「クラヴィス様だ!」「クラヴィス様!お久しぶりです!」 ルヴァの客室を開けた途端に周囲から飛び交う声、駆け寄ってくる足音。
「お身体は大丈夫ですか?」 「目の調子は?良くなられましたか?」 年少者達に同時に問われ、苦笑をしてしまう。
「ランディ、マルセル…クラヴィスは、一度に答えられませんよ?質問は、後にしましょうね」
静かな口調でルヴァが諌めると『ごめんなさい。また後でお聞きしますね』と素直に謝罪し駆け戻っていく。
「クラヴィス、ようこそ。ジュリアス、よく連れて来てくれましたね」
「これの元気な顔を、皆も見たがっていたからな」
会いたがっているか…私を連れ出す詭弁かとも思ったが、心配してくれていた事は事実なのだな。心配げな声や私をいたわる口調に偽りはなかった。
不意に肩を軽く叩かれ、その方向へ顔を向ける。
「わ・た・し。あんたってば、見るたびに顔色が良くなっていくわね。ジュリアスのおかげかな?」
オリヴィエの明るい声に苦笑を洩らす。自分の顔色を見ることはできぬが、確かに身体のだるさは薄れている。
おそらく、ジュリアスに合わせた規則的な生活をしている為だろう。
「似合わぬ生活を強要されているからな」
「健康そのものってやつ?」 「そなたが不規則過ぎたのだ。今のうちにこの生活習を身につけさせるからな」
私が答える前に横から口を挟むジュリアス…その力強い口調に先が思いやられ、ため息がでる。 「無理に変えずとも…私に支障はないのだが…」
「どこが支障ないのだ?すぐに体調を崩し、倒れそうになるではないか!何度ヒヤリとしたことか…」
「おまえの前では、大変な虚弱体質のようではないか。そこまで…弱くないつもりなのだが…」
私のぽつりと呟いた言葉に、オリヴィエが可笑しそうに笑い声を上げる。
「あんた達!親密度大幅アップじゃない?ジュリアスが世話をするって聞いた時、どうなるかと思ったけど上手くやってるじゃない」
上手くやっているとは思うが…親密度?オリヴィエの発想は理解できぬ。
「準備ができたようだな。行くぞ」
ジュリアスの声と同時に肩を抱かれ、テーブルへと導かれる。
普段の食事会では、向かいに席をとるジュリアスだが今日は、私の世話をするために隣に座っていた。
運ばれてきた食事の説明をしながら一口サイズに切っては、私の手に料理付きのフォークを持たせる。
私が咀嚼を終える頃には、フォークに新しいものを付けられるのだから、世話をしながらのわりに食すスピードが速いのであろう…
私がスープやコーヒーを求め、手を浮遊させれば『ここだ』と言わんばかりに、すかさず手を添えて場所を示す。
相変わらず行動が素早い……ジュリアスは、料理を見ながらでなく、私を見ながら食しているのか…
食事を始めてから静まり返った室内…視線の集中を感じる。 息を詰めて見ているような……
今まで食事中の我らを見たのは、ルヴァとリュミエールだけゆえ、他の者が驚くのも無理はない。
ジュリアスの世話振りに…さぞや呆れているのだろうが…
そのうちに慣れるであろう…私のように…ルヴァやリュミエールのように……
「あんた達……いつもそうなの?」 「何がだ?」
意を決したかのようにオリヴィエが問い掛けるが、ジュリアスは周囲の戸惑いに気付いていないようだ。
「その仲睦まじさよ!」 「仲睦まじいではなく、必要な事を成しているだけだ」 当然の如く答えるジュリアス。
「リュミエールも大概世話焼きだけど、ジュリアスってその上をいくわね」 深くため息を吐きながら、オリヴィエが呟いた。同感だ…
食事の後、部屋を移動してソファーでくつろぐ。 隣には、ジュリアスがいるが…私がコーヒーカップを手に取る度、その手が添えられる相変わらずの過保護ぶりだ。
「あまり食が進まなかったようだな。昨夜から殆ど食べておらぬのに…このような事では、体調が戻らぬぞ」
「仕方なかろう…空腹を感じぬのだから。体調は、心配に及ばぬ」
「お食事をなされなかったのですか?何処かお加減が?」
心配げなリュミエールの声。ジュリアスがいるのにも関わらず食事を抜かした事が、更に杞憂を抱かせたようだ。
「大事ない。ジュリアスが大袈裟なだけだ」
「浴室でも倒れかけたでないか?先程も…」 「…たんなる湯あたりだ。心配するなと言うに…」
昨夜の事は、思い出したくない。変に焦った自分が情けないではないか…
「湯あたり?危ないじゃない!怪我しなかった?」 「私が傍にいて、そのような事があるはずなかろう」
オリヴィエの問い掛けに、ジュリアスが憮然としたように答える。 問われてるのは、私なのだがな…
「…傍…って?……一緒にお風呂に入ってる…とか?」
「いや、入浴するのはクラヴィスだけだ。私は、怪我をせぬように監視している」
「じゃあ…その間ジュリアスってば!クラヴィスの裸を見てるわけ!?」
オリヴィエの尤もな指摘に、何人かがむせ返ったのか、苦しそうに咳き込む声が……
それでもジュリアスは、周囲に気付かぬのか平然としている。
「そなた…入浴するのに服を着ているのか?」
「そりゃ、脱ぐけどさ…ねぇクラヴィス…見られてるのって照れない?」 オリヴィエ…私にその話題を振るな…
「…慣れるものだ」
その後もジュリアスの世話ぶりを中心に、にぎやかな会話が続く。
人数が多くともさすがに守護聖だからか、馬車を降りた時のような気分の不快さはない。
それにしても…他の者は…ソリテアの影響は完全に消え去っているようだ……
何故…いまだに……私にだけ影響しているのか… ソリテアを深く取り込みすぎたのであろうか……
このまま…見えぬ生活が続くのか…それでもかまわぬが……
このような気持ちをジュリアスが知れば…怒り狂うであろうな……
黙り込む私を心配してか、ジュリアスが肩を抱き寄せる。 「疲れたのか?気分が悪ければすぐに申せ」
「いや…大丈夫だ」 「ならばよいが…無理はするな」
いたわるように私の髪を、そっと撫でる優しい手の感触が心地よい。
瞳を閉じると身体の力を抜き、ジュリアスにもたれるように寄りかかった。 「…わかっている」
やはり…疲れていたのか…眠気が襲う…皆の声が徐々に遠のいていく…
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