永遠のはじまり −side Oscar− 3
ジュリアスが自分に教えてくれたのは、守護聖としての誇りと強い憧れ。 前を見据える眼差しの強さ、潔い心根に深い感銘を覚えた。 守護聖として…ひとりの人間として、彼のように在りたい。 初めて出会った頃から、変わらず尊敬の念を抱いて付き従ってきた。彼の傍らに立ち、彼を補佐でき ることを喜びとして。 けれど。 そんなジュリアスにさえ、譲れないものがある。 闇の守護聖クラヴィス。誰よりも優しく、誰よりも寂しい人。 生まれて初めて、眩いほどの痛みをこの胸に刻んだ人。 何を捨てても手に入れたいと、心から願った。 彼と対である光の守護聖が、同じ想いを抱いていると知りながら。 気持ちは互いに真剣である。 だから、遠慮はしない。不必要な気遣いは、ジュリアスを愚弄することも同じ。 全てを手にするか、全てを失うか。 その日まで、時間はあと僅かしかないのだ。 今の自分にできることは、想いの全てを伝えること。 通い慣れた扉の前で、オスカーはふと笑う。愛しい人の、迷惑そうな顔を思い浮かべて。 軽くノックをすると、ためらうことなくそれを開いた。 勝負はすでに始まっているのだ。 ただひとつの至宝を巡り、息も吐けぬほどに、熱く。 ノックする音、返事を待たずに開けられる扉。 寝椅子でまどろんでいたクラヴィスは、半ば訪問者を予測しながらゆっくりと瞳を開く。 熱い眼差しで自分を見つめるオスカー。アイスブルーの瞳は、言葉よりも雄弁にその内なる心を語っ ている。 あの日からそれまで以上に足繁く通い、拒絶にも似た私の言葉にも動じることなく、愛を囁く求愛者。 おまえの炎は、溶かされそうになるほど…熱い。 だが、まだ選べぬ。 「…おまえか。何用だ?」 返される返事がわかっていながら、いつものようにクラヴィスは、問い掛けた。 「…あなたに会いに…」 繰り返される問い。繰り返される答え。 オスカーは内心苦笑する。クラヴィスの瞳の奥に、いつもの拒絶と、僅かばかりの戸惑いを見つけて。 「愛しています、クラヴィス様…」 繰り返される睦言。 それでも、この想いの全てを表すには足りずに。 もっと感じて欲しい。 眼差しに乗せた熱を。震える指先を。 切ないほどの、愛しさを。 相変わらず寝椅子に身を沈めたままのクラヴィスに、オスカーはゆっくりと近づいた。 「……愛しています、あなたを…」 白い頬に触れてみる。聖域を侵すように。 思った通りに滑らかで、思ったよりも温かかった。 この、感触も。吐息のひとつさえも。 渡せない。 誰にも。 オスカーの手から逃れるようにクラヴィスは、顔を背けた。 触れられた頬が……熱い。まるで迸る感情が移されたように。 『愛しています』…不快であったその台詞も毎日聞かされれば慣れてくるのか、今では当たり前のよ うに受け入れている自分。 変化してゆく感情に困惑を隠せない。 「…何度も聞いた。毎回飽きぬ事だな」 微かに苦笑を浮かべクラヴィスは、知らず詰めていた息をそっと吐いた。 一瞬だけ触れた温もりは、すぐにその手のひらを離れていった。 思った通りの拒絶。 けれど、その瞬間確かに伝わる何かを感じた。 それだけで至福を覚えるほどに、自分は彼に酔い痴れている。 だから繰り返すのだ。溢れる想いの欠片を、言葉に変えて。 同じ言葉が、彼の唇から紡がれるその日を祈って。 「…愛しています…何度告げても、足りないくらいに…」 ありふれた、真実の言葉だけをあなたに。 おまえから紡ぎ出されるたった一言が、その瞳が伝える心が…私には重くもある。 同じ想いを返せないでいる事が、心苦しい。 オスカーに視線を向けクラヴィスは、複雑な想いを隠すようにからかうような言葉を返す。 「あまり言い過ぎると、真実味がなくなると思わぬか?つくづく…おまえは、物好きな事だ」 「酔狂であることは、自覚していますよ…けれど、やめるつもりはさらさらない」 追うほどに、心が遠のいたとしても。 動かなければ、それに触れることすら叶わないのであれば。 「言葉で語り尽くすことはできませんが…形にしなければ、伝わらない想いもあるのです」 疎まれても。嫌われても。 希うことだけは、やめない。 変わらない愚かしさで、愛を囁き続けるのだ。 潮時を感じて、そっと彼から身体を離す。 立ち上がりかけてふと、上体を屈めて耳元に唇を寄せた。 「けれど…どれだけ言葉を重ねても、この想いには届かない。どうすれば、伝わるのでしょうね」 クラヴィスと瞳を合わせて小さく笑うと、オスカーは寝椅子からゆっくりと離れる。 「また、明日参ります」 それだけ告げると、重い扉を開き執務室を後にした。 自らの余韻が、そこに残ることを願って。 耳元を掠めたオスカーの吐息。 嫌悪でも拒絶でもない…身体の内から湧き上がり始めたもの。 それが何なのか把握できないまま、クラヴィスの身体が震える。 「私は……乱されるのを好まぬ…」 オスカーに一言も返せずクラヴィスは、後姿を見送るしかなかった。 T o p |