「何だかんだ言ったて、結局こうなるのよねー」 「よいではないか。成るようになる二人だ」
頭上で交わされる会話に、目覚めを余儀なくされた。渋々、目を開けると俺達を覗き込むオリヴィエと目が合った。
「おまえ!!」
腕に抱いていたクラヴィス様を気遣いながらそっと腕を外すと、上半身を起こした。
「人の部屋に無断で入るな! この覗き野朗!」
「あらら〜覗かれていけない事をしたのは、誰かなあ?」
「何がいけない事だ!? 愛し合うもの同士当たり前の事だろう! 恋人の朝の一時を邪魔する無粋な奴め!」
怒鳴り返しながら、疑問を持った。こいつが茶化すのはいつものことだが、寝室に入り込むような無神経な奴だったか?
「オスカー、そういきり立つな。私とてそのようなつもりでは、なかったのだがな」
その声にギョッとした。オリヴィエの隣に、ジュリアス様が苦笑しながら立っていた。
「ジュリアス様! 火急の知らせですか!? 申し訳ありません! すぐに王宮へ向かいます!」
ジュリアス様が朝早くから俺を訪ねてくる事など、今までなかった。何かあったのだろうか?
飛び起きようとしたが、二人の異様な顔つきで、見つめられ動きが止まる。
「オスカー…そなた…」 「あんた…ひょっとして記憶戻ってる?」
「記憶? 何の事…あっ!」
一瞬にして、全てが鮮明になっている事に気付いた。 そうだ。ここは、病室で…事故にあって記憶を失っていたんだ。
「なんて…お手軽な記憶喪失なのよ!? あれだけ心配させながら!クラヴィスとやっちゃって戻る程度とはね!」
「オリヴィエ…その言い方は、下世話だ」 「その通りじゃない?」 「それはそうなのだが」
呆れたように大声で喚くオリヴィエを宥めるジュリアス様。
たった一日の記憶喪失だったのに、二人の会話(内容はどうあれ)や隣に眠るクラヴィス様が懐かしく感じてしまう。
「ご心配をお掛け致しました」
俺は、ジュリアス様に頭を下げ謝罪した。
「記憶が戻って何よりだ。だが、二度とあれを悲しませるような事は許さぬ」
穏やかな物言いだが、俺に向けられる視線が痛い。
ジュリアス様がクラヴィス様を表向きはどうあれ、大切にしている事はわかっていたが… 不可抗力とは言え同じような事を起せば、奪い取られかねない。
しかし、たとえこの方でもクラヴィス様だけは、譲れない!
「このような失態は、二度と演じません。肝に銘じます」
「わかればよい」
お互いの睨み付けるような視線。先に目を逸らせたのは、ジュリアス様だった。
熱くなった自分を恥じられたのか、自嘲の笑みを浮かべる。
「それにしても〜」
重くなり始めた空気を払拭するように、オリヴィエが能天気な声を上げた。
「クラヴィスったらこんなに大騒ぎしてるのに寝てるわよ。相変わらずよね。それとも…よっぽど疲れさせたの?」
「人の枕事情を聞くな!」
好奇心旺盛な目で俺に問い掛けるオリヴィエに、俺は、素っ気無く答えながらも内心感謝していた。ジュリアス様もオリヴィエの機転を察し、軽く咳払いをすると表情を改め、俺に向き直る。
「明日から復職できるな?」 「はい。執務も停滞しておりますでしょうし」
いつもの側近の顔に戻り答えると、ジュリアス様が頷く。
「では、頼む。今日は、クラヴィスと共にゆっくりと休養せよ」
「クラヴィスによろしくね!」
二人が扉を開け出て行く。
「でもさあ、昨日オスカーの報告したばかりで、大騒ぎになってたのに…翌日には、元に戻ってるなんてどう説明すればいいのさ」
「喜ばしいことでないか?一夜明ければ、戻っていたそれだけでよかろう?」
他の連中にどう説明をしようかと相談する声がやがて小さくなり消えていった。
クラヴィス様、あなたが目覚めて俺の記憶が戻った事を告げれば、どのような反応を見せるだろう?
オリヴィエじゃないが、起きたら戻っていたと言うのもなぁ。思案していた俺は、ふと視線を感じて傍らに目を移した。
「オスカー」
俺に微笑みかける美しい想い人。軽く口づけ微笑み返す。
「おはようございます。クラヴィス様…今朝もあなたは、美しい。俺の至福の一時ですよ…愛しています」
朝のお決まりの言葉。これで気付くだろうか?
「オスカー…おまえ…」
驚きと嬉しさの混じったクラヴィス様の瞳が見開かれる。
「想い出は、多いほどいいものです。これからも二人で…」
頷く愛しい人を強く抱きしめると、しがみつくように背中へ腕が回される。
「よかった…」
クラヴィス様の瞳から溢れる涙を唇で拭いながら『愛しています』と何度も囁いた。
その涙が消えるまで。
END |