クラヴィス様が口を聞いてくださらない。館にも執務室にも、出入り禁止を喰らい、視線を向けても、声を掛けても、見事な無視。
確かに俺が悪かったが…
何もそこまで徹底しなくてもいいじゃないですかー!!
事の起こりは、2日前の夜。
クラヴィス様を腕に抱きながら、甘い余韻に浸っていた時に、リュミエールの茶会に招待されたと。
よりによって俺が視察に出る日にだと! リュミエールの奴! 俺が居ない隙にクラヴィス様に、手を出そうとはいい度胸じゃないか!
あなたも危機感がなさすぎますよ! 俺が日頃から口をすっぱくして、あれほど言ってるのにどうしてわかって下さらないんだ!
だから、つい口調も荒くなってしまった。
「何度言えばわかるんですか!?リュミエールの誘いなんぞに、簡単に乗らないで下さい!」
クラヴィス様は、一瞬、俺の剣幕に驚かれたが、すぐに不機嫌な表情で怒鳴り返された。
「うるさい! ただの茶会に出るだけに、何故、一々おまえの許可がいる!?」
「俺があなたの恋人だからです!」
「恋人だからと言って、私の自由を束縛する権利があるのか!」
「ありますね! 恋人の身の安全を心配してどこが悪いんですか!」
「馬鹿馬鹿しい。ただの茶会に何の心配があると言うのだ!」
「主催者が問題なんです!」
ルヴァの茶会なら俺だって反対しませんよ。リュミエールってのが問題なんです!
「どこがだ? リュミエールではないか?」
そ・れ・が! 問題だと何故、気づいて下さらないんだー!
お茶に何か、痺れ薬や催淫剤を入れて、襲ってきたらどうするんです!
奴は、顔に似合わず馬鹿力なんですよ。あなたくらい軽く押さえ込めるんです!
「大体、俺が留守の時にするのが許せませんね」
「だからであろう? 私を心配してしてくれているのだ」
クラヴィス様…純粋と言うか鈍感と呼ぶべきか…奴の邪な波動が、何故わからないのか…
「わかった。リュミエールの所には、行かぬ」
猛反対振りが幸をそうしたのか、前言撤回された…が!次の言葉に絶句。
「来て貰う事にする。リュミエールがオスカーが反対するなら、ここにティーセット持参で来ると言っていた」
「そんなものは、もっての他です!」
リュミエールの奴ー! 二重の構えを用意するとは! クラヴィス様が恨みがましい目で俺を見る。
「おまえがいない間、一人でじっと部屋に篭っていろと言うのか?」
「鬼の居ぬ間にってやつが、どうしてわかって頂けないのですか!?」
「わからぬな」
「何かあってからでは、遅いんですよ」
「おまえは、何を心配している?」
ああー!この方は、何をのん気な事を!
「あなたの貞操に、決まっているじゃないですか!」
「馬鹿者!」
「痛っ!」
クラヴィス様が肘で俺の腹を〜そんなに怒る事ないでしょう…本当の事なのに…
この方は、妙な所で頑固になられる。これは、作戦変更だな。
「わかりました。茶会くらいの事で俺達が口論するのも、馬鹿馬鹿しいですし仲直りといきましょう」
クラヴィス様を抱きこむと、組み敷いた。
「そうだな」
クラヴィス様がホッとしたように微笑み、俺の首に手を回す。その微笑に罪悪感が…クラヴィス様すみません!
