闇の果てに



「クラヴィス様、今の一番の噂をご存知ですか?」

 いつものようにソファーでくつろぎながら、目の前のオスカーが楽しそうに問い掛ける。
 噂…おまえと女王候補のことか?知らぬ者は…いまい。
 だが…私は、知らぬ振りする。

「知らぬな」
「…本当に?」

 オスカーは、落胆したように肩を竦める。私に知られた方がよいのか?
 その方が別れやすいとでも…考えたのか…

「あなたがそう言った類のものに関心を寄せられないことは、知っていますが…今回は、あなたにも関わりがあるのですよ?」

 関わりか…確かにな。おまえは、その噂を持ち出しどうする?

「どういう意味だ?」
「俺と金の髪のお嬢ちゃんが恋人だそうです。これでもあなたは、関心を持たない?」

 オスカーの真剣な瞳。別れを切り出される予感に心が震え…何も言えない。

「…何もおっしゃって下さらないのですね」

 オスカーがため息を吐く。
 私に何を言えと言うのだ?おまえたちを祝福しろとでも?

「俺は、ずっと不安でした。あなたが何も答えて下さらないから…それでも、俺を拒まないあなたの態度から愛されていると信じていました」

 そうだ…私は、おまえを愛している。ただ…言葉に出すことができない。

「しかし、それが俺の独り善がりかもしれないと不安だらけだった。いつかあなたから一言が聞けると思っていましたが……あなたは何も言ってくれない」

 言わねばわからぬと?…そうかも知れぬ。おまえが愛を告げなくなった今、やりきれぬ想いでいっぱいだ。

「俺は、あなたの一言が聞きたくて、あのお嬢ちゃんを利用しました」

 利用だと?どういう意味だ?自嘲の笑みを洩らすオスカーを凝視する。

「あなたがあのお嬢ちゃんを気にしていたから…焼きもちを焼いて欲しかったんです。だから、あなたの前でお嬢ちゃんの話題しかしなかったし…敢えてあなたに愛を言わなかった。自分でも馬鹿げたことだと…子供じみたことだと思います」

 わざと?おまえは、彼女を愛していないのか?私は、思い違いをしていた?

「…オスカー…」

 絞り出すようにその名を呼ぶ。オスカーは、苦しげに視線を逸らし言葉を続ける。

「俺は、彼女を傷つけても…それでも、あなたの本心を引き出したかった。でも、あなたは、何も言わない。何も聞かない。あなたが俺に詰め寄るのを…嫉妬の言葉一つでも投げかけてくれるのを期待していました」

 運命だからと…何も言えなかった。おまえが離れていくのは、仕方ないと。
 誤解していたのか?おまえの心の中に私などもう…存在しないと思っていた。
 失っていない安堵と共に…ふと、彼女の瞳を思い出す。真剣な想いを秘めた強い輝き。

「彼女は、おまえを愛している。その想いはどうなるのだ?」

 思わず口に出した言葉にオスカーの表情が変わる。私を見つめた視線…向けられた事のない怒りに身体が竦む。

「あなたがそれを気にするのですか!?彼女に、惹かれているのも事実です。けれど、俺が愛しているのは、あなただけなのに…残酷な人だ」

 そうではない!そんなつもりでは…おまえが考えぬはずがなかった。
 おまえこそが、一番気に病んでいたであろうに…自分の失言に嫌悪する。

「あなたは、俺を愛していないのですね?だから、そんな事が言える!俺だけがあなたを愛していた!そうなのですね!!」

 違う!!私も愛している!今、言わなければ…永久に失う。なのに、オスカーの炎のような怒りに焼かれたように言葉がでない。
 何か言わなければ…心だけが焦る……

「何も言わないそれがあなたの答えですか?」

 オスカーは、硬い表情のまま立ち上がると踵を返し走り去った。私は、ただ…開け放たれた扉を見つめ続けるしかなかった。
 追いかければれば…よいのか?だが、追いかけて何と言えばいいのかが…わからない。何故…言葉がでないのだ!


