おまえが生まれたこの夜に…


 執務の終る時刻。ノックもなく執務室の扉が開けられた。
 こんな無礼なことを平気でするのは…
「クラヴィス、いるか?」
 思った通りジュリアスが問い掛けながら、机を回り込む。
「…なんだ?」
「今日が何の日か…わかっているな?」
 今日?おまえの誕生日くらいは、覚えているが…疑わしそうなジュリアスの目を見ていると、意地悪くなってしまう。

「さあ?何の日であったか…」
「…クラヴィス…」
 ジュリアスの低音で責めるような口調に、含み笑いがでる。途端にジロリと睨みつけられた。
「そなた…わかっていてか?」
「許せ。おまえが疑っているから…期待に応えねば悪いと思ったゆえ」
「そのような期待に応えるな!こういう時は、期待を裏切ってくれた方がよいものを…」
 ジュリアスの言い分が可笑しくて、また笑ってしまう。
 いくら私が周囲に関心を抱かぬ性格でも、大切なおまえの誕生日まで無関心ではいられるはずがなかろう?
「そう、怒るな。おまえの誕生日を忘れていると思われた私も…寂しいぞ」
「そなたのことだから…つい心配で…すまぬ」
 謝罪の言葉を口にしながらジュリアスの手が私の頬に添えられ、唇が寄せられる。

 唇が重なる瞬間にノックの音。ジュリアスの動きが止まり、忌々しげに扉を睨みつけた。
 そして、不機嫌に声を掛ける。
「誰だ!?」
 私の部屋なのだから…おまえが返事をせずともよいであろうに…
「ランディとマルセルです。失礼致します!」
 元気な声と共に二人が入室したが、不機嫌な様子のジュリアスに恐縮した様子だ。
 ジュリアスもたかが口づけを邪魔されたくらいで、大人気ないことだ。

「どうした?」
 言いよどむ二人に声を掛けると、ホッとしたように二人が話し出す。
「ジュリアス様がこちらにいらっしゃるって聞いたものですから…えっと…今日は、ジュリアス様のお誕生日ですよね?ですから、俺達、パーティの準備をしたんです」
「内緒にして、驚かそうかなって…あの…ご迷惑でしたか?」
 思わず二人で顔を見合わせる。誕生日の夜は、二人きりで過ごすことにしていたのだが…
 誰も我々の関係を知らぬのだから、こんな事も起こりうるか。

「…そなた達の心遣いを嬉しく思う。喜んで行かせてもらおう」
 子供達の好意を無駄にできないと考えたのであろう…ジュリアスが不機嫌さを消し去り、穏やかに答える。 だが、普段よりも少し低い声が、内心の葛藤を表しているようだ。
「よい誕生日になりそうだな。楽しんで来い」
 意地悪い他人事のような私の言葉に、ジュリアスが顔をしかめる。
「…そなた、来ぬつもりか?」
「クラヴィス様もぜひ参加して下さい!」
「一緒にお祝いをしてさしあげましょうよ!」
「だ…そうだ。来るであろうな?」
 来ないなど許さぬ!おまえの声が聞こえるようだな…せっかくの誕生日にこれ以上、おまえの機嫌を損なうこともないか。
「主役に請われては、参加せぬ訳にもいかぬな」
「ありがとうございます!じゃあ、ご案内しますね」
 二人に案内され、聖殿に準備された会場へと向うことになった。


 最初の乾杯の後、私は、部屋の隅に置かれたソファーに一人座り、グラスを片手に周囲を眺めていた。
 主役のジュリアスは、他の守護聖に囲まれ、ルヴァやオリヴィエらに注がれるままグラスを空けている。
 そう、強くもないのに無理をする…予定を狂わされた自棄酒のつもりかもしれぬが…仕方のない奴だ。

 しばらくすると、ジュリアスが輪を外れ私の元へやって来る。ほのかに顔が赤い…
「少し、休ませてくれ」
「随分と飲まされていたようだな」
「…ああ。あの者達に付き合っていてはたまらぬ」
 ジュリアスは、私の隣に座り、ため息をつき、先程までなかった不満げな表情を見せる。
 微妙な変化だが、長い付き合いの私には、すぐにわかった。

