今日、ようやく自由の身になることができる。
至高の座を新しい女王に託し、一人の女になることが。
即位してから待ち焦がれていたこの時。なんて長かったんでしょう。
ずっと……ずっと……胸の奥に鍵をかけて封印していたあの言葉をやっと伝えることができるのね。
大好きなあの方に。
女王候補に選ばれ、守護聖様方と初めてお会いした時、目を奪われ心惹かれたあの方。
司るサクリアと相反する雰囲気と、孤独な影を身に纏う闇の守護聖クラヴィス様。
ディアは、無口で無愛想なクラヴィスさまを怖いと言ったけれど……わたしは、そう思わなかった。
だって、ふざけて木登りにお誘いしたら、本当に登られて来られた時の驚き!
まさか、本気になさるなんて思わなかったから。 眺めのいい景色だと、感謝されて嬉しかったわ。
時々見せて下さるはにかんだような笑顔がとても素敵で、会うたびにどんどん好きになっていく気持ちが止められなかった。
『アンジェリーク。私には、おまえが必要だ。おまえのいないこれからの時間など、考えられない。これからも、ずっとそばにいてくれないか?』
大好きなクラヴィス様からの思いがけない言葉。
すぐにお返事をしたかったけれど……わたしは、女王候補。
わたしが降りてしまえば、ディアが新しい女王に。だから、彼女に相談するお時間を頂いたのに。
この時、お返事をしていれば、わたしの運命は、変わっていたでしょうね。
愛する人と共に歩む幸せな道を自分から不意にしてしまった。
この日を悔やんで何度泣いたことかしら……
クラヴィス様との約束の日、陛下の急なお呼び出し。時間に遅れてしまいそうになったから、偶然お会いしたジュリアス様に伝言をお願いしたの。責任感の強いこの方ならちゃんと伝えてくださると信じて。
「ジュリアスさま!お願いします!森の湖にいるクラヴィスさまに伝えてください!待っていて下さいって!」
一息に話すとジュリアスさまの返事も聞かず、陛下の元へ急いだの。
少し遅れて森の湖に着いたけれど、クラヴィス様は、いらっしゃらなかった。
怒らせてしまったのかしらと、心配になって私邸へご訪問したけど会って下さらない。
この日から、わたしを避けるようになってしまわれて話し掛けることもできなくなってしまった。
そして---わたしは、陛下のご指名のまま次期女王に。
たとえ、嫌われていてもクラヴィス様のお側にいたかったから。
見つめる視線を悟られないように、ベールで顔を隠すようにしたの。
クラヴィス様は、変わられた。深い深い闇に捕らわれたように哀しい瞳をされて、人を寄せ付けず、無気力に。
お救いしたかったけれど女王は、公平でなければいけない。こんなにお傍にいても何もできないなんて……無力だわ。
長い長い間、クラヴィス様を見つめていていつしか気づいてしまった。
同じ人を愛しているからわかってしまった。わたしと同じ瞳で見つめる存在に。
彼の覆い隠された愛しそうな視線の先を。
いつもきつく接して疎まれながらも、光の守護聖は、彼なりにクラヴィス様を闇から引き上げようとしていたのね。
後、ディアから聞かされた『ジュリアス様は、伝言を伝えなかった』……その理由がわかったの。
「以上で、女王交替の儀を終了いたします」
宮廷中に響き渡る終わりを告げる声。
終わったのね。わたしが何を言っても誰にも責められることは、ないのね?
愛しい方の元へ一気に駆け寄った。
「クラヴィス様!クラヴィス様!」
視線を隠すベールが風に落ちていくのもかまわず。
なのに涙でクラヴィス様がはっきとりと見えない。
胸に飛び込んで、子供のように泣きじゃくった。
戸惑っていた両手が、わたしをやさしく抱きしめてくれる。
「---アンジェリーク」
優しい響きで、わたしの名前を呼ぶ。長い間呼ばれなかった懐かしい名前を。
「ごめんなさい!ごめんな……さい」
「何を謝ることがある?」
「約束を……守れなくて」
「もうよい。おまえは、おまえこそが女王にふさわしかったのだから」
クラヴィス様のあの頃のような優しい微笑み。
せっかく昔のままお会いできたのに今日でお別れなのですね。 だから封印を解きます。
「あなたが大好き。愛していました………ずっと」
驚いたように目を見開いた後、クラヴィス様は、嬉しそうに微笑まれた。
「私もおまえを愛している。あの頃のままに……」
ずっと、わたし達は、同じ想いを抱いていたのですね。 嬉しい、あなたを愛し続けてよかった。この想いがあれば、生きていけます。 過去をすがって懐かしむのではなく、あなたを愛しながら、わたしに開かれている未来への道を。
「わたしは、これからたくさん恋をしてあなた以上に愛する人を見つけます。いつか、あなたのサクリアが尽きて……まだ、わたしが生きていたら必ずお会いしましょう。わたしが子供や孫達に囲まれて、どれだけ幸せか見に来て下さい。だから、あなたも……あなたの幸せをわたしに報告して下さいね」
「ああ必ず」
クラヴィス様は、少し淋しそうな瞳をされたけど大丈夫ですよね?わたしに約束をして下さったのだから…
「さよなら、わたしの闇の守護聖様」
「さらばだ。私の天使……」
わたしとクラヴィス様は、唇が触れるだけのくちづけを交わした…最初で最後のキス。お互いの姿を瞳に焼き付けるように見つめ合う。
他の守護聖たちが呆然と見守る中、ジュリアス様だけが唇を噛みしめて見ているのに気付いて歩み寄る。
クラヴィス様を想う気持ちは、誰よりも…きっとわたしよりも強い方。
「ジュリアス様、クラヴィス様をお願いします」
「何故……私に?」
「あなたは、光の守護聖。闇を導き照らし出す光ですもの」
わたしの言葉に、ジュリアス様は、はっきりと力強く頷かれた。この方ならば、クラヴィス様を闇から救い出せるはず。
そして、クラヴィス様を振り返らずに、背を向けて歩き出す。
わたしの未来に向かって。
END
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