ジュリアスが自分に教えてくれたのは、守護聖としての誇りと強い憧れ。 前を見据える眼差しの強さ、潔い心根に深い感銘を覚えた。 守護聖として…ひとりの人間として、彼のように在りたい。 初めて出会った頃から、変わらず尊敬の念を抱いて付き従ってきた。 彼の傍らに立ち、彼を補佐できることを喜びとして。 けれど。 そんなジュリアスにさえ、譲れないものがある。 闇の守護聖クラヴィス。誰よりも優しく、誰よりも寂しい人。 生まれて初めて、眩いほどの痛みをこの胸に刻んだ人。 何を捨てても手に入れたいと、心から願った。 彼と対である光の守護聖が、同じ想いを抱いていると知りながら。 気持ちは互いに真剣である。 だから、遠慮はしない。 不必要な気遣いは、ジュリアスを愚弄することも同じ。 全てを手にするか、全てを失うか。 その日まで、時間はあと僅かしかないのだ。 今の自分にできることは、想いの全てを伝えること。 通い慣れた扉の前で、オスカーはふと笑う。 愛しい人の、迷惑そうな顔を思い浮かべて。 軽くノックをすると、ためらうことなくそれを開いた。 勝負はすでに始まっているのだ。 ただひとつの至宝を巡り、息も吐けぬほどに、熱く。 ノックする音、返事を待たずに開けられる扉。 寝椅子でまどろんでいたクラヴィスは、半ば訪問者を予測しながらゆっくりと瞳を開く。 熱い眼差しで自分を見つめるオスカー。 アイスブルーの瞳は、言葉よりも雄弁にその内なる心を語っている。 あの日からそれまで以上に足繁く通い、拒絶にも似た私の言葉にも動じることなく、愛を囁く求愛者。 おまえの炎は、溶かされそうになるほど…熱い。 ただ、それだけ。熱いと感じても…心が溶かさることはない。 なのにおまえは、求めるのか… 「…おまえか。何用だ?」 返される返事がわかっていながら、いつものようにクラヴィスは、問い掛けた。 「…あなたに会いに…」 繰り返される問い。繰り返される答え。 オスカーは内心苦笑する。クラヴィスの瞳の奥に、いつもの拒絶と、僅かばかりの戸惑いを見つけて。 「愛しています、クラヴィス様…」 繰り返される睦言。 それでも、この想いの全てを表すには足りずに。 もっと感じて欲しい。 眼差しに乗せた熱を。震える指先を。 切ないほどの、愛しさを。 相変わらず寝椅子に身を沈めたままのクラヴィスに、オスカーはゆっくりと近づいた。 「……愛しています、あなたを…」 白い頬に触れてみる。聖域を侵すように。 思った通りに滑らかで、思ったよりも温かかった。 この、感触も。吐息のひとつさえも。 渡せない。 誰にも。 オスカーの手から逃れるようにクラヴィスは、顔を背けた。 おまえも懲りぬな。否と申しても私に触れてくる。 『愛しています』…不快であったその台詞も今では、当たり前のように受け入れている自分。 毎日聞かされれば慣れるというもの。 「…何度も聞いた。毎回飽きぬ事だな」 微かに苦笑を浮かべクラヴィスは、呆れたようにため息を吐いた。 一瞬だけ触れた温もりは、すぐにその手のひらを離れていった。 思った通りの拒絶。 けれど、それだけで至福を覚えるほどに、自分は彼に酔い痴れている。 だから繰り返すのだ。溢れる想いの欠片を、言葉に変えて。 同じ言葉が、彼の唇から紡がれるその日を祈って。 「…愛しています…何度告げても、足りないくらいに…」 ありふれた、真実の言葉だけをあなたに。 おまえから紡ぎ出されるたった一言が、その瞳が伝える心が…重いと感じる。 同じ想いを返せないといつになれば…わかるのか。 オスカーに視線を向けクラヴィスは、複雑な想いを隠すようにからかうような言葉を返す。 「あまり言い過ぎると、真実味がなくなると思わぬか?つくづく…おまえは、物好きな事だ」 「酔狂であることは、自覚していますよ…けれど、やめるつもりはさらさらない」 追うほどに、心が遠のいたとしても。 動かなければ、それに触れることすら叶わないのであれば。 「言葉で語り尽くすことはできませんが…形にしなければ、伝わらない想いもあるのです」 疎まれても。嫌われても。 希うことだけは、やめない。 変わらない愚かしさで、愛を囁き続けるのだ。 潮時を感じて、そっと彼から身体を離す。 立ち上がりかけてふと、上体を屈めて耳元に唇を寄せた。 「けれど…どれだけ言葉を重ねても、この想いには届かない。どうすれば、伝わるのでしょうね」 クラヴィスと瞳を合わせて小さく笑うと、オスカーは寝椅子からゆっくりと離れる。 「また、明日参ります」 それだけ告げると、重い扉を開き執務室を後にした。 自らの余韻が、そこに残ることを願って。 耳元を掠めたオスカーの吐息。 何故におまえは、懲りぬのか。仕方のない奴だ。 可笑しさに笑いが込み上げ、クラヴィスの身体が震える。 「つくづく物好きな…」 NEXT |