■永遠のはじまり■― 1 ― |
|
午後の執務を終えるとクラヴィスは、疲れた身体を癒すように寝椅子に横になった。 このような時に限って誰かが邪魔しに来る事が多いが… 誰も来ぬ事を願いつつ惰眠を貪り始める。 太陽が西へ傾き始めた頃。 少しだけ早めに執務を切り上げ、オスカーは愛しい人の元へ向かった。 数日後に控えた彼の誕生日…その特別な一日を、共に過ごす約束を取りつけるために。 重厚な作りの扉を軽くノックすると、返事を待たずにそっと開く。 予想通り、彼はいつもの場所で眠っていた。ひどく無防備に。 美しく整った寝顔に感嘆の息を漏らしつつ、オスカーは足音を忍ばせて寝椅子に近づいた。 クラヴィスは、人の気配に覚醒を余儀なくされ、瞬きをしながらゆっくりと瞼を開ける。 瞳に映ったのは、オスカーだった。 またか…と思わずため息を洩らす。 何くれとなくこの執務室を訪れて、クラヴィスにとっては世迷い事を吐くオスカー。 想いを隠さないその瞳の色に、正直戸惑いを隠せない。物好きな…… 「…何用だ?」 「起こしてしまいましたか…申し訳ありません…」 豊かな黒髪を一房とって口元に寄せると、オスカーはそっと口付ける。 微かに香る白檀が、ひどく艶めかしい。 「美しい寝顔を、もう少し鑑賞したかったのですが…やはり、その瞳が閉じているのは少々寂しいですね」 クラヴィスがこのような戯言を好まないのは、オスカーもよく知っている。 それでも、告げずにはいられない。 オスカーにとってそれは、戯言ではなく正直な気持ちなのだから。 きっとクラヴィスは、心底嫌そうに眉を顰めるのであろう。 しかし、それでも構わない。 自分の言葉に、少しでも感情を動かしてくれるのなら。 それでいい。 クラヴィスは、身体を起こすとオスカーの手から髪を奪い取る。 まったく…懲りぬ事だ。 「戯れ言を申すなと何度も言ったはずだが……」 こう言ったところで、聞く耳を持たぬ事も承知しているが……再びため息が洩れる 「それで何用だ?用がなくば帰るがいい」 予想通りの反応に、思わず苦笑する。 どれほどに愛を囁いても、彼の心には届かない。 わかっていて繰り返す、自分も随分と酔狂だが。 「今日は、お願いがあって…」 オスカーは懲りた様子もなく、クラヴィスの上に覆い被さるように身を寄せると、そっと耳元で囁いた。 「欲しいものがあるんです」 「おまえは、普通に話せぬのか!」 耳元への囁きに身体がゾクリと戦慄する。 クラヴィスは、動揺を隠すように声を荒げると、オスカーを避けるように身を捩った。 「私から離れよ!無礼であろう!」 「申し訳ありません」 謝りながらも、オスカーの口元に思わず忍び笑いが漏れる。 可愛い方だ… 心から、そう思わずに入られない。 「それでは、こうして話せば俺の願いを聞いてくださいますか?」 揶揄するような口調で問うと、オスカーはクラヴィスから身体を離し、ひざまずいて礼をした。まるで、深窓の姫君にでもするように。 オスカーの行動を呆気に取られ見つめてしまう。 女性のような扱いに怒るべきなのだが… こうも堂々とされると呆れて苦笑を禁じえない。 「……聞くだけなら聞いてやってもよいが。聞き入れるかどうかは…別だ。申してみよ」 オスカーの願い…何を言い出すのか見当もつかぬ。 おそらく…ろくな事でなかろうな……… 聞くのが恐ろしい気もするが… 聞かぬならこのまま居座られそうだ。それも遠慮したい… どこか嬉しげに笑みを浮かべるオスカーをじっと見つめた。 クラヴィスの言葉と微かな笑顔に、オスカーは思わず子供のような笑みを浮かべた。 玉砕覚悟だったのだが…少しは望みが持てるだろうか。 「あなたの特別な一日を、俺にくださいませんか?」 白く細い手を取ると、懲りずに唇を寄せる。 「きっと忘れていらっしゃるでしょうが、もうすぐあなたの誕生日です。どうかその日を、俺と共に過ごしてはくださいませんか?」 「…おまえは……」 クラヴィスは、懲りる事の知らぬオスカーの手から自分の手をもぎ取ると、睨みつけた。 まったく…学習能力がないのかと疑ってしまう。 が、言っても無駄であろうな。 それにしても、私の誕生日か……すっかり忘れていた。 本人でさえ覚えておらぬものを… 私の誕生日が特別とも思えぬ……共に過ごす事に意味などあるのか? 「私の誕生日とおまえがどう関係するのだ?」 ノックもせずに扉を押し開くと、ジュリアスは常と変わらず暗い室内に目をこらした。 この時間に探す相手が部屋にいるとは思っていなかったのだが、半ば期待せずに訪れた部屋には求める人と、それから自分の右腕であり信頼する副官でもあり……そして恋敵でもある者がいた。 二人の視線が私に集まる。 剣呑な瞳の色のオスカーと、訝しげな表情のクラヴィス。 「ちょうどいい、目を通しておけ。明日の朝までに回答を」 ふたりに歩みより、ごく自然にオスカーに手にしていた書類を差し出す。 「クラヴィス、こんな時間にいるとは珍しいな。早急にここにそなたのサインが必要なのだが」 入室した時に感じた微妙な雰囲気で、だいたいの会話の予測がつく。 オスカーの気持ちには気が付いていた。 きっと彼も自分の気持ちを知っているだろう。 クラヴィスがオスカーを選ぶというのなら邪魔はしないつもりだ。 だが、……まだ互角だ。だから遠慮はしない。 |
|
■HOME■ ■NEXT■ |
|