恋と愛


 あの方には、到底似合いそうになかった真昼の公園。
 太陽の日差しの下で穏やかに微笑み、時には微かに笑い声さえ上げている。
 誰もが魅了された冷えた美貌、誰もが解かせなかった氷の心。
 あの男だけが、豊かな表情を穏やかな笑みをもたらした。
 一体どんな言葉でどんな行動で、あの方を口説き落としたのか。

 不意にヴィクトールの視線が俺を真っ直ぐに捕らえた。
 死角に上手く隠れているつもりだったが、気付くとはさすがに将軍だな。
 軽く会釈をするヴィクトールに片手を挙げ挨拶を返す。
 隣のクラヴィス様もつられるように、俺を見る。が、認めると納得されたのかすぐに元へと帰ってゆく。
 ヴィクトールとの邪魔をされたくないとの無言の抗議か?
 しかし、ちょうどいい機会だ。邪魔しに行くとするか。
 二人の座るベンチへと向った。

「こんにちは。クラヴィス様」
「…ああ」

 クラヴィス様は、先程までの表情を無表情の仮面に隠してしまう。
 今更隠したところで、この公園にいる誰もがあなたを見ていましたよ。
 もはや、あなたが無愛想で怖いなどと印象をもつ者は、いないでしょう。
 あなたにとって誰が特別なのか分からぬ者もいないようにね。
 次いで、その特別な男。ヴィクトールに声を掛けた。

「よお! お邪魔かな?」
「こんにちは、オスカー様。邪魔などとんでもありませんよ。今日はお一人ですか?」
「たまには、一人の時間を持つ事も大切さ。尤も、この時間が寂しくなれば、熱い秋波を送るレディに慰めて貰うがな」

 俺の軽口をヴィクトールは、可笑しそうに笑うがクラヴィス様は、呆れたようにため息を洩らす。

「ところで、おまえさんに訊いてみたい事があったんだが。いいか?」
「俺にですか? お答えできる範囲であれば」
「麗人の口説き方なんだが」

 以前からの興味、好奇心を満たすべくヴィクトールに問い掛ける。余程俺の質問が意外だったのか、一瞬絶句する。

「そういった事は、あなたの方が詳しいのではありませんか? 俺なんぞにお訊きにならなくても」
「その通り! 確かにその手の事は、自信があったんだがな。俺でも成しえなかった事を成し遂げたおまえさんに、ぜひともご教授願いたい。氷の心の解かし方ってやつをな」

 ヴィクトールは、俺の言わんとする事を察すると苦笑する。クラヴィス様は、理解されていないらしく、眉をひそめ俺とヴィクトールを交互に見た。

「…おまえ達の話はわからぬが、私がいて具合が悪ければ席を外すが?」
「それには及びません。あなたに関連することですから」
「私にか? 益々わからぬな」

 人の気持ちに聡いこの方も自分の事となると案外鈍いんだな。

「口説き方などと言っていたではないか? やはり席を外しておこう。話し終えたら呼んでくれ」

 クラヴィス様は立ち上がるとヴィクトールに微笑み、俺には「ゆっくりでかまわぬぞ」と声を掛け、噴水の方へと歩かれて行く。

 俺は、ベンチに座ると改めてヴィクトールを見た。

「すまないな。せっかくのデートを邪魔したか?」
「お構いなく。時間はゆっくりとありますから」

 全く気にする素振りもなくヴィクトールは、穏やかだ。だが、ふと気になった事を確認してみた。

「しかしなあ。クラヴィス様はひょっとして気分を害されたのではないか? ご自分の口説かれ方と気付かれなかったようだし…後で揉めないか?」
「あの人は、ご自分の事になると疎い所がありますからね。ですが、ご心配に及びません。この程度の事で喧嘩なんぞになりませんから」

 俺の指摘に、ヴィクトールは苦笑を浮かべるがどこか余裕を感じさせる。
 惚れられている強みってやつか? この程度とは、言ってくれるぜ。

「信用されているんだな」
「それが愛情の基本だと思っています。お互いを信用や信頼出来ない愛は、長続きしないと。俺の持論ですがね」

 ヴィクトールは、頭を掻き照れくさそうに話す。
 要するに自分達は、大丈夫って事か。信用に信頼、俺は相手に求めた事などなかった。

「尤もな意見だ。そう考えると俺の恋が長続きしない理由が明白だな」
「それは、あなたに本気で恋をしていないせいでしょう?」
「そうか? 誰かを好きになるたびに、本気のつもりなんだが」

 俺の言葉にヴィクトールが表情を微妙に崩す。まるで、できの悪い生徒を見守る教師ってやつか?

