夢現

-クラヴィスサイド-


 散歩がてら研究院に報告書を送り届けた後、執務室へ。
 扉を開けた瞬間に、眩しいほどの光のサクリアを感じる。
 ジュリアスが来ているのか?

「ジュリアス?」

 名を呼びながら部屋を見渡すと、寝椅子に座り眠る姿が目に入った。

「珍しいこともあるものだ。日頃から、私に寝るなと言っておるくせに、自分が眠っているとはな」

 机に目をやると書類が少し乱れて置かれてあった。
 まるで叩きつけたようではないか…私が不在であることに腹でも立てたか…
 苦笑しながら、書類を手に取り、さっと目を通すとサインを済ませる。
 ここで待たずとも伝言の一つでも残せばよかろうに。
 私が行かぬとでも思ったか? 信用がないゆえ仕方ないか。

 再度、ジュリアスを見やるがまったく起きる気配がない。
 さて…起すべきか? 目が覚めるまで置いておくのも一興だが。
 『何故、起さぬ!?』と青筋を立てるジュリアスが目に浮かぶ。
 文句を言われるよりも素直に起して恩でも売っておくか。
 ため息をつくと、寝椅子に近付きジュリアスの肩に手を掛けた。

「ジュリアス、起きろ。執務中であろう?」
「……ん…」

 ジュリアスの瞼がゆっくりと開き、私を捕らえる。

「それほど眠ければ、私邸へ帰って休めばどうだ?」
「……煩い…私は…眠い」
「それゆえ、帰れと言っている」
「…黙って…寝かせろ」

 ジュリアスは、私の腕を引くと強引に寝椅子へと座らせた。

「ジュリアス!?」
「…眠い……」

 ジュリアスは、そのまま横になると私の膝に頭を乗せ、再び寝入ってしまう。

「……私にこのままでいろと言うのか?」

 深くため息をつくと見下ろし話し掛けるが、深い眠りに入ったジュリアスには、聞こえていない。

 このように間近で、ジュリアスを見るのは初めてかもしれぬ。
 それにしても顔色がよくない…疲労の色が濃い。
 このところ忙しい様子であったから…眠れていなかったのであろうな。
 私の分まで執務をするからだ…自業自得とでも言えるが…
 少しくらいなら…手伝ってやってもかまわぬのだが……
 自分がせねば気がすまぬのか…私に任せられぬのか……
 おそらく…後者であろうな…

 小言と説教しか言わぬおまえだが…眠っている顔は…穏やかだな…
 否…おまえを怒らせるのは…私か……
 詫びも込めて…目覚めるまで…やすませてやろう…
 普段は、闇のサクリアに影響されぬおまえだが、疲れている身にはさぞや効くであろうな…
 子供をあやすように、ジュリアスの髪を梳いてやる。


 しばらく後、ジュリアスの身体が微かに動く。

「目覚めたか?」

 声を掛けたが、反応がない。

「ジュリアス…また眠ったのか?」

 二度目の声で、ジュリアスの目が開きぼんやりと私を見る。

「……何処に行っていた?用があるときにおらぬとは…」
「すまぬな。それゆえ、待ちくたびれて眠ってしまったのか?」

 目覚めた途端に、小言か…おまえらしさに苦笑を洩らす。
 だが、起きようとしないのは、眠気に勝てぬのか…自分の状況が掴めていないのか?

「それほど私の枕がお気に召したか?」

 揶揄するように声を掛けたがジュリアスは、起き上がらない。
 状況が分かれば、慌てて飛び起きると思ったのだがな。

「私は、座っていたはずなのだが…」
「覚えておらぬのか?」

 不思議そうに私を見上げるジュリアスは、本当に覚えていないようだ。
 私が起こした時、寝惚けていたのか?おもしろい…

「おまえを起してやったのだが、そのまま腕を引かれ枕にされたのだ」
「……私がか?」
「おまえが…だ」

驚いた表情が可笑しい…本当に子供のようではないか…

 考え込むのはよいが…起きてからにすればよかろうに……
 疲れきった身体が睡眠を欲しているのか…

「私の枕が気に入ったのなら、もう少し寝ていてもかまわぬぞ?おまえは、疲れている…働きすぎだ」
「そなたが怠慢過ぎるのだ。そのしわ寄せがすべて私に来るのだぞ…分かっているのか?」

 人が気遣ってやっているのに…おまえは……

「それはすまぬな…執務など似合わぬことをすれば…宇宙が荒れ狂うかもしれぬゆえ…気を使っているのだが」
「……そのような気の使い方をするな…馬鹿者」

 いつものような憎まれ口の応酬のはずだが…ジュリアスが呆けているせいかいつもの迫力がない。

「もう少し休んでいけ…時間になれば起してやる。尤も私も起きていればの話しだがな」

 疲れた者を癒す……私のサクリアは…そのためにあるのだから…

「そなたが天使に見える」
「……目までやられたか?」

 寝言は寝て言え。何を言うかと思えば…
 ジュリアスは、私の髪の一房を手に取ると、顔を引き寄せる。

「…一時間だけ眠らせてくれ…必ず起せよ?」
「約束できぬが…覚えておこう…眠れ…」

おまえを寝かすうちに、私まで眠ってしまいそうだからな…

 指でジュリアスの瞳を閉じさせると、すぐに穏やかな寝息が聞こえた。
 ジュリアスの眠りを見守る…たまには…こういうのも悪くないかもしれぬ…
 しばしの休息をおまえのために……


END

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