我が手に在りし


不意に、私を抱きしめていたオスカーの腕が小刻みに震え、唇を離す。
苦しげにうめき声を上げると同時に、床の剣を遠くへ蹴り飛ばし、私を突き放した。

「オスカー!?」
「俺か…ら離れ…て…下さい」

闇のサクリアから逃れようと彼の抵抗が強まったか…
私に危険が及ばぬようにであろう…震える身体を抱きしめながらオスカーは、後退する。

「オスカー…」
「…大丈…夫です…あなたの……サク…リアが…守って……くれる」

安心させるように笑みを見せるオスカー。だが、次の瞬間崩れるように膝をつく。

「オスカー!」

『俺の邪魔をするな!』

怒号と共に顔を上げ私を見据えたオスカーの表情は、憎しみに血を滾らせる彼へと変化していた。
『おまえを殺せないなら、この身体を殺してやる!守護聖が一人死ねば宇宙の均衡が崩れ、やがて宇宙も滅びる!少々、時間がかかるが堪えてやろう。おまえ達は、ここで死ぬ運命だ!』

言葉と裏腹に、オスカーの意志を抑え込む事が徐々に難しくなっているのが、額に流れる汗、身体の震えでわかった。 本来のサクリアの強さと輝きが益々強まっている。

「それは、私の認める運命でない!オスカーは、負けぬ!おまえにシュラムも宇宙も滅ぼすことなど不可能だ。悪しき心を捨て、魂の国へと旅立つがいい。それこそがおまえの本来の道…運命だ…」
『…運命だと?……俺が恋人を救えなかった事もそうだと言うのか!?誰よりも愛し大切にしていたのに…何故、あの日に限って山を降りたんだ!それが運命だったなんて認めない!俺のこの痛みを…渇きをどうやって癒せと言うのだ!』
「…過ぎ去った過去は、変えられぬ」

過去を変えられぬ故、運命と呼ぶのであろうか…
叫びの中に言いようのない苛立ちと深い哀しみが見える。

微かな風が吹き込み、私の傍を何かが通り過ぎた。
あれは……先程私に語りかけた…
片手に赤子を抱き、オスカーに…オスカーの内の彼に縋りつくように泣く少女。
死を選んだ事で彼を変貌させてしまった罪と後悔…何よりも彼を想い現世にとどまった魂。
サクリアの邪悪さに近付けなかったが、弱まった事でここに入り込またのであろう。
オスカーが彼の支配を弱めた今なら、彼女の愛を伝えられるかもしれぬ。
彼を救えるのは、彼の愛する者達だけ…

救いを求めるように私を見る少女に小さく頷き、彼の魂に静かに問い掛ける。

「…おまえには、見えぬか?聴こえぬか?おまえを救って欲しいと泣く愛する者の姿が…彼女の手に抱かれる赤子の姿が…」
『馬鹿げた事を言うな!彼女は、穏やかな死の国で傷ついた心をやすめているはずだ!』

怒りながらも何かを感じ始めたのか、忙しなく周囲を見渡す視線。

「人の心を取り戻せ!愛する者の声を聴け!」

同時に闇のサクリアを二人に注ぐ。

オスカーから迷い始めた魂を分離させると、身体が床に倒れ伏した。
力なく跪く彼の魂に少女がそっと語りかけ、赤子を抱かせる。
赤子を受け取り、歓喜に咽び泣く彼を抱きしめる少女。
彼の内から悪しきサクリアが消えて去ってゆく。

「道を見失った魂に永遠の安らぎを……」

二人の魂の浄化を見送る。
宇宙が死を望んだ炎の守護聖は、今度こそ魂の安らぎを見出したのだな。
…すべてが終った…

気付けば立ち上がったオスカーが、優しい瞳で私を見つめていた。

「オスカー!」

その胸に飛び込むと逞しい腕に強く抱き寄せられる。

「さすがは、俺のクラヴィス様です。惚れ直しました」
「おまえが彼の支配を弱めたくれたおかげだ。私一人の力ではない」

おまえを失わずにすんだ事を…すべてのものに感謝しよう。
オスカーと惑星を救い出せた安堵に、疲れが一気に噴出し身体から力が抜ける。

「クラヴィス様?如何なさいました?クラヴィス様!」

オスカーの声が遠のいてゆく。


目覚めると、聖地の次元回廊にいた。オスカーは、私を抱いたまま、出迎えに来たのであろうジュリアスと言葉を交わしている。

「クラヴィス、目覚めたか…ご苦労であったな」

私の視線に気付いたジュリアスが、労いの言葉と共に手を差し出す。

「…おまえとの約束を守ったぞ」

ゆっくりとその手を握り返すと、ジュリアスは、珍しく穏やかな笑みをたたえ頷いた。

「普段せぬ労働をしたのだ。さぞ疲れておろう?後は、ゆっくりとやすめ。3日程休暇を取るがいい。もちろんオスカーもな」
「お心遣い感謝致します。これから、再会をじっくりと味あわせて頂きますよ」

私が答えるよりも先にオスカーが弾んだ声で応じる。
おまえの返事では、私の身体が休む事ができるのか不安なのだが…
まあ…身体が休めずとも心が安らぐことは確かか…


先に入浴を済ませると寝椅子に座り、オスカーを待つ。
窓からの心地よい風に吹かれ、このまま眠ってしまいそうだ。
不意に間近に吐息を感じ、いつの間にか閉じていた目を開くとオスカーが苦笑しながら、顔を覗き込んでいる。

「クラヴィス様、眠らないで下さい」
「さて…自信がないが…」
「俺に明日まで待てと?申し訳ありませんが…忍耐が……」

オスカーにふわりと抱き上げられた。

「堪え性のない…」
「あなたの前ではね」

オスカーの首に腕を絡ませ頭を引き寄せると、口づけを贈る。

「私を眠らせるなよ?」
「お任せを」

寝室に向う途中、机にあったタロットカードの一枚が風に舞い床に落ちた。
一瞬見えたカードは……

「クラヴィス様?如何なさいました?」

私の視線をオスカーが訝しげに追う。何でもないと笑みを浮かべ、もう一度口づけた。

……運命は変えられる…その者の心一つで…

END

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