俺を咥え込み淫らに動く肢体。
その声と表情だけで、達きそうになるのをグッと堪える。
「う…ん……」
クラヴィス様が俺の背中に爪を立て、最後の瞬間を待ち望んでいるのがわかるが、まだだ…
「オスカー…はや…く……」
そんな潤んだ瞳で見つめられると、望みを叶えて差し上げたくなるが。
さて、頃合かな?作戦開始だ。
「クラヴィス様、約束して下さい。お茶会に行かないと」
耳元に囁くだけで、クラヴィス様の身体がビクリと反応する。
「おまえは…こんな時に」
「約束してくださらなければ、このままですよ?」
「…ずるいでは…ないか…」
「ずるくてけっこうです。どうしますか?」
クラヴィス様が頑固に首を振るのが憎らしくて、解放を求めるそれを強く扱いた。
「これでも?」
「やっ!オ…スカー」
クラヴィス様の全身が反り返り、シーツを握る指に力が込められる。
俺って酷い事をしてるな…しかし!ここで、手を抜くことは出来ない。
リュミエールの魔の手からあなたを救う為なんです!すみません…クラヴィス様…
「さあ、約束してください」
「…行かな…い……」
クラヴィス様が唇を噛みしめ悔しそうに、降参した。頑固なクラヴィス様でも、やはり、本能には、勝てない。
一応、念を押しとこうか。
「本当ですね?」
「言う通りに…するか…ら……早く…」
達けないことが余程苦しいのかクラヴィス様が、瞳から大粒の涙を溢しながら、何度も頷く。
「クラヴィス様、約束を忘れないで下さいよ」
最後の念押しをすると、俺は、一気に貫き、クラヴィス様の中に堪えていたものを放出した。
その勢いにクラヴィス様は、悲鳴を上げながら、自らも放ち、そのまま気を失われた。
俺は、涙で濡れた瞳に唇を落としながら、何度も謝った。
朝になったら、ちゃんと謝ろう。許してもらえるだろうか……
しかし翌日、目が覚めるとクラヴィス様の姿はなかった。
あれから、クラヴィス様に謝る事もできず視察の日となった。
いつもなら、見送りに来て下さるのに姿がない。
こんな事になるなら、あんな真似をしなければよかった。後悔先に立たず、後の祭り、自業自得。
俺の頭の中には、自分を責める言葉ばかりがグルグル回る。
「まさか…茶会に行かれてないだろうなあ」
不安が過ぎる。あんな形での約束は無効扱いだろうし、今から見に行きたくても時間がない。
「オスカー」
クラヴィス様の幻聴まで聞こえる。幻聴でもいい…あなたの俺を呼ぶ声が久しぶりに聞けたことだし…
「オスカー!聞こえぬのか!」
項垂れていた顔を上げると、クラヴィス様の姿が…今度は幻まで……重症だ。
「……おまえ…わざとか?私が無視した腹いせか!?」
幻のクラヴィス様にまで、怒られた。ため息が洩れる…
「…無視した事を、怒っているのか?オスカー…」
急に心細気な声、戸惑ったような表情…俺は、幻のクラヴィス様にまでこんな表情をさせてしまった。
慰めたくて抱きしめ…抱き心地まで同じだ。ついでに口づけをと顔を寄せたとたん、足の甲を踏みつけられた。
「痛っ!」
「人前では、控えろと言っているであろう!」
顔を真っ赤にして怒鳴るクラヴィス様。痛いと言う事は……ようやく、我に返った。本物だ!
「クラヴィス様!」
「おまえは、私を無視したと思えばいきなり抱きついて不埒な真似を!」
「申し訳ありません!俺の願望が現した幻かと…」
「…おまえは……幻にまで手を出すつもりだったのか」
呆れ顔で呆れたように睨まれる。
「幻でもあなたですから」
俺の言葉にクラヴィス様は、怒るべきか喜んでいいのか考え込まれてしまった。
クラヴィス様との久しぶりの会話にしては、色気も何もないな。
あっ!謝らなければ!
「クラヴィス様!先日は申し訳ありませんでした!」
「すぐに許してやるつもりだったのだが。癪だったのでな…」
クラヴィス様…癪って…それだけで、あんなに見事な無視ですか?あんまりですよ…
でも、俺に反論の余地なんてないだろうなあ。
「それで、許して頂けますか?」
「私も無視していたのだから、お互い様だ。おまえも私を許せ」
「俺が悪かったですから」
俺の言葉に、クラヴィス様は、首を振り、苦笑された。
「おまえだけが悪いわけでは、ない。私も我を張りすぎた。あのような手段に出なければならないほど、おまえに心配を掛けていたとは」
「俺は、俺の目の届かない所であなたに何かあったらと思うと…」
「心配性なことだ」
クラヴィス様の微笑をうっとりと見つめながら、どうしても確認しておきたくて、恐る恐る口を開く。
「あの…茶会は?」
「無論、断った。どういう形であれ、おまえと約束したのだからな」
「ありがとうございます!」
よかった〜これで、安心して視察に行ける。
「…おまえの帰りを待っている」
クラヴィス様が少し照れたような表情を浮かべる。これから、視察でなければ館へ直行して、甘い時間を過ごせるのに…
明日までの我慢か。
俺は、クラヴィス様の抵抗覚悟で、もう一度抱きしめた。
クラヴィス様は、抵抗しても無駄だと思われたのか、あっさりと俺の腕に収まってくれた。
俺は、唇の変わりにクラヴィス様の髪を手に取り、口づけた。
「クラヴィス様…あなたの元へ、一秒でも早く帰れるように努力します」
クラヴィス様が吐息と共に小声で囁く。
「…早く帰って来い…」
END