嘘だったけど、俺を上から下まで眺めて、クラヴィス様がクスクスと笑われる。何でだろう?
「その割には、髪や服が埃を被っているが?」
「あっ! それは、その…」
しまった!書物は、滅多に人の入らない奥の奥に埃にまみれてあったから、俺まで埃を被る羽目になったんだよな。
「感謝する。ありがとう、ランディ」
クラヴィス様の優しい微笑み。その微笑だけで頑張って、探して良かったって思える。俺は、照れくさくて頭を掻いた。
「ランディ…まだ、髪に付いている。ここに来い」
「はっ…はい!」
俺がクラヴィス様の寝椅子の横に膝をつくと、白くて長い指が、俺の髪に触れた。
目の前でゆったりとした襟から、クラヴィス様の胸元が見え隠れしている。
目が離せない…心臓が爆発しそうな勢いで速くなる。
「さあ、これでよかろう」
指が離れていくのが寂しくて、引き止めたくなる。
心臓は、まだ落ち着かない。
俺の目の前で無防備に微笑まないでください。
「おまえに礼をしなければな。何が欲しい?」
「本当に…いいんですか?」
突然、浮かんだ邪な提案。嫌われるかもしれない…でも…
「あなたの…唇を」
返事が返される前に、唇に触れた。拒絶の言葉なんか聞きたくなったから。
クラヴィス様が身体を捻って逃げようとするのを、上から押さえ込み身動きをとれなくした。深く唇を貪りながら、逃げる舌を強引に絡めて吸い上げる。息苦しさに、掴んだ俺の腕をかきむしるまで。
俺は、唇を離すと、俺を見上げるクラヴィス様を見つめた。
余程息苦しかったんだろうな。瞳が潤んでいる…濡れた唇がすごく色っぽい…このままじゃすごくやばい!理性がー!慌てて身体を離した。
「あなたが好きなんです! だから俺に隙を見せないで下さい! あなたから見たら子供でしょうけど、いつまでも子供じゃないんです!」
「…ランディ」
少し掠れた声で、クラヴィス様が呆然と俺の名を呼んだ。
その後、言葉が続かない。余程驚かせちゃったかな…無理もないよな…飼い犬に手を噛まれるって言葉があるけど、そんな気持ちなんだろうな。
不意に、肩を乱暴につかまれた。
反射的に振り向くとオスカー様が、剣呑な表情で見つめている。
「坊や、俺のクラヴィス様に何の用事だ? 用が終わったらさっさと帰れ。子供の時間は、終わりだ」
オスカー様の「坊や」「子供」扱いは、今に始まった事じゃないけど悔しい! 俺だってクラヴィス様が好きなんだ!
「今の俺は、オスカー様に足元にも及びません。わかってますけど…それでも俺、クラヴィス様が好きです!」
「坊やのくせに言うじゃないか。その趣味の高さは、褒めてやろう。だがな、恋愛は、一人じゃできないぜ?」
きっと、気づいてたんだ…俺の告白にもオスカー様は、動じない。
クラヴィス様が心変わりしないって、自信があるから。でも、人の心は、変わる事だってある!
百万分の一でも可能性があるなら、俺は、諦めない!
「わかってます!だから」
俺は、クラヴィス様を振り返る。
「俺が自分に自信を持てた時、口説いてかまいませんか?」
クラヴィス様は、オスカー様をちらりと見た後、俺に頷いてくれた。
「おまえの好きにしろ」
「はい! その時は、よろしくお願いします!」
クラヴィス様がOKしてくれたって事は、可能性はゼロじゃないんだ!
嬉しさで一杯でお二人に会釈すると、そのまま部屋を出た。
+ + +
「あいつは、何をお願いするのやら。期待を持たせるような言葉は、酷過ぎませんか? はっきりと言ってやった方が、坊やの為だと思いますが?」
「口説かれてみなければ、わからぬかも知れぬぞ?」
クラヴィス様が意地悪く笑みを浮かべる。
あなたまで俺を挑発して、どうするんですか!
「まさか、本気であんな坊やを相手にする気ですか?」
「もう、その呼び名も変える時期だな」
「俺から言わせれば、まだまだですよ」
「楽しみな事だ」
クラヴィス様は、実に楽しそうだ。恋人の目の前で、そんなに嬉しそうな顔を見せるのは、反則ですよ。
「クラヴィス様…」
隣に座るとその肩を抱き寄せた。クラヴィス様が俺の肩に頭をもたれさせる。
「あいつが俺と対等に張り合えるその日まで、あなたにもっと愛してもらえるように、努力する事にします」
「せいぜい励む事だ」
唇を合わせようとして、濡れている事に気付き動きを止める。クラヴィス様が、微かに微笑んだ。
確かにもう、坊やとは、呼べない。俺を睨みつけた目の奥に「雄」を感じさせる視線の強さ。
まったく、やってくれる。あいつが俺に挑んでくるのは、そう遠い先ではないだろう。
だが、負ける気もない。
この方をやすやすと俺から奪えると思うなよ。
「あなたを誰にも渡さない」
俺は、クラヴィス様に口づけた。
+ + +
無理矢理キスしちゃった俺を受け止めてくれたクラヴィス様。
嬉しさを噛みしめながら走った。
あの時、クラヴィス様が駄目だって言っても…自分の気持ちにケリをつけられなかったと思う。
きっとあの方は、わかってたから、俺にチャンスを下さったんだ。
一生懸命口説いても駄目だった時は、きっぱりと諦めよう。
明日からもっと鍛えて、オスカー様に追いつけるように頑張るぞ!
END