「恋が愛に変われば、自然と求めてしまいまうものです。相手を信じない事には、愛が嘘になってしまう」

 愛が嘘か…恋心を求めても、その時に、俺を好きになってくれればいいと思っていた。
 ヴィクトールとクラヴィス様の姿を見ていると、静かにゆるやかに育てながら築いている愛って感じだ。これが本当の恋ってやつなのだろうか。

「おまえと話していると、自分がガキのように思えるな」

 さて本題に入るとするか。しかし、その前にあれを言っておいた方がいいだろう。野次馬よろしく聞くだけでってのも気が引けるし、卑怯かもしれない。
 それに話したところで、彼は気にも止めないだろう。少々躊躇ったが過去の失恋を交えつつ本題を問いかけた。

「おまえさんの前で言うのも気が引けるが、実はな、俺もクラヴィス様を口説こうとした事があった。結果はわかるだろう? おまえは、どんな言葉を使ったんだ?」
「ありふれた言葉に過ぎません。ごく普通に『愛しています』と」

 案の定、ヴィクトールは俺の告白に一瞬たりとも驚かなかったし、警戒する素振りもない。そういうこともあるかと納得した感じかな?

 俺を問い詰める事もなく、質問だけに返答する。その当時を思い出したのか懐かしむような瞳の色を浮かべながら。

「あの人に、『私には無用のもの、そのような想いは邪魔だ』とはっきりと拒否されましたがね」
「俺も似た事を言われた。最初のうちは長期戦でいこうと構えていたんだが、毎回拒絶されることに疲れた。そのうちに諦めてしまったな」

 あの頃を思い出すと苦笑を禁じえない。俺に口説かれれば、落ちない相手がいないと信じていたからな。恋の一方通行ほど寂しくてやり切れないものなんてない。同じ想いを返して欲しいと願うのは誰もが同じだろう。

 俺の心の内を読んだかのようにヴィクトールは、噴水の傍に佇むクラヴィス様を見つめながらゆっくりと話し出した。

「俺が愛しているからと言って、あの人に同じ想いを抱いて欲しいなぞ恐れ多い事を考えませんでした。自分よがりですが、ただ気持ちを伝えたかっただけです」
「気持ちを伝えるだけで満足だったのか? あの方を欲しいと思わなかったなんて事はないだろう?」

 俺の意地の悪い質問にヴィクトールは、静かに首を振る。

「本当に気持ちを知って欲しかっただけですよ。共に生きる事も出来ない俺が、愛される資格もないと思っていましたから。黙って見つめていればよかったのに、伝えてしまったのは、心の何処かで俺を意識して欲しいと思っていたのでしょう。愛して欲しいと望まなかったのですが、忘れられたくは…なかった」

 忘れられたくなかった…か。ある意味、愛されない事よりも忘れ去られる事の方がつらいよな。どんな形であれ、自分を焼きつけたいって気持ちならわかる。
 クラヴィス様に視線を向けると、幼い子供に誘われたのか遊び相手をしていた。以前なら考えられない微笑ましい光景が目に入る。
 ここまであの方を変えてしまうとは、恋人の影響力の強さはすごいと心底感嘆するぞ。

「なあ、いつクラヴィス様と相思相愛になったんだ?」
「さあ…いつなんでしょうね。気付けば共にいる事が当たり前になっていました。愛していますと告げれれば、微笑まれるようになっていましたから。いつからと敢えて俺も聞きませんでしたし、自然とこうなっていましたね。俺に根負けされたのかもしれませんが」

 恋人の光景を楽しそうに眺めながら話すヴィクトール。
 拒絶されても傍に居続けた事が勝利の要因か? 俺も諦めなければ…嫌、そうじゃないな。俺にはないこの男の懐の深さだからこそ、クラヴィス様を包み込めたのだろう。暖かい日差しに徐々に雪が溶けるように、自然と心を委ねたのか。
 不意に二人の視線が互いを捕らえ笑みを交わす。誰にも立ち入れない聖域のように空気が清涼で温かなものに変化した。

 潮時を感じ、俺は立ち上がる。

「では、そろそろお邪魔虫は退散するとしよう。これ以上ここにいれば、馬に蹴られちまう。色々と聞いて悪かったな」
「いえ。とんでもありません。お気遣いなく」

 ヴィクトールに別れを言うとベンチを後にする。
 話しが終った事に気付いたクラヴィス様も、子供と別れ向って来た。擦れ違う際「お幸せに」と小声で告げる。

 驚いたように一瞬立ち止まるクラヴィス様。

「これ以上、どうすれば幸せになると?」

 クスクスと笑う綺麗な笑顔に、少しだけ胸の痛みを感じた。過去の失恋が甦ったかな。
 あの頃は、あの頃なりに本当に好きでしたよ。途中で挫折する程度の想いでしかなかったとしても…
 いつかは、この痛みも浄化されるだろう。
 俺が本気の恋を見つけた時に。


END



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