永遠のはじまり −side Oscar− 1
午後の執務を終えるとクラヴィスは、疲れた身体を癒すように寝椅子に横になった。 このような時に限って誰かが邪魔しに来る事が多いが… 誰も来ぬ事を願いつつ惰眠を貪り始める。 太陽が西へ傾き始めた頃。 少しだけ早めに執務を切り上げ、オスカーは愛しい人の元へ向かった。 数日後に控えた彼の誕生日…その特別な一日を、共に過ごす約束を取りつけるために。 重厚な作りの扉を軽くノックすると、返事を待たずにそっと開く。 予想通り、彼はいつもの場所で眠っていた。ひどく無防備に。 美しく整った寝顔に感嘆の息を漏らしつつ、オスカーは足音を忍ばせて寝椅子に近づいた。 クラヴィスは、人の気配に覚醒を余儀なくされ、瞬きをしながらゆっくりと瞼を開ける。 瞳に映ったのは、オスカーだった。またか…と思わずため息を洩らした。 何くれとなくこの執務室を訪れて、クラヴィスにとっては世迷い事を吐くオスカー。 想いを隠さないその瞳の色に、正直戸惑いを隠せない。物好きな…… 「…何用だ?」 「起こしてしまいましたか…申し訳ありません…」 豊かな黒髪を一房とって口元に寄せると、オスカーはそっと口付ける。微かに香る白檀が、ひどく艶 めかしい。 「美しい寝顔を、もう少し鑑賞したかったのですが…やはり、その瞳が閉じているのは少々寂しいです ね」 クラヴィスがこのような戯言を好まないのは、オスカーもよく知っている。 それでも、告げずにはいられない。オスカーにとってそれは、戯言ではなく正直な気持ちなのだから。 きっとクラヴィスは、心底嫌そうに眉を顰めるのであろう。 しかし、それでも構わない。 自分の言葉に、少しでも感情を動かしてくれるのなら。 それでいい。 クラヴィスは、身体を起こすとオスカーの手から髪を奪い取る。まったく…懲りぬ事だ。 「戯れ言を申すなと何度も言ったはずだが……」 こう言ったところで、聞く耳を持たぬ事も承知しているが……再びため息が洩れる 「それで何用だ?用がなくば帰るがいい」 予想通りの反応に、思わず苦笑する。 どれほどに愛を囁いても、彼の心には届かない。わかっていて繰り返す、自分も随分と酔狂だが。 「今日は、お願いがあって…」 オスカーは懲りた様子もなく、クラヴィスの上に覆い被さるように身を寄せると、そっと耳元で囁い た。 「欲しいものがあるんです」 「おまえは、普通に話せぬのか!」 耳元への囁きに身体がゾクリと戦慄する。クラヴィスは、動揺を隠すように声を荒げると、オスカー を避けるように身を捩った。 「私から離れよ!無礼であろう!」 「申し訳ありません」 謝りながらも、オスカーの口元に思わず忍び笑いが漏れる。 可愛い方だ… 心から、そう思わずに入られない。 「それでは、こうして話せば俺の願いを聞いてくださいますか?」 揶揄するような口調で問うと、オスカーはクラヴィスから身体を離し、ひざまずいて礼をした。まる で、深窓の姫君にでもするように。 オスカーの行動を呆気に取られ見つめてしまう。女性のような扱いに怒るべきなのだが… こうも堂々とされると呆れて苦笑を禁じえない。 「……聞くだけなら聞いてやってもよいが。聞き入れるかどうかは…別だ。申してみよ」 オスカーの願い…何を言い出すのか見当もつかぬが……ろくな事でなかろうな………聞くのが恐ろし い気もするが…聞かぬならこのまま居座られそうだ。それも遠慮したい… どこか嬉しげに笑みを浮かべるオスカーをじっと見つめた。 クラヴィスの言葉と微かな笑顔に、オスカーは思わず子供のような笑みを浮かべた。 玉砕覚悟だったのだが…少しは望みが持てるだろうか。 「あなたの特別な一日を、俺にくださいませんか?」 白く細い手を取ると、懲りずに唇を寄せる。 「きっと忘れていらっしゃるでしょうが、もうすぐあなたの誕生日です。どうかその日を、俺と共に過 ごしてはくださいませんか?」 「…おまえは……」 クラヴィスは、懲りる事の知らぬオスカーの手から自分の手をもぎ取ると、睨みつけた。 まったく…学習能力がないのかと疑ってしまう。が、言っても無駄であろうな…それにしても、私の 誕生日か……すっかり忘れていた。本人でさえ覚えておらぬものを…… 私の誕生日が特別とも思えぬが……共に過ごす事に意味などあるのか? 「私の誕生日とおまえがどう関係するのだ?」 ノックもせずに扉を押し開くと、ジュリアスは常と変わらず暗い室内に目をこらした。 この時間に探す相手が部屋にいるとは思っていなかったのだが、半ば期待せずに訪れた部屋には求め る人と、それから自分の右腕であり信頼する副官でもあり……そして恋敵でもある者がいた。 二人の視線が私に集まる。 剣呑な瞳の色のオスカーと、訝しげな表情のクラヴィス。 「ちょうどいい、目を通しておけ。明日の朝までに回答を」 たりに歩みより、ごく自然にオスカーに手にしていた書類を差し出す。 「クラヴィス、こんな時間にいるとは珍しいな。早急にここにそなたのサインが必要なのだが」 入室した時に感じた微妙な雰囲気で、だいたいの会話の予測がつく。 オスカーの気持ちには気が付いていた。 きっと彼も自分の気持ちを知っているだろう。 クラヴィスがオスカーを選ぶというのなら邪魔はしないつもりだ。 だが、……まだ互角だ。だから遠慮はしない。 T o p |