執務中のひとときの逢瀬。ジュリアスの胸からそっと身体を離す。
「執務に戻る」
「ああ。今夜もそなたの元へ行ってもよいか?」
ジュリアスが名残惜し気に私の髪を撫でながら、問う。思わず洩れそうになる苦笑を抑えた。
昨夜の情事も身体に色濃く残っているのに…おまえは…疲れを知らぬな。
だが、おまえに身を委ねて眠る心地良さは何ものにも代えがたい。
「…待っている」
ジュリアスに微笑み、自ら唇を軽く重ねると部屋を出た。
自分の執務室を開けた途端、オリヴィエの嬉々とした声に迎えられる。
「お帰り!待ってたわよ」
オリヴィエだけでなく、ルヴァにリュミエールまでが……
ジュリアスの話では、執務に追われているはずではなかったか?
このまま扉を閉めて逃げ出したい衝動に駆られたが、後を考えれば更に恐ろしいことになりそうだ。
とりあえず、平静を装い彼らの前を通り過ぎ椅子に座る。と同時に待ちかねたようにリュミエールが口を開いた。
「クラヴィス様…お伺いしたいことが…」
「あなたもジュリアスも水臭いでは、ありませんか…」
続いてルヴァがため息混じりに呟く。
「リュミエール…ルヴァ……」
私とジュリアスの間で繰り返される喧騒に、彼らが心を痛めていたことを知っている。それゆえ、本当の関係を隠していたことを申し訳なく思ってしまう。
「まったく!あんた達の演技には、完敗よ。見事に騙し通してくれちゃって!」
オリヴィエが上目遣いで軽く睨む。演技?そのような事をしたことがあったであろうか?
「演技とは?」
「決まってるじゃない!執務の時の険悪な雰囲気よ」
「…演技ではないが?あれは、公私混同せぬゆえ」
険悪…そう受け取られてもおかしくはないか。執務に関する姿勢は、恋人になってもお互いに相容れない部分…こればかりは、どうしようもない。
「せめて私にくらい…話してくれてもと思うのは…傲慢でしょうか?」
「すまぬ…ルヴァ…」
長い付き合いなのに…隠されていたのだから…ショックは他の者より大きいであろうな。ルヴァの少し寂しげな表情に益々申し訳なさが募る。
私は、余程暗い表情をしてしまったのか、ルヴァが慌てて頭を下げた。
「軽々と人に話せる事柄では、ありませんよね。あなた方の気持ちも考えずに、あなたを責める言い方になってしまいましたね。こちらこそ申し訳ありません」
「あんた達のことは、私達もすっごく心配してたのよ!ねっリュミちゃん?」
深刻になりそうな空気を変えるように、オリヴィエが明るく言い放つとリュミエールも同意するように頷く。
「はい。ジュリアス様がクラヴィス様をお責めになる時など…胸が張り裂けそうになるほどでございました」
「そうよ!なのに裏では、いちゃいちゃしてたなんて!あんまりじゃない?」
いちゃいちゃ…誤解を招きそうな…確かに言い争った日の夜は、お互いを分かり合うためにも必ず共に過ごすようにしていたが、あれをいちゃいちゃと言うのであろうか…
「オリヴィエ…その表現は…」
「どう言っても事実は事実でしょう!だ・か・ら!私達には、真実を聞く権利があるのよ!ジュリアスに聞こうとしたのに、仕事を増やされただけだったし!こうなったら何が何でもあんたに聞き出さないと納得いかないのよ!」
オリヴィエは、机を勢いよく叩くと身を乗り出し、ニヤリと私を見る。
答えるまで一歩も引くものかと…その決意が伝わって来るようだ。
諦めて付き合ってやるしかないか…深くため息を吐いた。
「…何を答えろと言うのだ?」
「もちろん、馴れ初めよ。いつから付き合ってるの?きっかけは?どっちから告白したのさ?」
オリヴィエの矢継ぎはやの質問に眩暈がしそうだ。
「……おまえは、そのようなことを聞いてどうしたいのだ?」
「で、いつからできてるの!?」
私の質問は、見事に無視された。再びため息を吐きながら渋々と答える。
「前回の女王試験の後…しばらく経ってからだ…」
「えっ……そうなのですか?」
「随分前じゃない!」
「私が召喚されました時は、すでに…」
三人三様の驚きの声。特に当時の事情を知るルヴァは、まさかと目を瞠っている。
無理もない。あの頃のジュリアスとの関係は、最低最悪であったからな…
「きっかけは…まあ…そう言うことだ」
これだけでルヴァには、理解できるであろう。
