The missing thing


 この一週間と言うもの…俺は…憂鬱で憂鬱で……出るのはため息。
 地を這うどころか…地面にめり込む気分と言うのを味わっていた。
 それと言うのも、肌身離さず持っていた大切な物を、なくしてしまったからだ。

 自分を呪ってやりたい…迂闊さに呆れてものも言えない。
 いや…迂闊…なんてものじゃない! 俺は、馬鹿だ! 大馬鹿だ!!
 何時何処で落としてしまったのか!? 思い出す事さえできないとは。
 心当たりを散々探し回ったが、見つける事は出来なかった。

 人にも訊いてみたが…収穫なし……
 こんな時に占い師のサラが居てくれれば!
 旅行中とは…タイミングが悪すぎるぜ…
 もう一人の占いが得意な方だけには、口が裂けても絶対に言えないし…
 万事休すか……

「…カー…オスカー!」

 クラヴィス様の声にはっとして顔を上げた。
 向かいのソファーに座る恋人が、憮然とした表情で睨みつけている。
 何度も俺を呼ばれていたのだろう…機嫌が悪い……やばい…
 一週間ぶりの逢瀬だと言うのに、自分の中に入り込みすぎた。

「申し訳ありません!」

 即座に頭を下げ謝罪すると、クラヴィス様がため息を洩らす。

「おまえがぼんやりするなど…珍しいこともあるものだな」
「…少し考え事をしていましたので」
「……何か気に掛かる事があるのか?」
「たいした事では…お気になさらないで下さい」 

 俺は、安心させるようににっこりと微笑んだ。
 だが実際、冷や汗ものだ。クラヴィス様だけには、気付かれてはまずい。

「この一週間…おまえと聖殿以外で会えなかった。ようやく会えたかと思えば…上の空か……」

 少しの非難と拗ねたようにポツリとクラヴィス様が呟く。
 その様子が可愛い…じゃなくて! 本当に申し訳ありません…

「…その…色々と忙しかったものですから…」

 あれを探し回っていたので、時間を持つことができませんでした。
 それに…あなたに合わせる顔もない…

「忙しいか…確かにそのようであったな。執務かと思えば、毎日外で見かけると…あちらこちらで不特定多数に声を掛けていたと…聞いたが…」
「ご存知でしたか!?それには…事情が……」

 言葉を濁す俺にクラヴィス様は、疑いの眼差しを向ける。
 まさかクラヴィス様の耳に入っていたとは…
 告げ口をしたのは、リュミエールに違いない!余計な事を!
 俺を見かけたなら、色恋沙汰と無縁だとわかったはずだ。
 わざと波風を立てやがって!許さん!
 リュミエールへの文句はあとだ。今は、クラヴィス様の誤解を解かねば!

「俺には、あなた以外いません!いつもあなたの事だけを考えています!」
「今も共にいるものを…私の何を考えていたのだ?」

 表情を変え興味深げにクラヴィス様に問い掛けられ、咄嗟に言葉に詰まる。

「…それは色々です」
「また色々か…要は…答えられぬと?おまえは、嘘つきだな…本当は、私の事など考えていなかったのであろう?」

 視線を逸らし寂しげに伏せられた瞳…
 あなたにそんな表情をさせてしまうとは…非難された方がましだ…
 困った…理由を言えば納得して下さるだろうが…気分も害されるはず…

「そのような事はありません!あなたの事と言いますか…関連する事と言うか…」
「私に関連…それはどのような?」

 伏せた瞳がゆっくりと上げられ、俺を捕らえた。
 嘘偽りを許さない…と視線が告げている。

「それは……」
「先程、事情とも申したな…オスカー…言えぬのか?」

 言える訳がない。あなたから贈られた紫水晶を失ったなんて…

+++

 瞳と同じ色、小振りの原石を見せられた時、ついねだってしまった。
『この石を頂けませんか?まるであなたに見つめられているようで…これがあれば会えない時間の慰めになります』
『おかしな事を…まあよい。気に入ったのなら持っていくがいい。おまえに贈ろう』
『ありがとうございます。大切にします』

+++

 あの時、大切にすると約束をしたのに…

「オスカー…何を隠している?言ってみるがいい」

 クラヴィス様の手が伸ばされ、俺の頬を優しく撫でる。
 やはりあなたに隠し事なんて、無理か…仕方ない覚悟を決めよう。

「申し訳ありません! あなたから頂いた石をなくしてしまいました!」

 一気に言うとそのまま深々と頭を下げた。
 沈黙が気まずい…怒ってらっしゃるよな…約束を破ってしまったのだから…
 しかし、聞こえてきたのは微かな忍び笑い?
 顔を上げると可笑しそうに笑うクラヴィス様が、俺の頭を軽く叩く。

「ようやく言ったな」
「怒ってらっしゃいませんか?」

 俺の問いにクラヴィス様は答えず、チェストへと向う。
 そして、引出しから取り出した物は、なくした紫水晶だった。

「どうして!?」
「先日、リュミエールが森の湖で拾ったと、届けに来た。以前、これを見ていたゆえ、私の物だと気付いたようだな」

 森の湖…夜中のデートの時か…俺が探しに行った時は、すでになかった。
 リュミエールに拾われた後だったのか…
 奴も今は、その石が俺のものだと知ってるはず。
 わざわざあなたに届けるところが、あいつらしい…
 もしかすると、あんな場所で落とした経緯に嫉妬したのか…

「なくした事をいつ言うのかと待っていたが、私を避けるし…一人探し回って難儀したようだな」
「すべてご存知で…俺をからかいましたか?」

 今日のあなたの表情や台詞は、芝居だった言う訳か。
 クラヴィス様が苦笑を浮かべながら、俺の手に石を載せる。

「おまえが言いやすいように、してやったまでの事」
「確かに…かなり焦りましたから…言わざるおえませんでしたよ」

 手に帰った石の感触を確かめるように、そっと握りしめた。

「オスカー、また…なくさぬようにな」
「はい!もう夜の外でのデートをやりませんから!」

 俺の台詞にあの夜を思い出されたのか、クラヴィス様の頬が赤く染まる。

「馬鹿者…そのような時は、石を置いていけばよかろう」
「なるほど…それもそうですね。目の前に本物があるのだから…」

 俺は、立ち上がると両頬に手を添え、紫水晶の瞳を覗き込んだ。

「あなたの方がずっと綺麗だ。俺だけの宝石ですね」

 クラヴィス様が微笑み、俺の首を抱くように両腕を回す。

「私をなくさぬようにな…」
「決して離しません。この約束だけは…守り通します」

 抱きしめあい、誓いの口づけを何度も交わす。
 この一週間を取り戻すように、甘い口づけが激しく深く変化していった。


END



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