同時にサクリアを失い新たな生を共に生きる。二人は、どれほど奇蹟を待ち望んだことだろう。
現実を目の前にして、運命を受け入れるクラヴィスと違いジュリアスの憤りは、止まる事が出来ない。
「私は、そなたを失いたくない! 誰よりも大切なのだ! そなたのいないこれからをどうすればいいのだ…」
「これが現実…受け入れろ。おまえならば私がいなくとも大丈夫だと信じている。それに私にとっては、おまえだけが私の光の守護聖…唯一の片翼。それで良しとしろ…不満か?」 「そなたにとっては、私一人か……」
クラヴィスは、胸元に掛かる黄金の髪を一房手に取ると愛しげに唇を寄せた。ジュリアスが幾人の闇の守護聖と出会ったしても、これからも自分が特別な位置を占め続けるのと同じように、クラヴィスにとって片翼とは、彼意外にいないのだから。 ジュリアスは、納得したように大きく頷いた。
「いつまでも心の片隅には…きっとそなたの場所がある。私にとって最も忘れ得ぬ存在として生き続けるであろう」
「ああ…私も先程約束できぬと言ったが、完全に忘れることはできぬだろうな…おまえほど口喧しい者など早々いまい」
過去の諍いを思い出したのかクラヴィスは、笑いを噛み殺す。
「クラヴィス…忘れぬとは、そのような理由か? 違うであろう?」
ジュリアスは、細い顎に手を掛けると自分の方へと向けさせ唇を近付けた。しかし、触れ合う直前にクラヴィスの指で制止を余儀なくさせられる。
「口づけさえ許可してくれぬのか?」 「思い出を作らぬと言ったであろう?」
口づけたなら互いの歯止めが効かなくなり、最後の一線まで越えてしまう恐れをクラヴィスを抱いた。その危惧をジュリアスも気付き苦笑を浮かべながら諦める。
「ならば朝まで共にこうしていよう。せめてそなたの体温を間近に感じていたい」
「…よかろう」
大木を背に座ると、ジュリアスは右手でクラヴィスの肩を抱き寄せ、左手で互いの指を絡め握りしめる。
「ジュリアス、執務に支障を来たさぬように少し眠れ」 「一日睡眠を取らなくとも平気だ。柔な鍛え方をしておらぬ」 「厭味か…」 「さてな」
いつもと変わらない会話を楽しみながら、クラヴィスは肩にもたれていた頭を上げ、自分を見つめる優しい瞳に微笑んだ。同時に、僅かに残った闇のサクリアをジュリアスに注ぐ。
「これから忙しくなるのだから、やはり眠った方がよい」
「やめろ! そなた……独りで…」
クラヴィスの奥にある思惑を瞬時に悟ったが、温かな闇のサクリアに包まれジュリアスは、深い眠りへ誘われる。その身体を支えるようにクラヴィスは、愛しい半身を腕に抱きしめ続けた。
「私は、一人で行く方がよいのだ。そうでなければ醜態を見せてしまいそうでな…許せ」
+++
朝靄が湖にたち込める頃、クラヴィスは、眠るジュリアスにそっと口づける。最初で最後の口づけを…
「いつか…永久の時間が流れる場所で再び会おう。その時までしばしの別れだ…愛している私のジュリアス…」
立ち上がると、衣擦れの音と共に森の奥深くに闇の化身を姿を消して行く。一筋の涙を残して…
鳥のさえずりで目醒めたジュリアスは、反射的に隣を見た。彼の愛した闇の守護聖の姿は、何処にもない。予想していた事であったが、落胆は大きく怒りをぶつけるように、唇を噛みしめ地面を拳で叩きつけた。
「そなたらしい…私に何も言わせずに消えたか」
切れた唇から流れ出した血を指で拭った時、ふと違和感がはしる。誰かが唇に想いを残した…誰かとは一人しかない。 ジュリアスは、自嘲と苦笑の入り混じった複雑な笑いを溢す。
「私には、口づけを許さなかったものを…最後まで勝手な奴だ」
垂れていた首を真っ直ぐに上げると誇りを司る光の守護聖として、主座として威厳に満ちた眼差しで虚空を見つめた。
「とうとうそなたは、言わせてくれなかったな…愛している、クラヴィス。我がサクリアの尽きるまで陛下と宇宙を守り続ける。それがそなたをも守る事になるのだから」
失った闇の守護聖への想いを断ち切るように言い放つと、己の成すべき事を成す為に聖殿へと向かう。 いつの日か遠い何処かで出会える日を信じて…
END
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