 この夜からオスカーは、私を訪れない。
 そして、女王試験が終わる頃、アンジェリークが失恋したと新たな噂が流れた。




 あの夜からオスカーは、私の元へ訪れない。
 おまえを信じきれなかった私の自業自得。
 それでも…アンジェリークの失恋の噂に、もしかすると戻って来てくれるやもしれぬと…
 毎夜待つ自分が愚かしい。


 執務の帰りに立ち寄った森の湖で、並んで座るオスカーとアンジェリークを見かける。すぐさま立ち去ろうとしたが、噂と違う二人が気になりそのまま木の陰に身を潜めた。
 オスカーは、珍しく本を読んでいる。しかし、真面目に読む気もないのだろうページをめくる手が早い。ふと、何かを見つけたのかその指が止まる。

「何かお気に入りを見つけました?」
「いや、何でもない」

 アンジェリークの問いにオスカーは、首を振る。心なしか表情が陰っている。

「オスカー様…その詩って……」

 オスカーの開いているページを覗き込んだアンジェリークの表情も曇る。

「人には、それぞれ思い悩むこともあるさ」
「そうですね。オスカー様がいつもの元気を取り戻せるまで、お付き合いします!」

 明るく言い放つアンジェリークをオスカーは、眩しげに見つめた。

「お嬢ちゃんは、優しいな。俺は酷いことをしたってのに」
「オスカー様が他の方の気を惹くために私を利用したことですか?私も言いましたよ?気にしていないって。だって、楽しかったですもの」

 オスカーは、あの事を話したのか…利用されたと言うのに、何故、彼女は…笑っている?楽しかったから? それで、許してしまえるものなのか?

「恨み言の一つや二つ言ってもかまわないぜ?」
「どうして?私は、どんな理由でもオスカー様と一緒にいられるだけで嬉しいです」

 どんな理由でも共にいたい…か…そうだな……私もオスカーと共にいたかった……
 オスカーは、本を芝に置き身体を横たえる。

「自分を振った男なのに?」

 振った?では、あの噂は、真実なのか?では、何故、二人が一緒にいるのだ?

「…私ってずるいんです。元気のないオスカー様を慰める振りをして、心の隙間に入り込みたいって…思ってます」
「正直だな…けど、俺を慰めるってのは、振りじゃないだろう?俺もずるいさ。お嬢ちゃんの優しさに甘えている」

 甘える?オスカーが私に甘えたことなどなかった…私が甘えきっていたのかもしれぬ……
自嘲の笑みを洩らすオスカーにアンジェリークは、優しい微笑を送る。

「お嬢ちゃんは、何も聞かないな」

 少しの沈黙の後、オスカーがぽつりと呟く。

「オスカー様が苦しい恋をしてらっしゃることがわかりましたから…だって、淋しそうで……」
「淋しいか…そうだな」
「だから、オスカー様を癒して差し上げて…つらくならないように守ってあげたかったんです」

 オスカーが思わず苦笑を洩らし、起き上がるとアンジェリークに視線を向ける。

「俺は、誰かに守らってもらうほど弱い人間じゃないつもりだが?」
「そんなことありません!どんなに強い方でも時には、守ってさしあげることも必要だと思います。人は誰でも、守って守られて生きていくものだと…思っています」

 アンジェリークの台詞にオスカーは、考え込む。
 守って守られて…私は、いつもオスカーに守られていたような気がする。
 オスカーを守る事を一度でも考えたことがあっただろうか?

「ごめんなさい!生意気な事を言いました。でも…」

 気分を害したと思ったのか、慌てるアンジェリークの言葉をオスカーは、遮った。

「いや、そうだな。誰かに優しくしてもらいたいときは、確かにあるさ。今みたいにな…俺には、愛する人がいる。まあ…失恋したってわけだが」

 …違う…私は、おまえを愛している!今すぐそう叫びたい…だが、私には…できない。
 今更、遅いと言われたら…誤解を解けば、おまえは、私の元へ帰ってきてくれるのか?

