「クラヴィス様だ!」 「お久しぶりです! お元気ですか!?」
ルヴァの客室を開けた途端に周囲から飛び交う声、駆け寄ってくる足音。
「お身体は大丈夫ですか?」 「目の調子は? 良くなられましたか?」
年少者達に同時に問われ、苦笑をしてしまう。相変わらず元気なことだ。
「ランディ、マルセル。クラヴィスが疲れますから後にしましょう。時間は、たくさんありますから慌てないで」 「ごめんなさい、お気遣いできなくて」 「僕達もお手伝いしてるので後程伺いますね」
静かな口調でルヴァが諌めると彼らは、素直に謝罪し駆け戻っていく。
「では、改めて。クラヴィス、ようこそ。ジュリアスもよく連れて来てくれましたね。感謝します」
「これの元気な顔を皆も見たがっていたからな」 「子供達は、騒がしくなると申し訳ないと思っているようでお見舞いを遠慮していますからね」 「多少騒がしい方が気晴らしになる時もあるゆえ、気遣いなどいらぬのだが」
皆が会いたがっていると聞かされ連れ出す詭弁かとも思ったが、心配してくれていた事は事実なのだな。心配げな声や私をいたわる口調に偽りはなかった。しかし、二人の会話は、人から情を向けられる事に慣れていない私に居心地の悪さを感じさせる。
不意に肩を軽く叩かれ、その方向へ顔を向けた。
「わ・た・し。あんたってば、見るたびに顔色が良くなっていくわね。ジュリアスのおかげかな?」
オリヴィエの明るい声に苦笑を洩らす。自分の顔色を見ることはできぬが、確かに身体のだるさは薄れている。
おそらく、ジュリアスに合わせた規則的な生活をしている為だろう。
「似合わぬ生活を強要されているからな」
「健康そのものってやつ?」 「そなたが不規則過ぎたのだ。今のうちにこの生活習を身につけさせるからな」
私が答える前に横から口を挟むジュリアス。その力強い口調に先が思いやられため息がでる。
「無理に変えずとも私に支障はないのだが」
「どこが支障ないのだ? すぐに体調を崩し倒れそうになるではないか! 何度ヒヤリとしたことか」
「おまえの前では、大変な虚弱体質のようではないか。確かにそのような事実はあったが、おまえに心配もさせたが……今の状況では弁解も空しいものになるか……」
私のぽつりと呟いた言葉に、オリヴィエが可笑しそうに笑い声を上げる。
「あんた達! 親密度大幅アップじゃない? ジュリアスが世話をするって聞いた時、どうなるかと思ったけど上手くやってるじゃない」
思った以上に上手くやっている方とは思うが。親密度とはどのような意味で捉えればよいのか。
オリヴィエの発想は理解できぬ。
「準備ができたようだな。行くぞ」
ジュリアスの声と同時に肩を抱かれ、テーブルへと導かれる。
通常の食事会では、向かいに席をとるのだが今回は私の世話をするためにだろう隣合っていた。
ジュリアスは、運ばれてきた料理内容を説明をしながら私の手に食べやすい大きさに切った肉や魚付きのフォークを持たせる。
咀嚼を終える頃には、新しいものを手渡される。
スープやコーヒーを求め手を浮遊させれば、すかさず手を添えて場所を示す。
相変わらず行動が素早い。ジュリアスは、料理でなく私を見ながら食しているのか?
