「三人で……か」 常には見せる事の無い、すこしはにかんだような綺麗な笑顔を見つめて、ジュリアスも声を立ててくすりと笑う。 「それも悪くはないかも知れぬ……」 ほんとうに、おかしなものだ。あんなにも明確な答えを望んでいた筈なのに。 でも。……今はまだ。 このままでいるのも悪くないのかも知れないと思い始めている。 永遠にこのままでいたいとは思わないけれど。 ……今だけは。 「そうだな、遠慮なく伺わせてもらおう」 そういって、酔いつぶれたオスカーの寝顔を見やる。 「あれも、きっとそう言うであろうし。……ただ、せめて贈り物を持参していくのだけは許可してくれ。そなたはいつも何もいらぬというが」 「…本当にいらぬのだが……まあ…よかろう。特別に許可してやる」 楽しげに冗談交じりな口調で、クラヴィスは答えた。 おまえ達と共に過ごす事が、最高の贈りものと呼べるかもしれぬのだがな。 いつかこの関係が崩れる時が来て…居心地のよかったこの時間を懐かしむ時が来ても… この奇妙な安心感、安堵感を忘れたくないものだ。 クラヴィスは、視線をオスカーに移すと再び苦笑を洩らす。 「いったい…いつまで寝ている気なのか……」 起すのは忍びないが、いつまでもこの状態では、そのうちに膝が痺れて来るのが目に見えている。 そろそろ起きてもらいたいものだ。 柔らかく髪を梳く指先。頭上で交わされる会話。 この部屋を包み込む空気が、ひどく穏やかで心地好くて…目覚めたくない。 けれど、頬の下にある柔らかいものの正体に思い至った瞬間、オスカーは覚醒を余儀なくされた。 よりによって膝の上で眠りこけるとは…無意識とはいえ、あまりにも本能に正直な自分に呆れ果てる。 「すみません!」 慌てて上体を起こすと、自分を見つめる二対の瞳。 気まずい思いで泳がせた視線の先が、壁に掛かった時計を捕らえる。 「…!」 その瞬間が近い。 なにかに驚いたようなオスカーの視線を追って、ジュリアスも時計を見る。 針が指し示す時間は、残り少なくなった今日。 あと僅かで、運命の日になるはずだった……そしてやはり特別な人の、特別な日が訪れようとしている。 机の上に散乱したボトルの中から、まだ奇跡的に封が切られていないものを見つけ出す。 ラベルを見るとどこか遠い星に視察に言った際に入手した、一番大切な人と過ごすために、そして思いを伝えるために作られたという謂れのあるワインで思わず幾度目かの苦笑が浮かんだ。 ジュリアスの手の内にあるワインと、彼がそれを選んだ理由に目敏く気付き、オスカーは悪戯っぽい笑みを浮かべる。 ジュリアスからボトルを受け取り器用にコルクを抜くと、恭しく空のグラスに注いでいった。 大切な人と過ごすための、とっておきのワイン。 来年のこの日を、再び三人で過ごせるとは限らないのだ。 永遠に変わらずにはいられない。その事実が、どこか寂しくもあるけれど。 今日という日を共に過ごせたことを、感謝して。 この、小さな奇跡に。 いちばん大切なあなたが、この世に在ることに。 ありがとう。 「……誕生日、おめでとう」 赤い液体が満たされた杯を取り、ジュリアスはクラヴィスの手にするグラスと軽く触れ合わせた。 オスカーが同じようにグラスをあわせたあとに、おもむろにオスカーの方にグラスを差し出す。 ガラスの触れ合う澄んだ音のあとに、軽く笑ってジュリアスは言う。 「それから、私達の前途に……乾杯」 クラヴィスは、二人を交互に穏やかな笑みで見つめた。 今まで誕生日など特別な感慨も受けずにいたが、初めて祝福される喜びを知った。 このような誕生日なら…悪くない。 これが永遠につづくものでない事もわかっているが… 喜びを教えてくれた彼らの想いに…何かで応えたい…… クラヴィスは、何かを考え込むように目を閉じる。 そして、瞳を開くとまず隣に座るオスカーの頬に口づけ、次いで正面のジュリアスの手を身体ごと引き寄せると、同じように頬に口づけた。 「…楽しい一時をおまえ達に感謝する…」 END |