「そなたには、耳の痛い話であったな」
詩を食い入るように見つめていた私に声が掛かる。振り返ると、ジュリアスが無表情に立っていた。何故、ここに…いつからいたのか?
「私とて、気晴らしくらいはする。あのような場面に行き当たると思わなかったがな」
私の疑問を解くように、ジュリアスが答える。だが、最初の台詞の意味は?まさか…知っているのか?
「…耳が痛いとは、どういう意味だ?」
「いつも愛されるだけ、与えられるだけのぬるま湯に浸かっていたのだ。女王候補の台詞がさぞかし効いたであろうと思ってな。尤もそうさせていたオスカーにも多少の非があるがな」
「おまえ…」
平然と告げるジュリアスに驚きを隠せない。
「そなたとオスカーのことなら、最初から知っていた。私を見くびるな」
知っていて…黙って見ていたのか?おまえなら、警告や別れさせると思っていた。
「何を意外そうな顔をしている?私とて人の心を持っている。執務に支障がない限り、見過ごすことくらいしてやるが?しかし、もうその必要もなくなったようだな」
冷淡に言い放つジュリアスに思わず、表情が強張る。
「この結果を招いたのは、そなたであろう?オスカーに何を返してやった?そなたのことだ…失う事を恐れ言葉一つ返してはいまい?」
そうだ…その通りだ…ジュリアスの言葉が心に突き刺さる……
「…星が告げたのだ」
言い訳のように呟いた。星の運命は、変えられぬからと……
「それがどうした!?運命など自分自身で切り開いていくものだ!そなたは、少しでも逆らおうとしたか?そなたが何もせぬから失う羽目になったのだ!星の告げたことは、未来の一つの可能性に過ぎぬ。そうならぬ為にもそなたは、努力すべきだったのだ!オスカーを失いたくなければ、何故縋らなかった?何故言葉を返さなかった?すべては、そなた自身の責任であろう!?」
ジュリアスが激しい口調で私を責める…その正しさに顔を背けるしかない。
その通りだ。何度も機会があったのに私は、何もできなかった。わかっていたのに……
運命に流されることに慣れすぎて、何をしても無駄だと…考えたのだ。
「オスカーには、まだ迷いがある。そなたの呪縛から解放してやれ」
迷い?オスカーに迷いがあるのなら、間に合うかもしれぬ。だが、微かな希望は、ジュリアスの冷笑に掻き消された。
「そなたの考えていることは、無駄だ。そなたとオスカーでは、同じ事を繰り返し互いに傷つけ合うだけ…わからぬか?そなたは、この長い時間に同じ過ちを何度繰り返した?誰かに言われて変われるのならば、とっくにそうなっている。第一、オスカーは、すでに新たな道を歩もうとしている。そなた以外とな」
ジュリアス…おまえは、残酷過ぎる。真実だからこそ……苦しい…
「最後くらいオスカーに返してやるのだな。そなたに後ろめたい思いを残さず、アンジェリークと歩んで行けるようにしてやることがそなたの努めであろう?」
ジュリアスが静かに話す。その意味は…
「私から別れを告げよと…言うのか?」
「どうするかを決めるのは、そなた次第だ。だが、オスカーを愛しているのなら、誰がオスカーに幸せをもたらすのか、考えれば答えは、自ずと決まる」
そう言うと、ジュリアスは、身を翻し立ち去った。
私では、オスカーを幸せにしてやれぬ。私から別れを…告げるしかないのか?私にできるのか……
その夜、オスカーが私邸を訪れた。思い詰めた表情で私を見つめる。
「クラヴィス様、自分の気持ちをはっきりとさせに来ました」
「…そうか。ちょうどよかった。私もおまえに言い忘れたことがあったのだ」
事務的に淡々と聞こえるように…無表情を装いオスカーを見返した。
そして、おまえが私を裏切ったと思わぬように…おまえが彼女の手を取りやすくしてやれるように、考え抜いた台詞を血を吐く思いで告げる。
「おまえといるとよい退屈しのぎになった…礼を言う」
オスカーの顔色は、一気に蒼褪め・・唇を噛みしめる。信じられない…信じたくないと言いたげな…
「退屈しのぎ…それだけですか?」
「他に何があると?」
「俺は、あなたにとって…それだけだったのですか?」
「おまえの期待に添えず…すまぬな。それで?おまえの話を聞こうか?」
ついでのように付けたし、面倒くさげにオスカーに問い掛ける。予想通りにオスカーは、侮蔑の眼差しを私に向けた。
「もう結構です!分かりましたから…失礼致します!」
オスカーは、怒りに任せたように勢いよく立ちあがり、足早に扉に向う。乱暴に扉を開けたところで止まると、振り返らずに問い掛けた。
「最後に一つだけ教えて下さい。少しでも俺を愛した瞬間がありましたか?」
「…ない。おまえを愛したことなど一度もありはしない」
オスカーは、大きな音をたて扉を閉める。
もう二度と戻る事はないだろう…そう…それでいい…おまえは、光の中を歩め……
おまえの姿を焼き付けたいのに…扉が邪魔しておまえが見えない……
その扉さえも…霞んではっきりと見えない……