食事を始めてから静まり返った室内、息を詰めて見ているような視線の集中を感じる。
今まで食事中の我らを見たのは、ルヴァとリュミエールだけゆえ他の者が驚くのも無理はない。
ジュリアスの世話振りにさぞや呆れているのだろう。
そのうちに慣れるであろうが。ルヴァやリュミエールのように……私のように。
「―― あんた達いつもそうなの?」 「何がだ?」
意を決したかのようにオリヴィエが問い掛けるが、ジュリアスは周囲の戸惑いに気付いていないようだ。
「その仲睦まじさよ!」 「仲睦まじいではなく、必要な事を成しているだけだ」
当然の如く答えるジュリアス。
「リュミエールも大概世話焼きだけど、ジュリアスってその上をいくわね」
深くため息を吐きながら、オリヴィエが呟いた。全く同感だ。
奇妙な空気が漂った食事会を終えると部屋を移動してソファーでくつろいだ。当然のように隣にジュリアスがいる。私がコーヒーカップを手に取ろうとする度、手が添えられる相変わらずの世話ぶり。 嫌な訳でないが、これは過保護と呼ばぬか?
「あまり食が進まなかったようだな。昨夜から殆ど食べておらぬのにこれでは体調が戻らぬぞ」
「仕方なかろう。空腹を感じぬのだから。体調は、今のところ心配に及ばぬ」
食事自体に不満はなかったのだが、大勢に見られる羞恥の為か食欲を感じなかったのだ。
「昨夜何かおありに? 何処かお加減が優れませんか?」
心配げなリュミエールの声。ジュリアスがいるのにも関わらず食事を抜かした事が更に杞憂を抱かせたようだ。
「大事ない。ジュリアスが大袈裟なだけだ」
「浴室で倒れかけたでないか? 先程も」 「たんなる湯あたりだ! 心配するなと言うに」
納得できない様子で続けようとするジュリアスの声を遮った。 昨夜の事は、思い出したくない。変に焦った自分が情けないではないか。
「湯あたりって 危ないじゃない! 怪我しなかった?」 「私が傍にいてそのような事があるはずなかろう」
オリヴィエの問い掛けに、即座にジュリアスが憮然としたように答える。 問われてるのは、私なのだがな。
「―― 傍…って?……一緒にお風呂に入ってる……とか?」
「いや、入浴するのはクラヴィスだけだ。私は、怪我をせぬように監視している」
「じゃあ、その間ジュリアスってば、クラヴィスの裸を見てるわけ!?」
オリヴィエの尤もな指摘に何人かがむせ返ったようだ。苦しそうに咳き込んでいる……私も含めて。
それでもジュリアスは、周囲に気付かぬのか平然としている。
「そなたは、入浴するのに服を着ているのか?」
「そりゃ、脱ぐけどさ。ねぇクラヴィス、見られてるのって照れない?」 「―― 慣れるものだ」
この話題から避けようと簡潔に返答したがオリヴィエの追求が続く。
「そりゃそうだよね。毎晩の事なんだから当たり前の感覚になっちゃうんだ。でもさ、男同士や長い付き合いでも片方だけが裸って変な感じじゃない? これが両方共裸でも困っちゃうような……温泉なら気にならないんだけどね」 「何故温泉ならよいのだ? 湯につかる行為に変わりないではないか? そなたの感覚は、理解不能だな」
ジュリアスの言葉は、尤もだ。だが、視線を感じながらの入浴は……確かに妙だと思うぞ。
その後もジュリアスの世話ぶりを中心に、にぎやかな会話が続く。人数が多くともさすがに守護聖だからか、馬車を降りた時のような気分の不快さはない。
それにしても……他の者は、ソリテアの影響が完全に消え去っているようだな。
何故いまだ、私にだけ影響しているのか? ソリテアを深く取り込みすぎたのであろうか?
このまま見えぬ生活が続くのか? 覚悟はしていてが現実となった時、どのような気持ちになるのだろう。
黙り込む私を心配してか、ジュリアスが肩を抱き寄せる。
「疲れたか? 気分が悪ければすぐに申せ」
「いや、大丈夫だ」 「ならばよいが、無理をするな」 「わかっている」
いたわるように私の髪をそっと撫でる優しい手の感触が心地よい。瞳を閉じ身体の力を抜き、ジュリアスにもたれるように寄りかかった。
やはり疲れていたのか、眠気が襲う。徐々に皆の声が遠のいていった。
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