「主役がそのような顔をするな」
「わかるか?」
「私以外には、わからぬだろうが」
 ジュリアスは、苦笑を洩らす。
「…予定が狂い過ぎだ…そなたと二人きりで過ごすはずだったものを」
「子供達の好意だ。仕方あるまい」
「わかっている。だから、早く帰りたいのを我慢している」
「主役が一番に帰ってどうする?」
「…そなたは、淡白だな。そなたにとって私の誕生日などどうでもよいのか?」
 私は、あたりまえのことを言っているだけなのだが…絡み酒か…
 そのような事を思うはずがなかろう…しかし、反論したところでまた何か言われそうだ。
 酔った者には、逆らわず…宥めてやるのが賢明か。

「私とて二人で過ごせぬことを残念に思うが、別々の場所で迎えるよりもよいと思わぬか?」
「それは…そうだが…やはり、二人でいたかった」
「子供がいるのだから…そう、遅くまでやるまい?夜は、長い……それからの時間は、おまえと共に」
 むずかる子供をあやすように語りかけてやるとジュリアスは、嬉しそうに微笑む。機嫌が直ったようだな。
「…クラヴィス…」
 ジュリアスが私の肩を抱き寄せ…顎に手を掛ける。
 待て…ここは…慌てて、視線だけを周囲に向けると、私とジュリアスが同じソファーに並んで座り、話し込んでいたのが珍しかったのか、それとも心配だったのか…見られている!
「ジュリアス!待っ」
 制止の言葉は、唇が塞がれ最後まで言えなかった。

 いきなり静まり返った室内に、ガシャンと次々に物が落とされる音、割れる音が響き渡る。
 ハッとしたように、ジュリアスが私を離し周囲に目を向けた。
 驚愕な眼差しに晒されジュリアスは、一気に酔いが醒めたようだが…もう…遅い……
「…だから、待てと言おうとしたのに……」
「……遅い」
ジュリアスは、天を仰ぎ自分の失態をどうフォローすべきかと思案している。滅多に見られぬその姿に、クスクスと笑いが込み上げた。
「…笑うな!」
 バツの悪そうな顔に笑いが止まらない。結論が出たのか…ジュリアスは、私の手を引き立ち上がらせると、肩を抱き寄せ…呆気に取られている中に歩み寄った。今更、弁解の余地もないと悟ったのか開き直ったようだ。

「すまぬがこれで帰らせてもらう。後は、ゆっくり楽しんでくれ」
 軽く咳払いの後、ジュリアスは、早口で言うとさっさと歩き出す。背後からランディが申し訳なさそうに声を掛けた。
「あの…俺達…ジュリアス様やクラヴィス様のご都合も考えないで…お邪魔しちゃってごめんなさい」
「気にすることはない。なかなか…楽しかった」
 振り返り、笑いながら答える私をジュリアスが睨みつける。しかし、いつもの迫力はない。
「クラヴィス…笑いすぎだ」
「すまぬ…」
 それでも尚、笑いの止まらない私を促すように…本音は、逃げ出したいのだろう…会場を後にした。

 扉を閉めると同時に、中から歓声のような声が聞こえる。さぞかし、我ら二人のことで盛り上がっていることだろう。
 さて…明日からどのような顔で出仕するか…ジュリアスは、何事もなかったように振舞うであろうし…私も気にする方ではないから…表面上は、変わらぬか。
 ただ、好奇心旺盛な者達に質問攻めにあうやも知れぬがな。


 ジュリアスの私邸に帰り着き、ようやく二人きりとなる。ワイングラスを片手にテーブルを挟み見つめ合う。
「色々とあったが…今年もまた、愛するそなたと祝うことができて嬉しく思う」
「私に愛する者を授けてくれたすべてに感謝を捧げよう…そして、おまえが生まれたこの夜に…」

END



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