その日、いつもより早めに目覚めると朝食を取り、定刻に出仕する。
滅多に出ぬ朝の会議に私を見た他の守護聖の表情は、見物であったが…何かの前触れか、真夏に雪が降るのではないかと本気で心配されたのには、苦笑を禁じえなかった。
執務室に帰ると、書類と報告書に目を通しては、問題のないものに署名、異議や不可解なものについては、担当者を呼び寄せ説明を求める普段らしかぬ私の態度に、彼らは何が起こったのかと驚きを隠せない様子であった。
間もなく午後に差し掛かる頃、手を休め、ため息を吐く。
…慣れぬことは疲れる…
今日に限って、私が真面目に執務に取り組んでいる訳をジュリアスは、気付いているだろうか?
去年、私の誕生日は、想いを交し合ったばかりのジュリアスと共に過ごした。
プレゼントを貰った事が嬉しくて、おまえの誕生日にも何か贈ろうと言った私にジュリアスが告げた言葉は…
『物などいらぬ。その日一日は、規則正しい生活と真面目に執務に励んでくれ』
『……それが贈りものになるのか?』
『私にとっては、ありがたいことのだが?』
『………であろうな』
『冗談だ。そなたからの祝いの言葉とその夜を私の為に空けてくれ。それが何よりも嬉しい』
ジュリアスの優しい笑みに頷いたものの…始めの言葉は、半分本音であろうし贈りもの代わりに実践してみたが、つくづく私に向かぬことを再認識させられる。
似合わぬ執務をこなしているし、晩餐の用意も申し付けて来た。残るは祝いの言葉か…
晩餐の時とも思ったがやはり早めに言ってやった方が、よいのであろうな…待っているやもしれぬ。
それだけを言いに行くのも、気恥ずかしいものがある。用事ついでに言ってみるか。
私は、仕上げた書類を持ち、ジュリアスの執務室へ向った。
ジュリアスに書類を渡すと、不思議そうな怪訝そうな表情で見つめる。
「ほう…珍しい事もあるものだ。今朝も顔を見せるし何かあったのか?」
ジュリアスの問い掛けに、今日が何の日か気付いていないことを悟った。自分の誕生日を忘れているのか!?
「…別に」
おまえらしいと言えばそうだが、待っているかもと勢いをつけた気分が削がれてしまい、つい素っ気無く返事を返し、部屋を後にしてしまった。
だが、自分の執務室に帰り着いてから後悔に苛まれる。
素直におまえの誕生日だから、おめでとうと言えばよかった…
すぐに引き返すのも妙だし、昼食に誘ってその時に言ってみようか…
待ちかねた休憩時間になると、再びジュリアスの執務室へ向う。
しかし、扉を開けるとオスカーの姿が…何やら打ち合わせをしているようだ。
「クラヴィス?どうした?」
「いや…大した事ではない」
忙しいそうな姿に昼食に誘うのを躊躇ってしまう。結局、そのまま扉を閉めてしまった。
また機会を逃してしまった…知らずため息がこぼれる。
午後に三度訪れることにしよう。その時こそ…
午後の執務が始まり、合間に何度かジュリアスの執務室を訪れたが、その度に不在。
夕刻を迎える頃、最後にと訪れたが、やはり…いない…
このまま会えないのでは、せっかくの晩餐の準備も無駄になりそうだ。重い気分で自分の執務室を開けると、思いがけずジュリアスが立っていた。
「ジュリアス!?どうして…」
「そなたが何度も来ていたと聞いたゆえ、心配だったのだ。何かあったのか?」
「…何かあったわけではない…おまえに…」
口篭もってしまい簡単な一言が言えない。只でさえ言いづらいものを…突然の現れに心の準備ができていなかった。
「はっきり聞き取れぬ。傍に来い」
ジュリアスは、焦れたように私の腕を掴むと抱き寄せ、耳元に囁いた。
「もう一度聞く。何があった?」
「だから…その……今晩は、空いているのか?」
自分の誕生日を忘れているのなら、何か予定が入っているかもと不安になり聞いてみるとジュリアスは、可笑しそうに笑い出した。
「それを聞きたかったのか?そなたから誘ってくれるとは、よくよく珍しい事が起きるのだな」
それは、誤解だ。完全な誤解とも言い切れぬが…肝心なことを抜かしては意味がない。
やはり思い出してもらわねば…話が進まぬか。私は、ジュリアスを見つめた。
「おまえは、忘れているようだが…今日は、何月何日だ?」
「可笑しな事を聞くのだな?今日は、8月16日であろう?あっ!私の誕生日か!では、今日の真面目な執務態度は、そなたから贈りものという事か」
ようやく思い出し納得顔のジュリアスに、私はホッと安堵の笑みを浮かべる。
ふとジュリアスが、何かに気付いたようにじっと私を見た。
「まだ、言ってもらっていないことがあるようだが?」
「それを言いたかったのだが…なかなか言えなかった」
苦笑する私にジュリアスは、優しい微笑を向けてくれる。その笑みに後押しされるように、そっと口に出した。
「誕生日おめでとう。晩餐の用意をしてある…来てくれるか?」
「ありがとう、クラヴィス。喜んで伺おう」
強く抱きしめられ…そして、感謝の口づけが贈られる。
甘い口づけに酔いしれながら…来年もその次も…いつまでも…この特別な日を共にありたい…と想いを込めて口づけを返す。
愛している…ジュリアス……
END