聖殿へ駆け込むと、我々を見掛けらしいアンジェリークが拭き布を用意していた。礼を言いそれぞれが身体を拭う。
「オスカー様、クラヴィス様も早くお召し替えをされなければ風邪を引かれますわ」
「俺は、丈夫だから心配いらないさ。しかし、クラヴィス様は、早く着替えた方がよいでしょうね」
「ああ……そうだな」
返事も上の空だった。
先程脳裏を過ぎった記憶。あれは、夢か現実か?
『私が守ってやろう……永劫の時を賭けて。愛している……』
何処で聴いたのか、それとも誰かにそう言って欲しかった虚しい願望が木霊したに過ぎぬのであろうか。
「――― クラヴィス様! 聞いてらっしゃいますか?」
「どこかお加減が優れませんか?」
不意の声にいつの間にか殻に潜っていた意識を上げる。何度も名を呼んだのであろうオスカーは、苦笑を浮べながら肩を竦め、アンジェリークは、心配気に小首を傾げている。
ふと気付いたことがあった。並ぶ二人の姿を見ても以前のような苦しい想いがない。仲睦まじい恋人がいる、それだけだった。
いつの間に現実を受け入れ始めたのか……
「考え事をしていただけだ。何か申したか?」
「私邸までお送りします。あなたなら濡れたままで過ごされそうなので」
オスカーらしい気遣いは、正直な所思考の邪魔だった。
今はただ、早く一人になって記憶の糸を辿りたいものを。
「私にかまうな。おまえ達の時間を大切にするがいい」
「いえ。お送りします」
「必要ない」
振り切るように一人で歩き出したがすぐにオスカーに腕を捉まれ、強引に馬車へと連れ込まれた。
以前ならまだしも現状を考えれば彼らしかぬ行動に、何故放っておいてくれないのか怒りさえ感じる。
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不機嫌さを隠しもせず無言で窓から流れる景色を眺めた。そのガラスにオスカーの苦笑のようでいて何処か嬉しげな表情が映る。
「初めてですね」
発せられる言葉の意味が掴めない。何が初めてだと?
オスカーは、私の疑問を察したように言葉を続けた。
「俺に腹を立てている。今思えば……あなたは、自分を押し殺すばかりで感情と一緒になった表情なんて見せてくれた事がありませんでした。それが怒りであろうと本当の表情を表して下さった事が嬉しいです」
そうだったかもしれぬ。あの頃は、おまえに嫌われる事を恐れていた。
自分を殺す以外の手段をもたなかったのだ。
それゆえ、あの時でさえ何も言えなかった。だが、もう遠い過去。
一瞬浮かんだ苦い幻影を断ち切るようにオスカーを振り返る。不機嫌さを消し去り感情を殺した視線を向けた。
「だから何なのだ? 昔話をするためだけにこのような真似をしたとでも?」
「どうしても確かめたい事がありました。今を逃せば永遠に機会を失いそうな気がしたので申し訳ありません」
「――― 確かめたい事とは……」
「真実を教えて下さい。あなたは、俺を愛した事がないと仰った。本当ですか?」
見つめる蒼い瞳は、揺るぎない視線で私を放さない。
何故……今更問うのだ? 今になって……
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