■後日談■
−Look into my eyes−



「――驚いた」
 扉が閉まるのと同時に、その場に残された者たちは口々に呟きながら、顔を見合わせた。

「ちょっと、なによあれ?どうゆうこと??いつも寄ると触ると大喧嘩してたって言うのに、あの2人〜」
 オリヴィエが派手に頭をかきまわし、「あんたたちなら知ってたんじゃないの?」とルヴァとリュミエールを交互に軽くにらみつける。

 それに首を振って答えながら、ルヴァは呆然と呟く。
「あんなに笑うクラヴィス、初めて見ましたねぇ」
「わたくしも、初めてみました」
 リュミエールは呆然を通り抜け、虚脱したような声だ。

「ってことはさぁ、いつもいつもいつも、あの2人がやり合うのを見るこっちははらはらし通しだったってのに、実は痴話喧嘩だったってこと〜?今まで??」
 許せなーい!と空に向かって叫ぶオリヴィエに、ルヴァは苦笑いを浮かべて言う。
「あー、あのジュリアスに限ってそんな事はないんではないですかねぇ」
 2人の間に挟まれて一番気をもんでいたのはつきあいの一番長い自分だと思いながら。
「あの方も木石みたいな顔して、ちゃんとした男性だったんですね」
 気の抜けたような声のまま、リュミエールは気の抜けるような事を呟く。
「とにかく、朝になったら馴れ初めを聞かなきゃ、おさまらないわよね!」
 オリヴィエの声が部屋中に響く。

 口々に噂話に花を咲かせる年長組を眺めて、やはり呆然と立ちつくしたままだった年少組は呟いた。
「俺、寝るわ」
「僕も。なんか見ちゃいけないもの、見ちゃったね」


 朝一番に光の守護聖の執務室の扉を叩いたのは、昨夜一番決意に燃えていた夢の守護聖だった。
「ジュリアス!昨日の事、いつ、どーしてああなったのか、教えなさいよ!」
 一歩足を踏み入れるなり、そう言って好奇心に瞳を輝かせるオリヴィエに一瞬だけ目をやると、ジュリアスは興味なさ気に手元にある書類に視線を戻した。
「オリヴィエか。相変わらず騒々しい」
「騒々しくもなるわよ、あんなに驚かしてもらったんじゃねぇ」
 挑戦的な口調でにやりと笑うその顔を、ジュリアスは無感動な目で見返す。
「それが執務になにか関係があるのか?」
 そっけなく言い放つと、手にしていた書類を差し出す。
「そんな事より、この書類だが2ページ目34行に不備があったぞ。他にも使途不明に力を使っている箇所が見受けられる。この理由について明確な報告を記載のうえ、夕刻までに修正して提出するように。決済が遅れている」
 手で退出を促すと、ジュリアスはもう視線を上げなかった。

 それから入れ替わり、立ち替わり、次々とジュリアスの執務室を仕事とは別の理由で訪ねる守護聖は後を経たなかったが、堅牢な守備にあっさりと撃退されてしまったのは言うまでもない。

「やっぱり、一筋縄じゃいかないわねぇ」
 リュミエールの執務室の机に行儀悪く座り、香りの良い紅茶をすすりながらオリヴィエが呟くと、やっとできあがったばかりの研究報告書の再提出をくらったルヴァが溜息をつきながら、苦笑いする。
「いきませんねぇ。ただ黙っているなんて水くさいと言おうと思っただけなのに」
「本当に」
 仕事のミスは指摘されなかったものの、用もなく私のところに来る時間があるのなら、と急に一週間の出張を命じられたリュミエールは、会話に参加しながらも必要な資料を集めるのに忙しい。
「これは、折りを見てクラヴィスに聞いてみるしかないわねぇ」
 その言葉を合図に、急速に執務が忙しくなった守護聖たちは、おのおのの仕事をとりあえず仕上げてしまうことにした。後で、皆でクラヴィスから聞き出すぞ、という決意をこめて。


 
 ノックもなく扉が開く音がする。
「誰だ」
 またか、と思いながらジュリアスは不機嫌さを隠しも無い声で訊く。
 いつまでも返事が無いのに訝しんで目を上げると、クラヴィスが可笑しそうに自分を見つめていた。
「機嫌が悪い」
「悪くもなる。興味津々なものたちがこうも入れ替わり立ち替わりやってくるのでは」
 仕事になりやしない、と溜息を吐き出すジュリアスにクラヴィスは素っ気なく言い捨てる。
「自業自得だ」
「そうだな」
「私のところには誰も来なかったが」少し覚悟していたのに、と苦笑するクラヴィスに、ジュリアスは意味ありげに瞳を笑わせた。
「あの者たちに今そんな時間は無いだろうな」
「時間?」
「時間を持て余しているようだったゆえ、執務に励んでもらうことにした」

 その言葉どおり、いずれタイムラグをおいて質問の嵐がクラヴィスを襲うことになるのだけれど。

「すこし気恥ずかしいが、皆に知れてしまった事も悪くないかも知れぬな」

何故?というように見返して来る紫の瞳を見つめて、ジュリアスは笑う。

「そなたを口説こうとする者がいなくなる」
 言いながらその夜色の長い髪を一筋引き寄せ、唇を寄せる。
「そのような者などいない」
 困惑したように眉をしかめるクラヴィスの頬に手を伸ばし、引き寄せてその耳に囁いた。
「そなたが気づいていないだけだ」
 まだなにかを言おうとする唇を、自分のそれで塞いで言葉を閉じこめる。
「もとより、負けるつもりなぞ無いが」
 クラヴィスはその言葉に笑みを洩らすと、腕を伸ばしてジュリアスの首に廻しそっと抱き返す。
 そしてさらに強く抱きしめられる、その胸の温度。


 ――たとえ、何があったとしても、この場所から何処にも行かないであろう自分。
 今お互いの腕の中にある、何よりも大切な存在の鼓動を感じとる。

 きっと何時までも。
 ここが、全てが赦され満たされた、誓約された場所だから。
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