時間(とき)の流れのように

時間の流れのように


 俺の腕の中に愛しい人がいる。
 想いを告げる事など諦めていたのに…
 あの極限の中で伝えられた思いがけない言葉。

『……おまえを、愛している…』
『だから、逃げて…生きてくれ……』

 愛しい人の精一杯の愛を感じた瞬間の至福。
 俺だけの一方的な想いじゃなく、気持ちが通じ合っていた真実。
 もし…あのまま死んでも、きっと後悔しなかった。
 幸せに酔いしれたまま、永遠の眠りについただろう。

 だが、俺達は駆けつけた仲間達のおかげで、生きている。
「クラヴィス!オスカー!」
 傷を負っている俺達を守るように円陣を組み、モンスターを次々と倒す仲間達。
 満足に動けなくなった俺は、せめてクラヴィス様だけは守りたいと、庇うように腕の中に抱きしめつづけた。
 この人だけは、何が何でも自分の手で守りたかったから。

 クラヴィスは、仲間の応援に安堵しながらも、想いを告げてしまった気恥ずかしさと不安を訴えるように、オスカーの名を呼んだ。
「オスカー…私は……」
「何も言わないで下さい。この戦闘が終ったら…」
 オスカーは、モンスターの動きから目を逸らすことなく、それでも 応えるように抱きしめた腕の力を強める。

 今は、あなたを守る事が優先だ。
 もう二度と同じ過ちを繰り返しはしない。
 必ずあなたを守り抜いてみせる。
 この戦いが終ったら俺の想いもあなたに告げよう。
 俺達の想いは、同じだと…

 モンスターを撃退した後、二人の応急処置を施すと療養する為に宿屋へと向かった。オスカーは、歩行ままならぬクラヴィスを再び背負い歩き始める。
 交替を申し出る仲間の気遣いをやんわりと断り、クラヴィス自身も『無理をするな』と言葉を掛けたが、それさえも『大丈夫です』の一言で押さえてしまった。
 クラヴィスに自分以外の人間が触れることなど許さない、と言いたげな態度に仲間達は眉をひそめたが、オスカーなりに責任を感じたのだろうと好意的に受け入れた。

 宿に着くとオスカーは、当然のようにクラヴィスを同じ部屋に連れて行き、寝台に寝かしつけた。
「傷は痛みませんか?」
「大丈夫だ。少し疲れたに過ぎぬ…おまえこそ休んだ方がよいのではないか?」
「俺は、もう平気です。治癒魔法のおかげで傷も癒えましたし、日頃鍛えていますから」
 何気ない普通の会話を交わしながら二人は、何かを求めるように互いの視線を逸らすことができなかった。

 違う…俺が言いたい事は、クラヴィス様が聞きたい事は、別にあるのに…いまさら何を緊張しているんだ。
 遊びじゃなく本気の想いを伝えるのは、あんがい言い出しにくいものなんだな。
 決して叶わないと諦めていた想いだから、尚更か…
 ああ…そう言えば、戦いの毎日にすっかり忘れていたが今日は…

 オスカーは、クラヴィスに微笑み掛けた。
「ご存知でしたか?今日が俺の誕生日だったと。あの言葉は、あなたからのプレゼントとして受け取らせて頂きます。お返しは…」
 オスカーは、クラヴィスの唇にそっと触れるだけの口づけを贈る。
 想いを込めて…
「俺も愛しています。あなたを…」
「…オスカー……」
 クラヴィスは、驚きを隠し切れないように目を見開き、そして…嬉しそうに笑みを浮かべた。

「オスカー…改めて言おう。誕生日おめでとう…愛している」
「俺の方こそ、あなたが言って下さらなかったら…ずっと片想いでした。感謝します」

 覆い被さるように抱きしめれば、応えるように背中に回される腕。
 生きていたからこそ感じるぬくもり、腕の中の愛しい存在。
 恋人として抱きあう喜びを噛みしめる。
 互いの体温を確認するように求め合い、いつまでも離れられなかった。

 オスカーは、クラヴィスの寝乱れた髪を指で梳きながら、額に唇を寄せた。微かに身じろぐ細い肢体に指を這わす。
「…悪戯は、やめぬか」
 眠りを邪魔された不機嫌さを表すように、クラヴィスは瞳を閉じたままオスカーの指を払い除けた。
「本気ならよいのですか?」
「…なお、悪い。おまえの体力に合わせる余裕などない」
 拒絶を無視して再び指が背中をなぞり出すとクラヴィスは、呆れたようにため息を吐く。

「オスカー…いい加減にせぬか」
 クラヴィスは、仕方なそうに目を開け楽しげに瞳を輝かせる恋人を睨みつけた。オスカーは、クラヴィスの視線に肩を竦めるとあっさりと手を引き、軽く唇を重ねる。
「失礼しました。あなたの寝顔を見ていると、欲しくなるもので」
「馬鹿者…昨夜は、誕生日だからと散々好き勝手していたくせに」
「あなたが望みのものをくれると仰るからですよ」
「だからと言って…物事には、限度があるぞ」
 オスカーは、クラヴィスの台詞に可笑しそうに小さく笑い声立てた。肩を震わせ笑う姿に恨みがましく一瞥するとクラヴィスは、気怠げに身体を起こす。しかし、すぐさまオスカーの腕に引っ張られその胸に倒れ込んだ。

「オスカー!」
 恋人の非難にオスカーは、笑いを収めると包み込むように抱きしめ、囁く。
「わかっています。これ以上の事はしませんから、しばらくこのままでいましょう。せっかくの誕生日です。ずっとあなたに触れていたい」
 オスカーの願いを了承したのか、クラヴィスは抵抗を止めると身を任せるように、大人しく腕に収まった。
「…仕方のない奴だ。まあ…よかろう」
「ありがとうございます」
 オスカーは、クラヴィスの髪を撫でながら呟くように話す。

「…先程まで去年の誕生日を思い出していました。苦しかった戦いの中で、あなたと想いを通じ合わせた素晴らしい記念日をね」
「あれから、一年か早いものだな。だが、一年後もこうして共にいられる…オスカー、おまえへの想いは変わらぬ」
「俺は、変わりました」
 オスカーの言葉にクラヴィスは、瞬時に顔を上げた。不安に揺れる紫水晶の瞳にオスカーは、優しく微笑んだ。
「あの日から、時間が経てば経つほどあなたがもっと愛しくなる。愛しています」
「…オスカー」
 クラヴィスは、同意するように頷くと、唇を合わせた。
「今年は、まだ言っていなかったな…誕生日おめでとう」


END


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