「オスカー様がその方を忘れるまで、待ちます。待っていてもいいですか?」
「お嬢ちゃんは、このままいけば…女王になるぜ?女王陛下に恋は、禁忌だ」

 現状では、アンジェリークが優位に立っている。彼女が近いうちに女王になることは、確実であろう。

「知っています…何か道があると信じています。でも、どうしても道がないのなら…この試験を放棄します!」
「女王にならないのか!?」

 目を瞠り驚くオスカーにアンジェリークは、誇らしげな笑顔を見せる。

「女王になるよりもあなたが大切なんです!」
「ありがとう。アンジェリーク…」

 オスカーがアンジェリークの額に口づけた。思わず、目を逸らし唇を噛みしめる。

「待っています。あなたが大好きだから」
「俺も君の想いに答えたい。だがな…今の俺は、まだあの方に捕らわれているんだ。本当に誰よりも愛していたから…」

 愛していた……オスカーは、すでに過去形で語っている。

「大丈夫です!私こう見えても気は長いんです。だから待てます」
「レディをあまり待たせるのは、申し訳ないな。自分にけじめをつけることにする」

 静かに微笑みあう二人…この瞬間に私は、完全にオスカーを失ったことを知る。
 オスカーは、彼女を選んだのだ…私の目の前で……


 二人の去った後にオスカーの読んでいた本…詩集が忘れられていた。
 開かれたままのページの一篇…これをオスカーは、どんな気持ちで受けとめたのか。



ずっと好きだった ずっと好きでいるつもりだった
でも今はちょっとひと休み 少しだけ立ち止まって
夜空を見上げて涙を止める 零れ落ちるのは星のかけら
月の灯りだけが私を照らす あの日見てた月だけが恋を知ってる




「そなたには、耳の痛い話であったな」

 詩を食い入るように見つめていた私に声が掛かる。振り返ると、ジュリアスが無表情に立っていた。何故、ここに…いつからいたのか?

「私とて、気晴らしくらいはする。あのような場面に行き当たると思わなかったがな」

 私の疑問を解くように、ジュリアスが答える。だが、最初の台詞の意味は?まさか…知っているのか?

「…耳が痛いとは、どういう意味だ?」
「いつも愛されるだけ、与えられるだけのぬるま湯に浸かっていたのだ。女王候補の台詞がさぞかし効いたであろうと思ってな。尤もそうさせていたオスカーにも多少の非があるがな」
「おまえ…」

 平然と告げるジュリアスに驚きを隠せない。

「そなたとオスカーのことなら、最初から知っていた。私を見くびるな」

 知っていて…黙って見ていたのか?おまえなら、警告や別れさせると思っていた。

「何を意外そうな顔をしている?私とて人の心を持っている。執務に支障がない限り、見過ごすことくらいしてやるが?しかし、もうその必要もなくなったようだな」

 冷淡に言い放つジュリアスに思わず、表情が強張る。

「この結果を招いたのは、そなたであろう?オスカーに何を返してやった?そなたのことだ…失う事を恐れ言葉一つ返してはいまい?」

 そうだ…その通りだ…ジュリアスの言葉が心に突き刺さる……

「…星が告げたのだ」

 言い訳のように呟いた。星の運命は、変えられぬからと……

「それがどうした!?運命など自分自身で切り開いていくものだ!そなたは、少しでも逆らおうとしたか?そなたが何もせぬから失う羽目になったのだ!星の告げたことは、未来の一つの可能性に過ぎぬ。そうならぬ為にもそなたは、努力すべきだったのだ!オスカーを失いたくなければ、何故縋らなかった?何故言葉を返さなかった?すべては、そなた自身の責任であろう!?」

 ジュリアスが激しい口調で私を責める…その正しさに顔を背けるしかない。
 その通りだ。何度も機会があったのに私は、何もできなかった。わかっていたのに……
 運命に流されることに慣れすぎて、何をしても無駄だと…考えたのだ。

