ジュリアスは、クラヴィスを見つめ返しながら遠い過去へと思いを馳せた。
「私は、そなたが召喚されて以来ずっと見守って来た。聖地にも守護聖にも早く慣れてもらいたい一心で、きつくあたりもした。たかが生まれや育ちで、そなたを愚弄する者達に稀な力量を持つ守護聖だと認めさせたかったのだ。そうすれば、卑しい噂話で傷つく事もないだろうと考え、尚更きつく言い続けた。しかし、結果的にそなたの負担にしかならなかった…私のやり方が間違っていたのだ。押し付けるのでなく共に学びもっと優しくしてやれば…だが、気付いた時にはそなたの心は、堅く閉ざされて一歩も踏み込むことが出来なかった。聖地にも守護聖にも愛想を尽かした様子を見るたびに、己を責めたものだ」
ジュリアスの懺悔のような話しにもクラヴィスは、表情一つ変えない。だが、それでも愛しい者を見つめ続ける。
オリヴィエは、立ち上がると労わるように不器用な主座の肩を軽く叩き微笑んだ。
「で、気持ちの確認は、出来たのかな?」
ジュリアスは、仰ぎ見ると自信なさげに首を小さく振る。
「正直、私は、人を愛する感情がよくわからぬ。いつまでも共にありたいと願い、その者の瞳に自分が映される事を喜びと感じる気持ちを愛と呼ぶのであれば…私は、クラヴィスを愛している…のであろうな」
「上出来じゃない。それでいいんだよ」 「そうか。これで良いのか…」
ジュリアスは、再びクラヴィスへ視線を向けるとその手を取った。
「私は、そなたを嫌ったり疎んじた事など一度もない。守護聖であるのをやめたがっていたな? 何故私を置いて行こうとする? 共に在りたいと願っていたのは…私だけなのか?」
「ご本人がお目覚めになられましたら問い掛けて下さいませ。尤も今のクラヴィス様からお分かりにになられると思いますが?」
リュミエールの言葉にジュリアスは、微かに笑みを浮かべ頷いた。
「想いを伝える為に、真の覚醒へと導いてみせる」
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そして…ジュリアスは、昼夜問わず時間の許す限り傍に寄り添い、クラヴィスが名を呼ぶ度に、その手をとり、何の反応も示さないその身体を抱き寄せ、繰り返し囁き続ける。
「私はここだ」「戻ってこい。クラヴィス」
ある夜、月光だけが灯る中クラヴィスは、不意に目覚めると寝台から降り立ち周囲を見渡す。急激に寒さが襲ったのか己の身体を暖めるように抱きしめた。
「ジュリアス…ジュリアス」
いつものように名を呼ぶだけでなく、ひどく怯えた様子で助けを求めている。隣室で眠っていたジュリアスは、その声に飛び起きると急いで駆け寄り強く抱きしめた。
「どうした? 私は、ここにいる。何も恐れることはない。安心しろ」
何度目かの声掛けでクラヴィスは、漸く安堵したのか淡い笑みを浮かべる。心を失ってから…否、ジュリアスにとっては、幼い頃に見ただけの微笑であった。
「私と解って笑ってくれるのか? いや、どちらでもかまわぬ。そなたの笑みを見る事が出来たのだから…」
「……ジュリアス…」
何を想ってか、感じたのか…クラヴィスの頬を一筋の涙が伝う。その涙を指で拭いながら、ジュリアスの胸中に愛しさと切なさが込み上がった。
「何を泣く? そなたに泣かれても私は、どうすればいいのかわからぬ。わかるのは、そなたを泣かす全てが許せぬ事だ。私自身も含めてな。だから、泣くな。クラヴィス、愛しているから」
ジュリアスは、クラヴィスの両頬に手を添えると想いを込めて唇を重ねる。深い愛情とクラヴィスの身体を暖かく包み込むように光のサクリアが溢れた。
想いが奇蹟を生む。
クラヴィスの両手がゆっくりとジュリアスの背に廻され口づけに応えた。闇のサクリアが光のサクリアと調和するように溢れ出す。
ジュリアスは、唇を離すとクラヴィスを見つめた。徐々に紫水晶の瞳に意識が甦り始める。瞳に想い人をはっきりと映すとクラヴィスは、抱きしめた手に力を込め独り言のように呟く。
「闇の中でも光があった。あの時、おまえが贈ってくれたサクリアだ…だが、その光は雫のように小さく遠過ぎて捕まえる事ができなかった。何度も諦めてしまおうかと思ったが、その度におまえの声が聴こえた」
「ああ…何度も呼んだ」
ジュリアスは、喜びを噛みしめるようにそっと応じる。
「だから、諦めなかった。先程は、最も大きな光が…おまえの想いが私を導き光の渦へと招いてくれたのだ。感謝する」
「クラヴィス…私の方こそ感謝する。よく戻って来てくれたな。そなたと話したい事が多くあるのだが…今は、一つだけ…愛している。もう何処へも行くな」
ジュリアスが、想いのままに強く抱き締めしめると、クラヴィスは、愛しい者の名を紡ぐ。
「ジュリアス…」
クラヴィスは、ジュリアスの瞳をまっすぐ見つめ、心から幸せそうに微笑んだ。そして、言葉を続ける。
「愛している」
END
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