「そうでしたか。色々とあったのでしょうね」
肩を竦める私にルヴァは、何度も頷く。
「…何よ?それ?」
「人には、歴史があるのですよ」
私とルヴァの意味ありげな会話に納得できないオリヴィエが、矛先をルヴァに向けた。
だが、ルヴァの穏やかな口調の中に、踏み込んでは行けない部分だと察したのであろう…それ以上の追求を控えた。再び私に視線を戻す。
「それで、どっちから告白したの?」
そのような事まで聞くのか?答えに窮してしまう。
「クラヴィス様がご自分からとは、想像できませんが…」
リュミエールの言葉にオリヴィエは、笑い声を上げる。何を想像したのか…
「それもそうね。じゃあ、ジュリアスからなんだろうね」
「あのジュリアス様がどのような言葉で愛を伝えられたのでしょう」
「案外、熱烈かもよ?」
オリヴィエとリュミエールは、二人だけで話を進めていく。ジュリアスからと言うのは、その通りなのだが……
熱烈とは、違うと思う…ある意味熱烈と言えなくもないが…
「どんな告白をされたの?すぐにOKしちゃったの?」
「クラヴィス様もジュリアス様を想ってらしたのですか?」
二人同時に質問を浴びせられる。頼む…これ以上聞くな……
興味深々の眼差しを向けられながら、どうやってこの場を誤魔化そうかと思案を始めた時、ノックもなく扉が開けられた。その音に三人が振り返る。
「ジュリアス!」「ジュリアス様…」
最も来て欲しくない人物の登場に、動揺したのであろう…オリヴィエ達の顔色が変わった。
私にとっては、救いの神だ。助かった…
「そなた達、執務中に何をしている?私が与えた仕事は、終ったのか?」
ジュリアスは、室内の様子に眉をひそめ、一人々を見遣る。
「そなたらには、時間がないはずだ。各々の執務に戻れ!」
鶴の一声とでも言うのか…オリヴィエは、不満を言いながらも二人に声を掛け渋々部屋を後にした。『また、今度じっくりと聞かせてもらうからね』と言い残し…
「助かった…」
質問責めからようやく解放され、安堵の呟きが洩れる。ジュリアスは、私の傍に歩み寄ると可笑しそうに見下ろす。
「全くあの者達の好奇心にも困ったものだ。そなたもさっさと逃げればよいものを」
「…あの状況でか?」
オリヴィエの有無を言わせない迫力に、私が太刀打ちできるものか。
おまえのせいだぞと、つい恨みがましい気持ちで見上げると、ジュリアスが苦笑を浮かべた。
「私が悪かった…怒るな」
『機嫌を直せ』と囁きながら私の顎を上向かせると、口づける。
唇が離れると、精神的に疲れた身体をジュリアスの胸元に身体をもたれさせた。ジュリアスの指がいたわるようにゆっくりと私の髪を梳く…気持ち良さに眼を閉じる。
オリヴィエも今日は、ジュリアスのおかげで引き下がったが、これで諦めると思えぬ。
いつもタイミング良くジュリアスが来る訳ではないし…
「また…来るであろうな」
少し考え込んだ後にジュリアスは、意外な事を提案する。
「しばらくは、私の執務室で執務を行え。そうすればあの者も他の者もそなたに聞けまい?」
思わずジュリアスを見上げた。一番確実な方法だが…それだと、おまえに監視され好きな時に眠れないではないか…執務を適当に休めなくなるのは、つらい……
私の気持ちを見透かしたように、ジュリアスの目が笑っている。
「少しくらいの居眠りは、見逃してやる。安心しろ」
そして…ふと、悪戯を思いついた子供のように目を輝かした。
「あの者達がそなたの私邸に押しかけぬとも限らぬな。今夜から私の私邸で、ほとぼりが冷めるまで一緒に暮らさぬか?」
「…おまえのところで?」
ジュリアスと共に暮らす…昼も夜もおまえといられるのか。嬉しいが…オリヴィエ達の好奇心を更に刺激してしまいそうだ。
「…余計に煽りそうだな……」
「よいではないか。こうなれば、知られた事を最大限に生かしてやろう」
『いつでもそなたといたいのだ』と強く抱きしめられた。
私もだと返事の替わりに抱きしめ返す。
おまえと暮らす限りあの者達の興味は、収まりそうにない気がする。好奇心が続く限り、一緒にいられるのなら…いつまでも続いてかまわない…一緒に暮らせるきっかけをもたらしてくれたあの者達に感謝せねばな。
その好奇心を芽吹かせたおまえの失態にもな……
END