「オスカーには、まだ迷いがある。そなたの呪縛から解放してやれ」

 迷い?オスカーに迷いがあるのなら、間に合うかもしれぬ。だが、微かな希望は、ジュリアスの冷笑に掻き消された。

「そなたの考えていることは、無駄だ。そなたとオスカーでは、同じ事を繰り返し互いに傷つけ合うだけ…わからぬか?そなたは、この長い時間に同じ過ちを何度繰り返した?誰かに言われて変われるのならば、とっくにそうなっている。第一、オスカーは、すでに新たな道を歩もうとしている。そなた以外とな」

 ジュリアス…おまえは、残酷過ぎる。真実だからこそ……苦しい…

「最後くらいオスカーに返してやるのだな。そなたに後ろめたい思いを残さず、アンジェリークと歩んで行けるようにしてやることがそなたの努めであろう?」

 ジュリアスが静かに話す。その意味は…

「私から別れを告げよと…言うのか?」
「どうするかを決めるのは、そなた次第だ。だが、オスカーを愛しているのなら、誰がオスカーに幸せをもたらすのか、考えれば答えは、自ずと決まる」

 そう言うと、ジュリアスは、身を翻し立ち去った。
 私では、オスカーを幸せにしてやれぬ。私から別れを…告げるしかないのか?私にできるのか……




 その夜、オスカーが私邸を訪れた。思い詰めた表情で私を見つめる。

「クラヴィス様、自分の気持ちをはっきりとさせに来ました」
「…そうか。ちょうどよかった。私もおまえに言い忘れたことがあったのだ」

 事務的に淡々と聞こえるように…無表情を装いオスカーを見返した。
 そして、おまえが私を裏切ったと思わぬように…おまえが彼女の手を取りやすくしてやれるように、考え抜いた台詞を血を吐く思いで告げる。

「おまえといるとよい退屈しのぎになった…礼を言う」

 オスカーの顔色は、一気に蒼褪め・・唇を噛みしめる。信じられない…信じたくないと言いたげな…

「退屈しのぎ…それだけですか?」
「他に何があると?」
「俺は、あなたにとって…それだけだったのですか?」
「おまえの期待に添えず…すまぬな。それで?おまえの話を聞こうか?」

 ついでのように付けたし、面倒くさげにオスカーに問い掛ける。予想通りにオスカーは、侮蔑の眼差しを私に向けた。

「もう結構です!分かりましたから…失礼致します!」

 オスカーは、怒りに任せたように勢いよく立ちあがり、足早に扉に向う。乱暴に扉を開けたところで止まると、振り返らずに問い掛けた。

「最後に一つだけ教えて下さい。少しでも俺を愛した瞬間がありましたか?」
「…ない。おまえを愛したことなど一度もありはしない」

 オスカーは、大きな音をたて扉を閉める。
 もう二度と戻る事はないだろう…そう…それでいい…おまえは、光の中を歩め……

 おまえの姿を焼き付けたいのに…扉が邪魔しておまえが見えない……
その扉さえも…霞んではっきりと見えない……




 知らぬ間に中庭に降り立ち、夜空を見上げていた。
 一際輝く彼女の星に寄り添うようにもう一つの星が出現している。
 オスカーの如く力強く瞬いてる。そう、あれは、オスカーの星…
 寄り添う星達を見たくない。あの星達が消え去ればよいのに……
 星の消滅は、命の終わり…始まったばかりのあの者達が死ぬこともないか…
 いっそ…私が消えてしまおうか……

 私の願いを聞き入れたのか、それとも私の死を否定したのか…急な雨雲が空を覆い尽くす。
 やがて、ぽつりぽつりと降りだした冷たい雨……
 もっと激しく降ればいい…私の想いを流してしまえ…
 いつしか、髪も衣装も雨露を含み、重みを増し、濡れた衣装が体温を奪い尽くしていく。
 寒い……でも、まだ足りぬ。もっと凍えるまで…心を凍らせるまで……

 不意に腕を痛いほど掴まれた。
眉をしかめながら振り返れば、無言で睨みつけるジュリアス…

「何をしに来た?私をあざ笑いにか?」
「生憎それほど、暇でない。緊急の報告だ。先程、女王候補アンジェリークがオスカーと共に陛下に謁見し、試験を降りることを告げた。よって、ロザリアが新たな女王に、アンジェリークは、女王補佐官として聖地に留まることになる」

