「クラヴィス!クラヴィス!」
すぐ傍で聞こえる声が鬱陶しい。気持ちよい昼寝を邪魔するとは…
寝椅子のクッションに顔を伏せたままボソリと呟く。
「……煩い」
「煩いではない!執務中に寝るなと何度言わせる!?」
寝ていても起すなと私も何度も言ったはずだ。
ジュリアスは、身体を揺さぶりあくまで寝かせてくれぬ。
それに、醒めてしまうと二度寝も出来そうにない。
「どうせ起すなら静かに起せぬのか…耳元で喚くな」
寝椅子に片肘を置き、もう片方の手で乱れた髪をかき上げながら、仕方なく身体を起こした。
「最初のうち控えめに声を掛けたが…起きなかったのは、そなたであろう!」
「だから、喚くなと言うに…」
立ち上がり益々渋面を作るジュリアスを上目遣いに睨みつける。
「怒らせているのは、そなただ。自覚しているのか?」
「私の態度など今に始まった事でなし…己の感情を人のせいにするな」
私が悪いと知った上で正論を言ってみた。
安眠を邪魔したからには、この程度の意地の悪い台詞くらい、言わせてもらわねばな。
ジュリアスは、一瞬言葉に詰まったがすぐに不快げに眉を寄せる。
「…確かに、昔から私を怒らせるのが得意であったな…楽しいか?」
「昔から勝手に怒るのは、おまえであろう。楽しいか?と問われれば、楽しいと答えるしかないな」
これは、本心。
ジュリアスの一つ一つの反応が、予測を外さず面白い。
たまには、驚かせて欲しいものだ。
「性格の悪い…昔は、もう少し可愛げがあったのに」
「そのような大昔の事を持ち出されても…忘れた」
予定通りの会話展開では、口で負けぬ。
不意にジュリアスがニヤリと笑みを浮かべた。
「そうそう。大事な事を忘れていた。私の腕の中で鳴くそなたは、可愛いと思うぞ」
予想外の言葉の不意打ちに、ピクリとこめかみが引き攣る。
今ここで言う事ではなかろう…思っていても当人に言うな!
自分の醜態など思い出したくもないものを!
だが、表面上は、無表情を押し通す。
「…公私混同をするなど首座殿らしくない。私に言い負かされるのが余程悔しいと見える」
「公私混同は、そなたもであろう?夜に泣かされるからと昼間に逆襲しているではないか」
おまえは、一々泣くと言うな!
私とて望んであのような痴態を晒していない。
男として…同性に抱かれる違和感がいまだ拭えぬのだから。
それ故、夜のツケを払わせているつもりは…多少ある。
第一、泣きたくて泣いているわけでないぞ。
「…自分の意志で泣いているわけでないのだが?」
「そなたの理論を使えば、泣くのも己の意思であろう?私が泣かすつもりでも自己制御して、我慢すればよかろう」
「生理的なものまで、自己制御できるものか!」
ジュリアスの勝ち誇った表情が忌々しくて、思わず大声をあげてしまった。
幾度経験しても慣れぬ貫かれた瞬間の苦痛に泣き、快感に変化すれば今度は、よがり鳴く。
おまえにしがみつき、名を呼び、女性のように嬌声を吐くなど本来なら自分を許せぬ。
いつもなら私のペースで進む会話の主導権を奪われたのも悔しい。
子供じみた売り言葉が、口をつく。
「わかった。自己制御する為に、おまえと寝るのをやめる。これでよかろう?」
「ほう…弱気だな。耐える自信がないか?」
ジュリアスは、出来るはずもなかろうと言わんばかりに、余裕の笑みを見せる。
初めての時、声を出す事も反応する事も憚られ我慢もしたものの、すぐに露頭に終った過去がよぎった。
最も忘れたい最悪の醜態…おまえだってわかっているくせに!
「…おまえとは、今日で終わりだ」
ここまで言うつもりはなかったが、つい腹立ち紛れに別れを切り出す。
「簡単に終われると思うな。私があっさり引き下がるとでも?」
ジュリアスは、すっと目を細めると真顔になり、寝椅子に片膝を乗せ視線を合わせて来た。
「おまえの事情など知らぬ」
「クラヴィス…本気で言っているのか?」
「…知らぬ」
別れるつもりはないのだ…罰の悪さに視線を泳がせ顔を背けたが、顎を捕まれ強引に瞳を覗き込まれる。
「私を愛していないと言い切るなら、未練がましい事を言わぬ。はっきりとそう告げろ」
そのような事を言えるはずなかろう。
視線を俯かせ唇を噛みしめた。
自分が許せぬ行為でも、おまえだから…全てを許すのだ。
情けなくなるような醜態もおまえだから、見せている。
おまえを愛しているから…
しかし、別れを訂正する前にこれだけは、釘をさしておかねば。
「私の前で…昼間に限ってもよいが、二度と夜のことを言うな」
理由は、言わずともわかってくれるだろう。
「わかった。では、そなたも別れると二度と…本心以外で口に出すな。出来れば聞きたくない台詞だが…」
苦笑を滲ませたジュリアスに笑みが零れる。
そうだな…私も言いたくも聞きたくもない。
嫌な台詞をぶつけてすまなかった。
相手を失う事を恐れる気持ちは、私の方が強いかもしれぬのに。
愛しているから…失えぬ。失いたくない。
訂正も謝罪も『愛している』の言葉も口に出さねばならぬのに、いざとなると…言えぬものだ。意地になっているのか…
自分の不甲斐なさにため息を吐き視線を上げると、私の心の声に応えるかのように、ジュリアスが優しい微笑を見せ囁く。
「クラヴィス…愛している」
言葉に出さずとも理解してくれるのは、ありがたいが…おまえは、私を甘やかせ過ぎだ。否、私が甘えているのか。
悪態をついても、いつでも許される事に。
「愛している。クラヴィス」
再度ジュリアスが甘く囁いた。
おまえの『愛してる』が心に染み渡る。妙に意地を張っているような自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
だから、素直に口に出す。
「別れると二度と言わぬ。すまなかった。ジュリアス…愛してる」
両手でジュリアスの首を抱き引き寄せ、許しを請うように自ら口づけた。
力強く抱きしめてくる腕が…激しさを増す口づけが…全てを水に流してくれる。
心の中で幾度も告げよう。
『愛している』
END