軽いノックの後、返事も待たず闇の守護聖の執務室に入った。 クラヴィス様は、寝椅子で横になり瞳を閉じているが眠っていないようだ。傍らに跪くと耳元に囁くように声を掛けた。
「クラヴィス様、お願いがあるのですが聞いて頂けますか?」 「…聞くだけでよいのならな」
眠気の為か俺の声にも瞳を開くことなく、気怠げに吐息を吐きながら答えが返る。
「明日、俺の屋敷に来て頂きたい」 「明日…21日か。何故?」
興味を引いたのか、閉じていた瞼がゆっくりと開けられ、俺を真っ直ぐに見た。
21日が何の日かやっぱり覚えていないか… 一々他人の誕生日まで把握してるはずもないよな。 去年までは、何となく気が引けて声を掛ける事が出来なかったし。 だからと言って、今年が色よい返事を期待できるわけでもないのだが…まっ…玉砕覚悟かな。 砕けても、食いついて承諾を得るまで頑張るつもりだがな。
「俺の誕生日です。あなたと過ごしたくて」 「おまえの誕生日と私がどう関係する?」
素っ気無い言葉と訝しげな表情。でもまあ…予想通りの展開だ。 クラヴィス様の冷たい態度なんて、今に始まったことじゃない。
「あなたには、関係ないでしょうが…どうしても一緒に過ごしたい」
馬鹿にされるか思い切り拒否されるだろうな。と思いながら告げた台詞。だが、次のクラヴィス様の意外な答えに驚愕してしまった。
「…まあ……よかろう。特に予定もないことだ」 「本当に本当ですか!?必ずですよ!」
思わず耳を疑ってしまう。 OKしてもらうまで粘るつもりだったのに、こんなにあっさりと… もしかして、しつこく懇願されるよりも承諾した方がマシだと思われたのかもしれない。 どちらにしても俺には、嬉しい答えに違いないが。
「くどい!但し、何も期待せぬことだ」
クラヴィス様は、俺の喜びにしっかりと釘をさすと、この会話は終ったとばかりに背中を向け眠りにつこうとする。
「もちろん、了解していますよ。あなたが一緒にいて下さるだけで、最高のプレゼントですから」
俺の浮かれた言葉にクラヴィス様は、肩越しに振り返ると呆れたように苦笑を洩らす。
「おまえは、安上がりだな」 「何とでも言って下さい。俺は、嬉しくて仕方ないですからね」 「…単純な奴だ」
クラヴィス様が可笑しそうに微笑む。滅多に見る事の叶わない微笑があまりに綺麗だったから…魔が差した。
「クラヴィス様…」
思わず覆い被さるように抱きしめて、口づけてしまった。すぐに我に返ると、唇の感触を味わう間もなく慌てて身体を離す。
「申し訳ありません!」
やばい殴られると思ったが、クラヴィス様は複雑な表情で俺を見ると小さく息を吐く。 何も言えないほど驚いたか、呆れたか…怒りが頂点なのか。
気まずい空気が漂う。 その空気を断ち切るようなノックと扉が開け放たれる音。同時に、ジュリアス様が姿を見せた。厳しい表情で一瞬だけ俺に視線を投げかけたが、明らかに邪魔だと言っていたような。 席を外すそうかと思案しているうちに、ジュリアス様はクラヴィス様へ声を掛ける。
「クラヴィス、よいか?」 「ああ…かまわぬ」
クラヴィス様は、立ち上がると扉の前へと歩んでいった。
二人が並ぶと金と黒の見事なコントラスト。完璧な対って感じだ。 小声で何かを話しながらジュリアス様は、クラヴィス様の寝乱れた髪を何気ない自然な仕草で整える。 あまりに自然な行動に嫉妬さえ覚えた。このお二方は、仲が悪いと思っていたがどうなっているんだ。
俺の視線が気になるのかジュリアス様は、クラヴィス様を促し共に部屋を後にした。少しすると、隣から扉の音が聞こえる。 ジュリアス様の執務室に移動したようだ。 気になる…普段と違う雰囲気のお二人が気になってしかたない。 意を決して追うように廊下に出ると、人がいない事を確認して扉を少し開け中を覗き込んだ。
机に腰掛けたクラヴィス様と後姿のジュリアス様が見えたが、会話の内容は、聞こえない。 不意にクラヴィス様が穏やかな笑みを浮かべた。そして、立ち上がるとジュリアス様の両肩を抱き寄せ、耳元に何かを囁く。 ジュリアス様は、クラヴィス様を強く抱きしめ返す。 俺は、目の前の二人が正視できず踵を返し逃げ出した。
今のは、何だ?俺は、何を見た…まさか…… 仲が悪いってのは、演技だったのか!? 男と恋愛する趣味などないって言って、女性を誘っていたのは、真実を隠す隠れ蓑だったのか!? いくら諦めの悪い俺でもジュリアス様相手じゃ…潮時か…… 絶望的な思いってこういう感じなのか… 自分が滑稽で憐れで惨めで…色々な思考が空回りしていく。
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