 事実のみを淡々とジュリアスが告げる。オスカーは、その足で彼女の元へ行ったのだな…
 こうなることは、わかっていたが…つらい…苦しい…この現実に押し潰されそうだ……

 暗い空をぼんやりと見上げた。大粒の雨が顔に降りかかる。
 このまま闇に溶け込めたら、何も考えずにすむのだろうか?ここは、嫌いだ…
 意識を浮遊させようとした…だが、ジュリアスに掴まれた腕の熱さがこの世界に引き止める。

「…わざわざご苦労であったな。用がそれだけならば、帰れ」

 私を引き止める邪魔な手を振り払おうとしたが、ジュリアスは、許さず更に力を込める。

「いつまでここにいるつもりだ?自分を痛めつけたところで何になる?愚かなことをするな!」

 おまえに言われるまでもなく…愚かなことだと……何にもならぬことなどわかっている!
 だが、この想いの行き場をどうせよと言うのだ…光の中のみを生きていくおまえに…

「おまえに…おまえに何がわかる!!おまえの言う通り、オスカーを解き放った!満足か!退屈しのぎだったと…愛していないと告げた!オスカーは、私を侮蔑な目で見たぞ。本当は、愛していると言いたかった!追いかけて…離したくなかった!」

 溜め込んだ言葉が迸る。自分でも止められない感情の流れ…
 ジュリアスは、静かに私を見つめる。

「では、何故そうしなかった?」
「何故?おまえがそれを問うのか!?」

 おまえが、私に言わせたのではないか!

「私は、言った。決めるのは、そなた次第だと…そなたがそうしたければ、己の心のままに行動すればよかったのだ」
「何を…今更!おまえが言ったのではないか!」
「私が言ったのは、オスカーの幸せを考えるのであれば…とだ。そなたがオスカーと幸せになる自信があったのならば、そうすべきだったのだ」

 確かに…ジュリアスの口から直接に別れろとは、言われなかった…私に考えろと言っていた。
 しかし、あの時は、別れろとしか……聞こえなかった…

「詭弁ではないか!」

 ジュリアスにとっては、理不尽であろう怒りをぶつけてしまう…

「どこかだ?自分が幸せにする自信がなく、決めた事を私のせいにするのか?笑わせるな!そなたが決めたのだ!人に責任をなすりつけるな!」

 ジュリアスの言う通りだから、余計にやり切れなくなる。おまえは、いつも正しいのだな…

「…何もかも私が悪いのか?」
「その通りだ」

 自嘲を込めた問い掛けさえ、一笑に伏される。

「おまえは…」

 ジュリアスの手を振り払い、その手で頬を容赦なく叩いた。パシッと鈍い音が響く。
 避ける事もできたであろうにジュリアスは、微動だにせず受け止める。

「少しは、気が晴れたか?」

 真っ直ぐに見つめるジュリアスの瞳は、穏やかだ。見たことのない目の色…慈しみ?

「…おまえは、ずるい……」

 何がずるいのか自分でもわからないまま、呟いた。

「…そうかも知れぬな」

 そんなに優しい眼差しを向けるな!やはりおまえは、ずるい…もう、怒りをぶつけられないではないか…

 いつの間にか雨が止み、再び星空が夜空を覆う。星の輝きは、オスカーを思い出させる…
 制御できない哀しみと後悔に似た想いで胸が詰まる。

「オスカー…オスカー……」

 子供のように泣きじゃくる私をジュリアスが胸に抱き寄せた。
 人の暖かさに触れるのは、いつ以来だろうか…
 ジュリアスが耳元に何かを囁くが、感情の波に掻き消され届かない。


 優しくするな…もう何も聞きたくない…暖かさもいらない…誰も私の心に触れるな…
 そうすれば…傷つかずにすむ…
 心ごと身を沈めてしまおう……孤独の闇に……


END
第一部

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